2013年

6月

25日

特集:バブルの研究 2013年6月25日号

 ◇緩和マネー逆流で始まる動乱相場とバブル崩壊

 

濱條元保
(編集部)

 世界同時緩和であふれるマネーが逆回転し始めた。緩和マネーの大本である米国の出口戦略が意識され始め、日米に加え、新興国の株式市場までもが動揺している。世界はリーマン・ショックを超えるバブルが崩壊するとばくちに立っているのか。バブルの歴史を振り返り、今後を展望する。

 

  アベノミクス相場が、正念場を迎えている。

 6月13日、前日の米ダウ平均株価が126ドル急落した流れを受けて、日経平均株価は前日より843円安い1万2445円まで売り込まれた。日銀の黒田東彦総裁が異次元緩和を導入した4月4日の水準(1万2634円)に戻った格好だ。為替相場も1ドル=94円台に突入。株高・円安の流れが一変した。


 震源地は米国だ。ニッセイ基礎研究所の矢嶋康次チーフエコノミストは「明確な理由はないが、米連邦準備制度理事会(FRB)による量的緩和第3弾(QE3)を縮小することの恐怖心から狼狽売りが始まった」とみる。低コストで必要な時に、必要なだけ資金を調達できるという前提条件が変わることに世界の投資家が怯えて慌てて、先進国だけでなく新興国の株や通貨、債券に流れ込んでいた投資マネーを引き戻した。


 ◇異次元緩和に悲鳴


 日米欧と新興国による金融緩和競争で膨張したマネーの暴走は、欧米に遅れて始めた黒田日銀の異次元緩和による長期金利の異変から始まっていた。


 年間発行量が170兆円、2013年度末に残高が855兆円に達する日本国債。この売買が長期金利の動向を決める。その市場は銀行や生損保などの多くの市場参加者で成り立つ。特に新発10年債利回り、つまり長期金利は、企業への貸し出しや住宅ローン金利の基準となる極めて重要な指標だ。


 ところが、その金利の適正値が長年売買を繰り返してきた市場関係者から「分からない」と悲鳴が上がり、様子見を決め込む者が続出している。その結果、長期金利が乱高下を繰り返しながらジリジリと不気味に水準を切り上げている。


 黒田総裁が4月に導入した新規発行国債の7割を日銀が買い取ってしまう異次元緩和に対し、市場からは「本当に必要だったのか」(富国生命投資顧問の櫻井祐記社長)といった疑問の声が上がる。


 こうしたなか注目された6月10、11日の日銀政策決定会合の結果は現状維持で、新たな金利安定化策は出なかった。黒田総裁は11日の記者会見で、「(政策手法の)弾力的な運用で長期金利の変動を抑制していくことは可能だ」と自信をみせたが、果たして本当にそうだろうか。


 ◇悪い金利上昇


 日銀は、国債買い取りで金利を下げ、市場にお金をあふれさせ、銀行の貸し出しや金融機関の株式購入を増やすことで経済を活性化させる「資産の再配分効果」を狙った。ところが、日銀の意図に反して金利は乱高下を繰り返しながら切り上がり、資産の再配分効果も起きなかった。


 1980年代後半のバブルの苦い経験を知る金融機関の対応は慎重だ。三菱UFJフィナンシャル・グループの平野信行社長(三菱東京UFJ銀行頭取)は資金需要に積極的に応えることが重要な役割としながらも、「金融機関が前面に出て資金需要を人為的に創出するのは弊害を招きかねない。80年代後半のバブルの反省を忘れてはいけない。世界的に流動性が極めて高いから(バブルを)助長するような動きをしてはいけない」と語る。


 むしろ危険性として長年強調されてきた“政府債務の際限なき増大”が、改めて意識され始めた。東京海上アセットマネジメント投信の平山賢一チーフファンドマネージャーは「日銀がどんどん国債を買い上げて政府が財政支出を拡大させていけば、財政状況はますます悪化する。人口減少で将来の税収が減り、物価は上昇。金利も上がっていく。これは悪い金利の上昇」と解説する。


 日本のアキレス腱ともいえる最悪の財政状況。それとは反比例するかのような高値安定(低金利)が続いてきた日本国債は、財政状況から乖離した最大のバブルと見られている。「異次元緩和が国債バブルを崩壊させ、大量に国債を抱える金融機関を自己資本不足に陥らせる。すると金融システム危機を引き起こしながら日本を財政破綻に追い込む。黒田総裁がその引き金を引いた可能性が高い」と市場は怯え始めた。


