2013年

4月

23日

特集:円安株高 2013年4月23日号

◇異次元緩和がもたらす必然の結果、成長戦略実現が上昇相場の鍵

 

黒瀬浩一

(りそな銀行チーフ・マーケット・ストラテジスト、チーフ・エコノミスト)

 

「現時点で必要な措置をすべて講じた」と、日本銀行の黒田東彦総裁自ら評した異次元の金融緩和が、円安・株高を一気に加速させている。発表直後の日経平均株価は約500円急騰、ドル・円相場は3円以上も円安に振れ、市場の流れを完全に変えた。


 金融調整目標を従来の無担保コールレート(翌日物)から日銀が供給する資金量であるマネタリーベースに大胆に変更した。長期国債の買い入れ対象を40年債を含む全ゾーンに拡大し、損失リスクがある上場投資信託(ETF)や不動産投資信託(J-REIT)の買い入れも増額する。さらに2%の物価目標に対するコミットメントや市場参加者との対話を強化するなど、異次元緩和は通貨安を引き起こす。
 リーマン・ショック後の先進国は、通貨安が株高の条件となっている。危機対応が一段落した後、株価が順調に上昇した米国、英国、ドイツ、韓国に共通したのは通貨安だった。さらにスイスは2011年9月、スイス・フランをユーロとの擬似固定相場とすることで通貨の下落に成功した。その時期を境に、スイス株は米国やドイツなどの株価と同様に上昇するようになった。
 そして日本でも昨年末から円安・株高が連動して進行していた。過去4カ月間で、1ドル=80円前後から99円前後まで急激に進んだ円安だが、ここまでは過度な円高の修正と言えるだろう。問題はここから先の円安の余地だ。ドル・円相場の均衡水準について、一定の前提を置いた上で国際通貨基金(IMF)は100・47円、経済協力開発機構(OECD)は12年について103・90円と推計している。これらは、円安の余地はまだあることを意味する。
 では、日銀のマネタリーベースの操作は今後、株価をどれだけ押し上げ得るだろうか。
 為替相場は多数の要因の影響を受けて形成されるが、マネーの総量を重視する考え方をマネタリーアプローチと呼ぶ。日本も含め、各国の中央銀行が物価にコミットし、信用緩和を別とすれば、直接コントロールできる変数が準備預金残高である局面では、マネタリーアプローチの一つである「GDP比の準備預金残高の差」に注目するとよい(図1)。

 ◇異次元緩和なお余地

 日銀は、14年末のマネタリーベースを12年末比で132兆円増の270兆円、うち準備預金残高は128兆円増加する見通しを示した。これはGDP比では28%の増加にあたり、強い円安要因と見てよいだろう。更に言うと、マネタリーベースの増加ペースを速めることによるポジティブサプライズを演出する余地も残っている。ペースは速めるほど、より強い円安要因になると考えられる。
 ただし、日銀の保有資産の拡大は、資産の価格下落リスクを負うことも意味する。日本国債が格下げされて日銀の保有が制約される事態が起こるリスクは、あながちあり得ないシナリオではない。国債の信用リスクが顕在化しないためには、長期的な財政再建の道筋、そのためには所得創出能力という意味で成長戦略の着実な実現が必要となる。
 過去の政府の経済政策からも、成長戦略の重要性は読み取れる。
 経済政策の歴史を振り返れば、安倍政権が掲げた金融政策、財政政策、成長戦略の「3本の矢」は、特に珍しいパターンではないことがわかる。うち成長戦略は、経済成長を阻害する要因の除去と考えれば、広義の構造改革と位置づけられる。
 リーマン・ショック後の米国でも、3本の矢が放たれた。金融政策では米連邦準備制度理事会(FRB)による利下げや量的緩和第1~3弾が行われ、財政政策としては7870億ドルの景気対策が実行された。更に、経済成長を阻害する要因を除去する構造改革では、住宅バブル崩壊の敗戦処理として銀行の不良債権処理や需要減少に対応するためのGMなどの破綻処理が実施された。
 図2はバブル崩壊後の日本の経済政策と経済の歴史で、青線が内閣府の景気動向指数、緑線が株価だ。景気循環と株価の山と谷が、主に経済政策を起点に7回形成されたことがわかる。経済政策とはその時々の政権が実施した財政政策と金融緩和である。
 この景気循環と株価の山と谷は三つのパターンに分類できる。第一のパターンは(1)~(3)で、財政政策と金融政策の2本の矢だけの場合だ。重要なポイントは、構造改革が欠落していることである。1990年代を通じて日本の経済成長を阻害したのは、地価の下落と銀行の不良債権問題だった。構造問題を抱えた経済は、景気対策である金融政策と財政政策だけでは再生せず、効果が切れた途端に悪化し始める。このパターンでは、景気回復が非常に短命に終わるので、株価の上昇期間は短く山も低い。

 ◇構造改革で景気刺激必須

 構造改革・成長戦略の「3本目の矢」も出そろうのが第二のパターンだ。実現したのはバブル崩壊から10年以上たって登場した小泉政権だった。(4)がこのパターンにあたる。金融政策と財政政策に加え、経済成長の阻害要因として当時最大の構造問題だった銀行の不良債権問題を抜本処理した。重要なのは、その過程で不可避だった地価の調整を推し進め、金融と産業を一体再生する道筋をつけたことだ。経済成長を阻害する要因を除去するという意味で、マクロとミクロ両面での広義の構造改革であった。これは3本の矢の成功事例と位置づけられる。
 第三のパターンは、(4)の後に連続して起こった(5)で、再生した経済が自律的に成長した。(5)では景気対策は実施されていない。景気対策とは逆に、利上げに加え、新規国債発行額を04年度の35・5兆円から07年度の25・4兆円まで約10兆円削減することに成功している。(4)が構造改革を伴っていたために経済が単に循環的な回復ではなく再生したため、自律的な成長力を取り戻したのである。
 リーマン・ショック後の(6)は、構図改革全体では課題山積のままだ。そして、(7)こそが安倍政権下での経済政策の影響下で描かれる景気と株価の変動の軌跡である。金融政策、財政政策までは実行されてきた。山へと押し上げていくには成長戦略が欠かせないことは過去が示す。円安・株高の継続は、安倍首相のシームレスな経済政策の実行にかかる。