2013年

7月

16日

特集:マネー大逆流 出口と中国 2013年7月16日号

◇緩和依存の世界が終わる 出口におびえる金融市場

金山隆一/緒方欽一
(編集部)

 リーマン・ショック後、4年以上に及ぶ金融緩和依存から世界が目覚める日が来た。米国ニューヨーク。ある日本の機関投資家は最近、現地のファンドマネジャーらと激論を交わしている。テーマは「米金利上昇でどの資産が売られるか」だ。

 米国では量的金融緩和政策(QE)の縮小・停止という「出口」が視野に入ってきた。世の中にお金を出回らせ、景気の下支えを目指す金融緩和策が出口へと向かう過程では、緩和マネーが縮小すると同時に、低位で抑えられてきた金利も上昇していく。緩和マネーが流入していた株、債券、為替など各市場に与える影響も大きい。

 機関投資家の議論はどういう答えとなったのか。明確な結論はないが、一つの答えは「安全だった資産ほど売られる」だ。米国のQE後、一定の格付けを持つ社債などは利回りが良くかつ安全だと投資家が殺到していた。株式でも、安定収益が見込める生活必需品関係の企業などが少し買われ過ぎにみえる。このような資産は売られる余地も大きいといえる。

 実際、投資家はどう動いているのか。米国の個人投資家動向が反映されるミューチュアル・ファンド(投資信託)の資金フローの詳細をみると、6月20~26日は格付けの高い社債も格付けの低い社債も、株式も地方債もほとんど全てが売られた。全体は6月の月次で、リーマン・ショック直後の08年10月以来となる大幅流出である。「マネーはどこへ向かっているのか」。このデータをみた先の機関投資家はさらに頭を悩ませる。

 ◇新興国は「死への入り口」

 米国の出口は、5月初めから雇用統計の改善を背景に意識され始めた。さらに、5月22日のバーナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)議長の議会証言、6月19日の米連邦公開市場委員会(FOMC)後の「今年後半にQE3を縮小し、来年半ばにはQE3を停止させられる」という発言でより明確となる。

 発言を受けた米市場では株安・債券安(長期金利上昇)が進んだ。これが日本株や欧州株の急落に波及、新興国の株・通貨・債券もトリプル安に。新興国市場にも流れ込んでいた緩和マネーが「米国に逆流する」という懸念を世界が強烈に意識し始めたのである。

 悪いことはなぜか重なる。中国のシャドーバンキング(影の銀行)問題を発端とする上海の銀行間金利急上昇というショックが加わった。6月20日の上海銀行間金利の翌日物が13・4%にまで急上昇したのだ。

 中国の地方政府の債務増大や、規制が厳しい正規の銀行を介さないシャドーバンキングの融資拡大に対する懸念は、1年以上前からあった。ただ4月初めに欧州系格付け会社のフィッチ・レーティングスが、これらを理由に中国の長期格付けを格下げしていたこともあり、この短期金利の上昇は、世界に「中国版サブプライム危機」を想起させた。中国人民銀行が流動性供給の姿勢を示したことで小康状態に入ったが、世界の投資家は「中国発の金融危機と米国の出口」におののいている。

 「米国の出口は新興国にとって『死への入り口』」。長年にわたって為替市場をみてきた金融機関ディーラーは話す。先の見えない相場で、投資家が道しるべにするのが歴史。そこで連想されたのが1994年のメキシコ通貨危機である。

 当時の米国は80年代後半に不動産バブルが崩壊、90年からFRBは政策金利を急速に引き下げ、低金利政策が実施されていた。景気は91年に底入れしたものの回復の足取りは鈍く、FRBが利上げに踏み切ったのは94年2月。約5年ぶりのことだった。

 米国の低金利政策で91~94年までの新興国への証券投資は、その10年前と比べて年平均で11倍に増加していた。低金利のドルを用いて新興国への投資が活発になっていたのである。この資金が米利上げにより逆流する。直撃を受けたのがメキシコであり、還流した資金が向かったのが当時勃興しつつあった米国のIT産業だった。

