2013年

5月

21日

特集:2%物価目標のインパクト「金利・株・為替」 2013年5月21日号

◇上がる株と迷走する金利

◇リスクを取らないリスク

 

濱條元保

(編集部)

 

 安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」と黒田東彦日銀総裁の金融政策「異次元緩和」が、日本経済の資産価格を動かしている。


「(給与より)先に物価が上がっていく可能性の方が高い」
 安倍首相は5月7日の参議院予算委員会で、アベノミクスでデフレを脱却する過程で、給与引き上げは後になる見通しを示した。アベノミクスの最高責任者が自ら、物価上昇時の実質給与減、ひいては資産運用リスクに言及した意味は重い。
 日銀の黒田総裁も4月26日の金融政策決定会合で、2%の物価上昇(インフレ)率の達成に自信を見せた。
「金融緩和ではインフレに転換できない」「政府・日銀が無理やりインフレを引き起こすのはおかしい」といった異次元緩和政策に対する否定や非難は当然ある。だが、現実に上昇し始めた資産価格を前に、15年にも及ぶデフレから一転、毎年2%物価が上昇するインフレの世界を想定した生活・資産防衛の検討もまた当然必要だ。

 ◇14年度に3・4%上昇

 日銀が4月26日に公表した「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」によれば、目標とする消費者物価指数(生鮮食品を除くコアCPI)の上昇率を13年度に0・7%、14年度に1・4%、15年度に1・9%としている(図1)。ただし、この予想数値には来年4月から実施予定の消費増税(5%→8%)が反映されていない。展望リポートでは消費増税を含めた物価上昇率を14年度が3・4%、15年度は2・6%と予想する。
 一般人にとって、消費増税を含めた物価上昇率がより実体に近い数値となるはずだ。消費増税がある来年4月以降、3%を超える物価上昇率は家庭や企業に相当なインパクトを与えるのは避けられない。
 安倍首相の説明通り、賃金の上昇は、インフレの後になる。受け取る賃金がインフレ率を下回れば、実質的な購買力は目減りする。資産の大半を現預金で持つ従来の日本人の生活パターンでは、その価値の目減りは避けられない。
 年金受給者にとってもインフレはさらに過酷だ。2年程度で2%のインフレ目標が実現していれば、16年度から年金支給額は物価上昇率を下回る水準でしか増えず、実質減額となることを認識している人はどの程度いるだろうか。

 ◇株を持たざるリスク

 現役世代と年金受給者の双方がフローでの実質所得の目減りが予想される中、より重要性が増すのが資産の増減をいかにインフレ率以下にしないか、である。
 三菱UFJモルガン・スタンレー証券の芳賀沼千里チーフストラテジストはインフレを前提にするのであれば、「個人も株を持たざるリスクに直面する」と指摘する。
 実際に昨年11月14日の「衆院解散宣言」以降、株価上昇が続いている。日経平均株価は5月7日、リーマン・ショック前の08年6月19日以来、約4年11カ月ぶりに1万4000円台を回復(終値は1万4180円、図2)。翌8日も1万4285円と続伸し、連日で年初来最高値の更新となった。
 起点となったのは昨年末の政権発足後の安倍首相が促した大胆な金融緩和に触発された円安の進行だ。さらに黒田日銀の異次元緩和が続いた上、今後の米国の景気回復に伴う米金利上昇が日米金利差拡大→ドル高・円安の流れが加速した。
 海外投資家の買い意欲に加え、自動車や電機など輸出関連企業の業績改善の見通しで株価は一段と上昇している。東京証券取引所によれば、東京、大阪、名古屋3市場の4月の外国人投資家の買い越し額は2兆6826億円と、集計を始めた1982年以降の月間ベースで過去最高となった。
 個人投資家も動き始めている。個人が売買シェアの約8割を占める東証マザーズ指数は5月7日、997ポイントまで上昇し約6年ぶりに1000ポイントに迫り、翌8日には1029ポイントと大台を超えた。バイオ関連株やゲーム関連などが牽引役。
 BNPパリバ証券の丸山俊日本株チーフストラテジストは「個人投資家による中小型株の物色も活発。利益確定売りが出る局面では押し目(上昇相場における一時的な下落局面での)買いが株価の支えになるだろう」と、底堅い相場見通しを示す。

 ◇株価1万7000円?

 第一生命経済研究所の嶌峰義清首席エコノミストは5月7日、年末までに日経平均株価1万5000円としていた従来予想を1万7000円に引き上げた。「米国経済は年後半回復がより鮮明になり、1ドル=115円にまで円安が進む可能性があり、日本の10債利回りは0・1%程度まで低下が見込まれる。異次元緩和効果から株価予想を上方修正した」(嶌峰氏)という。
 しかし、どんな株でもいいわけでない。
 東京海上アセットマネジメント投信の平山賢一チーフファンドマネージャーはインフレ率上昇期の資産配分について「異次元緩和によって、割安株をはじめ全般的に買われ株価全体が上昇してきたが、インフレ期には自社製品やサービス価格を引き上げられる競争力のある企業とそうでない企業で収益力の格差が広がる。この見極めが必要な局面にきている」と指摘する。
 好調な株式市場に対し、債券市場の金利動向は日銀の思惑通りには進んでいない。短期から10年を超える超長期金利までを含めた全体を押し下げる狙いに反し、異次元緩和発表直後の4月5日、長期金利は過去最低の0・315%から0・620%へと乱高下。その後、日銀が1回のオペ(公開市場操作)で買い入れる国債額を引き下げ、オペの回数を増やすなどの微調整で、0・5~0・6%の小康状態を保っているのが実情だ(図3)。
 実際、銀行や生保は5月からの住宅ローン金利などを引き上げた。みずほコーポレート銀行は5月9日、長期プライムレート(最優遇貸出金利)を1・20%から1・25%に引き上げた。

 ◇日銀の思惑に反する金利

 大手生保の運用担当者は「日銀は機関投資家を株式や貸し出し、外債購入に向けたいのだろうが、そんな簡単には動けない。国債に戻るしかないが、日銀が独占する市場では適正価格が見いだせない」と、混迷ぶりを明かす。
 一方、円相場は1ドル=100円を前に、円安が足踏みしている。いかに日銀の異次元緩和があろうと、為替相場は欧米や中国の経済動向にも大きく左右される。
 注目は米国。前出の嶌峰氏のように年後半以降、米国経済の回復が鮮明になりドル高・円安が進むとの予想もある半面、三菱UFJ信託銀行の塚田常雅資金為替部グループマネージャーは「4月の雇用統計は予想よりも悪くなかったというだけで、力強いものでない。1ドル=100円を超えて大きく円安に動くとは考えにくい」と指摘する。
 異次元緩和で2%のインフレ率を目指す日本。グローバルな経済情勢に目配りしながら、リスクを取って投資先の選別をシビアに行う「選別投資力」が問われる時代を迎えている。