2013年

5月

14日

特集:資産インフレでどうなる!? 2013年5月14日特大号

◇不動産と相続 第1部 不動産編

◇超金融緩和で突入する不動産「未体験ゾーン」

 

桐山友一

(編集部)


 東京・飯田橋。外濠を眼下に見下ろす旧東京警察病院などの跡地でいま、三井不動産レジデンシャルが40階建ての超高層タワーマンション「パークコート千代田富士見ザ タワー」の建設を進めている。一般販売分425戸のうち、約半分が1億円以上。最上階は約4億5000万円に達する富裕層向けの高額物件が今年3月、当初の見込みより1年以上も早く完売した。昨年11月の販売開始後、わずか5カ月間というスピードだ。

 

「自分が住むためだけでなく、セカンドハウスとしてや、投資目的として複数戸を購入するケースもあった」と同社営業推進部の保立伸一・グループ長は話す。千代田区内の好立地という要因ばかりでない。今後、消費増税や相続増税が控えるなか、金利は最低水準が続く。そして何より、インフレ率2%を目指す安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」によって昨年12月以降、急速に株高・円安が進行。不動産価格にも先高感が広がり、富裕層に「いま買っておこう」という心理を働かせた。 アベノミクスに畳み掛けるように、超金融緩和という“バズーカ砲”を放ったのが日銀。黒田東彦総裁は今年4月に発表した「量的・質的金融緩和」で、長期国債やETF(上場投資信託)の保有額を2年間で2倍にすると掲げた。さらに、J-REIT(日本版不動産投資信託)の残高も、2014年末に1700億円へとさらに600億円買い増す方針も打ち出した。みずほ証券の石澤卓志・チーフ不動産アナリストは「これほどの規模は予想しておらず、市場に相当なインパクトを与えた」と指摘する。


 ◇世界3位のREIT市場


 アベノミクスへの期待の高まりも背景に、昨年末に1100ポイント台だった「東証REIT指数」は、今年に入って上げ幅を加速(図1)。東証株価指数(TOPIX)を超えるペースで上昇を続け、3月27日には1700ポイントを超えるほどに過熱した。いったんは1500ポイント台へ調整したものの、黒田バズーカによってふたたび上昇。その後は1600ポイント台での高止まりが続いている。これにつれて、J-REITの平均配当利回りも大きく低下。安定した収益の目安とされる4%のラインを割り込み、現在は3%台で推移する。


 ◇不動産の新たな主役に


 01年9月にスタートしたJ-REIT。その市場規模は現在約7兆円(図2)だが、世界の中ではそれほど大きくない。世界のREIT市場をみると、約6割を占めるのが米国。日本のシェアは9%弱と、オーストラリアに次ぐ第3位だ。日本では賃料など不動産が生み出す収益を流動化(小口化して売買)するREIT市場はいまだ成長途上。そうした市場に短期間に大量のマネーが流れ込めば、一気に株価(投資口価格)は高騰する。 この市場の過熱を利用して、J-REITは日本の不動産市場で新たな主役に躍り出ている。三井不動産系のJ-REIT「日本ビルファンド投資法人」などは今年2月、ソニーが自社ビルとして保有していた「ソニーシティ大崎」を1111億円で取得すると発表。今年の国内不動産取引で最高額とみられる。こうした事例を典型に、J-REITは今、高止まりする株価を背景にこぞって公募増資を加速。調達した資金で積極的に不動産を買い進め、「J-REIT以外に大型の買い手が見当たらない」(不動産関係者)状態だ。 メガバンクを中心に金融機関も貸し出しに積極的で、今年に入ってJ-REITが取得した物件の総額は8500億円を超えた。わずか4カ月で昨年1年間の約9000億円に迫ろうというペースだ。 08年9月のリーマン・ショックで崩壊した不動産の「ミニバブル」。07年には米大手投資銀行ゴールドマン・サックス・グループが、東京・銀座の「ティファニー銀座本店ビル」を坪単価1億8000万円で取得するなど、東京を中心に日本へ世界から投資マネーが流入。外資系投資ファンドや国内の不動産開発業者などが熾烈な物件の取得合戦を繰り広げた。J-REITの平均配当利回りも07年、一時2%台へと突入。証券化商品として不動産を売買できる時代になって初めて迎えたバブルという「未体験ゾーン」に、市場参加者は冷静さを失った。その結果、08年に破綻したアーバンコーポレイションなど、銀行借り入れも活用して高額な物件取得を続けていた不動産業者が次々に倒れた。


