2013年

5月

28日

経営者:編集長インタビュー 中村公一 山九社長 2013年5月28日特大号

◇物流にとどまらないユニーク経営

 山九は企業物流を中心にプラントエンジニアリング(建設)やオペレーションサポート(操業と保守)も手掛ける企業だ。

── 景気回復期待が高まっています。荷動きは活発になっていますか。
中村 正直言って期待先行で、物流が活発になってきたという状況にはまだ至っていません。
── 企業物流の現場が大きく変わっているとか。
中村 物流業者側がIT(情報技術)を駆使してお客様の最適物流を構築し、物流関連への重複投資や過剰在庫、非効率作業の防止に取り組んでいます。一方で我々が全て管理してしまうと、お客様に物流がブラックボックス化してしまう。そこでお客様にも荷物の状況が瞬時に分かるように「物流の見える化」にも取り組んでいます。
 大手メーカーの物流子会社の買収も進めています。お客様にはコアビジネスに集中してもらい、物流の仕事は我々に全面的に任せていただく。さらにお客様にアピールしているのが当社の海外ネットワークです。
── 海外展開が早かった。
中村 シンガポールが進出42年、インドネシアが39年と、東南アジアには早くから出ています。今は少し円安に振れているとはいえ、今後も国内製造業のお客様が海外に製造拠点を移す動きは続くでしょう。その際、当社の特徴である、物流だけでなく建設や操業サポートも手掛けているというところが強みになります。
── 具体的には?
中村 お客様が海外に進出される場合、まずは当社の建設部隊が出動して工場やプラントの建設をする。次に、工場のオペレーション(操業)も請け負います。海外では、国ごとに労働法規や慣行はさまざまです。例えばブラジルは、工場の稼働状況次第で雇用と解雇を繰り返します。当然、訴訟も起きるので、たいていの会社の予算書にはそれに備える裁判費用が入っているほどです。こうした各国の労働慣行の情報をお客様に提供もしますし、ややこしい問題は我々が引き受けますよ、とアピールするのです。
── 中国への進出も早かった。
中村 新日鉄住金さんや欧米外資のプラント建設などを請け負ってきましたが、中国企業の仕事はなかなか受注できません。中国ビジネスについては父である先代社長が、スープに例えてよくこんな話をしていました。「上澄みで満足するつもりなら中国に進出してもいいが、頑張れば上澄みの下の具だくさんのところが飲めると思ったら大きな間違い」だと。おいしいところは全世界に散らばる華僑のためのものであって、日本人には飲ませないと。今でもその覚悟で中国ビジネスはやっています。
── 物流部門の利益率に比べて、建設、オペレーション部門の利益率の方が高いですが、その理由は。
中村 物流部門は、競争相手もたくさんいますし、お客様に物流部門の最適化とトータルコストの削減を提案している以上、どうしても当社の利益率は下がりがちです。しかし、利益と効率性を追求しようとここ5~6年、内外で倉庫の大型化やIT化に取り組んできました。その先行投資が一時的に財務上の重荷になっていますが、これから数年後には実を結ぶはずです。
 一方、建設部門は、技術的なノウハウが評価されて利益率が高い一方、プロジェクトものなので年度によって件数の浮き沈みがあります。そこでオペレーション部門を増やすことで経営の安定化を図っています。今は、国内のお客様における生産性向上に寄与できればと考えています。

 ◇貨物種類を増やす

── 物流、建設、オペレーションの3本柱の業態は会社創業の時からですか。
中村 朝鮮半島から官営八幡製鉄所と徳山海軍燃料廠に運ばれてくる鉄鉱石や石炭の荷役が当社のルーツです。戦後も八幡製鉄の内外進出とともに我々も物流や高炉建設などの仕事に取り組んできました。だから今でも、鉄鋼や素材、化学が得意分野です。
── 通販の物流はやらない。
中村 BtoC(個人向け物流)は、それを得意とする会社に任せるとして、我々はあくまでBtoB(企業間物流)を中心にやっていきます。ただ、消費者系の貨物は増やしていきたい。例えば物流品質の厳しさで知られる米P&Gさんの国内物流を担当しています。最初は工場建設と設備の据え付けだったのですが、物流も任せてもらえるようになりました。
── サウジアラビアで100%外資の案件を初めて請け負うとか。
中村 昨年10月、サウジアラビアのサウジアラムコと仏トタルの合弁企業から、石油精製プラントの保全業務を受注しました。計10年の契約で約280人の社員を投入する予定です。いろいろなアクシデントや壁にぶつかるでしょうが、今後の事業拡大のいい勉強になるはずです。
── 5年後の創業100周年に向けてどう会社を強くしますか。
中村 三つの事業の有機的結びつきを強くし、ユニークなビジネスモデルに磨きをかけていく。そうすればおのずとビジネスチャンスは広がるはずです。(Interviewer=横田恵美・本誌編集長、構成=富田頌子・編集部)

 ◇横顔

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか
A 30代で初めて支店長になりました。支店長は楽しくもっと続けたかったのですが、父が倒れて36歳で社長になりました。会社は経営不振で30代後半は激動の毎日でした。
Q 最近買ったもの
A 家内の還暦祝に、ウィーンのニューイヤーコンサートをプレゼントしました。結婚記念日にチケットを渡しました。
Q 休日の過ごし方
A ゴルフが多いですね。ただ、先日は社員に誘われて釣に行ったら楽しかった。趣味になりそうです。
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 ■人物略歴
 ◇なかむら・きみかず
 1973年成蹊大学工学部卒業後、山九運輸機工(現山九)入社。81年広島支店長、取締役、84年常務、85年副社長などを経て、86年から現職。63歳。