2013年

7月

02日

ワシントンDC 2013年7月2日特大号

◇遺伝子特許認めずもメンツを立てた米最高裁

及川正也
(毎日新聞北米総局長)

 発明か自然物か──。人から切り離された遺伝性乳がんの抑制遺伝子の特許を認めるかどうかで争われた裁判の判決が6月13日、米連邦最高裁であった。最高裁は「自然物」と判断し特許は無効とされた。

 この裁判は、米医療ベンチャー企業「ミリアド・ジェネティクス」(本社・ユタ州)が独占し、遺伝性乳がんや卵巣がんの発症と相関関係が指摘されるがん抑制遺伝子BRCA1とBRCA2の関連特許の無効確認を求めた訴訟。米分子病理学学会など研究者団体や米自由人権協会(ACLU)といった人権団体、乳がん患者らが提訴した。

 欧米では乳がんの5~10%は遺伝性乳がんで、うち6割程度がBRCA1、BRCA2の変異が原因とされる。変異が起きると発症リスクは10~19倍になるという。このため、血液検査によって変異の有無を確認することで予防や治療に役立つ診断方法が確立されており、その特許を同社が保有している。

 5月に遺伝性乳がんのリスクを減らすため、両乳腺の摘出手術を受けたと告白した女優のアンジェリーナ・ジョリーさんも、この検査を通じてBRCA1の変異が確認されたことを明かしている。

 原告側は、遺伝子特許を同社が独占しているため、検査費用が約3300ドル(約31万円)と高額で、受診の障害や研究の妨げになっていると訴えたのだ。

 ◇研究投資にも配慮

「自然の産物であり、(生体から)分離されただけで特許とするのは適格ではない」。判決は「体内から切り離されたDNA」(単離DNA)を「自然物」と規定した。米特許制度は、体内の遺伝子やDNAは自然物で特許の適用外だが、単離DNAは人工的化合物として特許対象としていた。

 難しい医療の世界を解きほぐすのに連邦最高裁の判事らも苦労したようだ。4月15日の審理では原告、被告代理人との間で「例え話」が行き交った。

「私が発明した特製クッキーに特許を得られても、材料の塩や卵に特許はもらえない。新しい遺伝子を作り出したわけではないですね」(ソトマイヨール判事)

「『大きな木から枝を折って、それが急に野球のバットになる』というが、バットにするには発明が必要です。(特定の遺伝子を他の遺伝子から)ちょん切るだけでなく」(ロバーツ最高裁長官)

「アマゾンの奥地の植物からがんに効き目のある液体を抽出したとしたら、その方法は特許に値するが、その液体自体に特許はないですよ」(ブライヤー判事)

 結局、判決は9人の全会一致で特許無効となった。だが、判決のミソは、そうした「材料」を使って研究した「発明」(人体から取り出した遺伝子を活用した「合成遺伝物質」)の特許を有効とあえて認めた点だ。研究への投資意欲が衰えないようにバランスをとったのである。

 すでに遺伝子治療産業は約60億ドル規模で、今後も急伸が予想されている巨大市場。ここへの投資を冷え込ませると、遺伝子研究は立ち行かなくなる。

 ミリアド社は合成遺伝物質の研究・開発も進んでおり、表向き「敗訴」にもかかわらず、株価が一時10%超も跳ね上がる局面があった。

 判決を受け競合業者が市場参入の意向を表明し、原告側は研究が加速し、「より安価で検査を受けられるようになる」と歓迎。一方のミリアド社は「多くの合成遺伝物質に関する我々の申請特許を最高裁は支持したものだ」との声明を出した。両者のメンツが立つ判決ともいえる。