 日本の長期金利が動揺するなかで起きたのが、5月22日のバーナンキFRB議長の金融緩和縮小をにおわす議会証言を発端とする米日の株価暴落だった。


 米国は10年以降、金融緩和し、景気がピークをつけると再び緩和というサイクルを3年も繰り返してきた。景気が減速すればバーナンキFRB議長が金融緩和を実施して景気を刺激してくれるという期待(バーナンキプット)である。4回目となる今年も市場のバーナンキプットに対する期待は大きく、これがQE3(月額850億ドルの国債や住宅ローン債権などの購入)の減額時期を探る「出口」戦略を複雑にしている。


 ◇「あべこべ相場」


 たとえば、米連邦公開市場委員会(FOMC)でバーナンキ議長が、減額を示唆するだけで1万5000ドル台という史上最高値更新圏にある米ダウ平均株価が下落する。その下落が日本に波及。冒頭の6月13日の急落が典型だろう。米国市場の株などのリスク資産からの資金流出が日本市場を揺さぶる。


 また、新規雇用者数(非農業部門)が大きく伸びると、出口が早まるとの市場観測が広まり株価を下げ、逆に新規雇用者数が増えなければ、出口が遠ざかったと株価が上昇。新規雇用者数増という実体経済の強い経済指標は、今の米国株にはマイナスで、弱い指標にはプラスという「あべこべ相場」が続いているのだ。株価の動揺を抑えようと出口を躊躇するほどバブルが膨らんでしまう。


 こうした状況を見て、BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは「今のFRBは87年10月の日銀に似ている」と指摘する。


 引き締めのタイミングを探っていた日銀は87年10月に発生した「ブラック・マンデー(米株価暴落)」のために、利上げに動けなくなった。結局、当時の史上最低の政策金利(公定歩合)2・5%を2年3カ月も続けてしまい、巨大な資産バブルをつくってしまったのは周知の通りだ。今のFRBもQE3の減額や停止という出口の時期にきているものの、株価に配慮するあまり、結局、「日銀のようにタイミングを逸してバブルを大きく膨らませてしまうのではないか」というのが、河野氏の懸念だ。


 ◇整う世界バブルの条件


 米国だけでなく世界的に金融は緩和傾向にあり、先進国も新興国も低金利の状態だ(23ページ図1、2)。加えて、低インフレが続いている(図3)。シティグループ証券の藤田勉副会長はバブルの条件として、(1)低金利、(2)低インフレ、(3)好景気(高成長)を挙げる。つまり、今世界はバブルの条件(1)と(2)がそろっている。(3)の好景気が加われば、バブルの発生だ。世界には今、バブルの萌芽がある。


 世界的なバブルが発生した時に問題になるのは、その元手になっているものが借金であることだ。典型が、近年の高い成長力から世界的に注目されるアジア諸国である。日米欧先進国の金融緩和マネーが流れ込んでいる。


 HSBCのニューマン・アジア経済調査部門マネージング・ディレクターによると、日本を除くアジア16カ国のGDPに占める信用(銀行貸し出しと社債)の割合は、11年末時点でアジア危機のあった97年の水準をすでに超えており、今年末までに97年比130%に達する見込みという(図4)。


「アジア各国は債務に依存した脆弱な成長となっている。日銀の今後の金融緩和によって、さらにアジア諸国の債務を拡大させる可能性が高い。その結果、アジア債務バブルを拡大させる危険性が高まる」(ニューマン氏)。


 アジア諸国の債務バブルの引き金としてニューマン氏は、グローバル金利とインフレの上昇、そして金融スキャンダルを挙げる。


 ◇最後の勝負


 世界的な金融緩和競争がもたらす世界的なバブルの崩壊は、リーマン・ショックの比ではないだろう。それは世界経済を「失われた20年」、デフレ不況のアリ地獄に陥れるほどのインパクトをもつかもしれない。


 市場のプレーヤーもそれを認識しているようだ。大手証券のチーフエコノミストが5月にロンドンで会ったヘッジファンドの運用担当者に、「今の世界的なカネ余りが生み出す巨大バブルが崩壊したら、今度こそバブル発生の片棒を担いだヘッジファンドの存在を世界各国が許さず、強い規制が入るだろう」と水を向けると、真顔でこう語ったという。


「まったく同感だ。為替、債券、株、国際商品とすべての金融商品を対象に巨額の資金を短期で動かすことで、我々は利益を出している。だからこそ、ボラティリティ(変動率)は高まるが、今回が最後の勝負と思ってリサーチしている」