 ◇円安で日本に割安感


 そして今、日本の不動産が改めて世界から脚光を浴びている。少子高齢化やデフレが進行していたとはいえ、都市のインフラや法制度は整い、治安も食や大気の安全も世界最高レベル。投資利回り自体は低くても(図3)、低金利で資金調達コストも低く、変動の大きな新興国に比べて安定した収益が見込まれるからだ。実際オフィスの空室率は10年以降、低下傾向をたどるなど(図4)、日本の不動産市況は底打ちの兆しを見せていた。 そこへアベノミクスによって円安が加速し、海外の投資家にとって割安感が拡大している。「これまで海外でIR(投資家向け広報)活動をしていても、アポイントを入れるのに一苦労だった。それが今年に入り、時間が取れないと説明しても、日本の話を聞きたい、と向こうからやってくる」──。J-REIT「いちご不動産投資法人」の運用会社を傘下とするいちごグループホールディングスの岩崎謙治社長も、海外投資家の姿勢の変化を肌で感じている。「アジアの富裕層の個人マネーなどが、日本に投資するチャンスだと考えている。できるだけ早くいい物件を押さえたい」と意気込む。 実はすでに、日本で不動産の取得を進めていた外資は多い(21ページ表)。シンガポール政府系の物流施設開発・運営会社「グローバル・ロジスティック・プロパティーズ」(GLP)は11年、中国の政府系ファンド、中国投資有限公司(CIC)と共同で、千葉県柏市などの物流施設15物件を1226億円で取得。ネット通販などの拡大による物流需要の増加に着目し、昨年には「GLP投資法人」がJ-REITとして上場した。また、米資産運用会社アンジェロ・ゴードンも昨年、都内でオフィスビルや商業施設を取得するなど、欧米やアジアから幅広くマネーが流れ込んでいる。


 ◇金融商品となった不動産


 J-REITの市場規模が拡大するにつれ、日本の不動産は収益を生む運用対象としての「金融商品」へとさらに姿を変えていく。ただ、日本全体で見れば人口減少が進み、1980年代後半のバブル期のように、ただ不動産を持っていれば価値が上がる時代ではない。まとまった不動産を持つ個人にとって、収益を生まない不動産は、固定資産税だけでなく相続税も負担となって重くのしかかる。ようやく不動産に訪れた明るいムードのなかで、いかに不動産を有効活用するかが個人にとっても問われることになる。 果たして、日本の不動産はすでにバブルなのか。また、この先も同じようなバブルがやってくるのか。 不動産関係者は「少なくとも今の時点では、バブルではまったくない」と一様に口をそろえる。リーマン・ショックからまだ5年近く。不動産や金融業界には当時の記憶が色濃く残り、取引価格を慎重に見極める姿勢が大勢だ。 J-REITの「ケネディクス不動産投資法人」の運用会社を傘下とするケネディクスの川島敦会長は、「取引されている不動産価格は、過去の経験に照らしてもおかしくはない。テナントに増床意欲も出てきており、実体経済の改善が伴ってくるだろう」と説明する。 ただし、日本はすでに新たな「未体験ゾーン」に突入している。それが、アベノミクスと超金融緩和だ。大量の国債購入などによって、2年間でマネタリーベース(中央銀行による貨幣供給量)を2倍に引き上げる目標は、専門家の間でも副作用を巡って評価が定まらない。インフレ目標による貨幣の価値の変化が、「金融商品」となった不動産のマーケットにどんな影響を及ぼすのか。その先はまだ、誰にも見通せない。