 この構図は現在に通じるものではないか。実際、リーマン・ショックで米国がQEを打ち出してからの4年間(09~12年)で、新興国への証券投資フローはQE前の4年(05~08年)の実に14倍にも膨れ上がった。この間、主要20カ国・地域(G20)のうち、新興国11カ国合計のGDPは07年11・6兆ドルから、12年20・3兆ドルと2倍弱に伸びたに過ぎない。新興国の成長がいかに海外からのマネーに支えられてきたかがわかる。

 しかも米国ではいまシェール革命というエネルギーブームが起きている。あと10年もすれば世界最大のエネルギー生産国になる。低廉な価格でエネルギーや原料を入手できるようになったことから、石油化学や鉄鋼といった重化学工業の復興に加え、家電や建機などの製造業回帰まで始まっている。

 国際金融情報センターの中俊文審議役は、「新興国からの資金引き揚げが継続し深刻化すると、実体経済の悪化や最悪では通貨危機につながる可能性もある」と指摘する。それでは最も深刻な影響を受けるのはどの国か。「QE開始前の4年間に比べて、大きく国際証券(海外投資家向けの債券や短期金融商品)の発行が増えた国。特に影響がありそうなのはメキシコやブラジルなど中南米諸国」(中氏)。これらの国は経常収支が赤字で、資金流出で資本収支が急速に縮小した場合、為替への影響を強く受けると懸念されるからだ。

 ただ、90年代の通貨危機を経て中南米やアジアの新興国は外貨準備を積み増すなど、資金流出が引き起こす通貨危機への抵抗力が格段に増している。それでも世界が不安になるのは、「80~90年に比べ、現在は52倍もの流動性の高い資金が新興国に積み上がっている」(中氏)ためである。

 ◇出口の選択は正しいが

 国際決済銀行(BIS)は6月の年次報告で、「中央銀行は出口策の規模や範囲は前例がないことを認識すべき」と、世界の金融市場には緩和マネーがマグマのようにたまっている現状を指摘した。そのうえで、「早すぎる解除のリスクと、出口を遅らせるリスクのバランスを考える必要がある。現在の緩和が長引くほど、出口の課題も大きくなる」と警鐘を鳴らした。

 BISが指摘するように、金融緩和は所詮「構造改革のための時間稼ぎ」に過ぎず、永遠に続けることはできない。米国の出口は正常化への道の模索である。中国での金利ショックも、シャドーバンキングを放置してバブル経済を膨張させてはならない、とする中国政府の強い意志の表れである。JPモルガン証券の足立正道シニアエコノミストは「米国も中国もここでやらないともっと酷くなると考え、ある程度の混乱を見込んで動いている。後でもっと酷いことになるよりはいいという選択」だと話す。

 リーマン・ショックから間もなく5年。この間、膨張した民間の債務は、金融機関の救済やQEなどを通じて政府・中央銀行の債務へと付け替わった。だが、債務そのものは一向に減っていない。むしろ増えている。BIS統計によると、リーマン・ショック前の07年から12年までに、世界の中央銀行のバランスシートは10兆ドルから20兆ドルに膨張。G20の債務(家計・政府・企業の各部門)は同期間に33兆ドルも増加している。

 しかし、世界はその債務を返済するような新しい成長分野を見つけたわけでも、技術革新が起きたわけでもない。むしろ世界経済の新たなエンジンと期待していた中国のような新興国には、生産年齢の人口と潜在成長率の低下で陰りが見え始めている。「新しい正常(ニューノーマル)が見えないなかで出口に向かうことに対し、世界の考えは深まっていない。よくわからない」(足立氏)。だからこそ世界は出口後の世界におびえているのだ。
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 ■中国「影の銀行(シャドーバンキング)」の正体

 中国におけるシャドーバンキングとは、融資規制のある銀行を介さない金融取引全般を指す。貸し出し債権、債権を小口化した「理財商品」と信託会社が組成した「信託」の大きく二つに分かれる。

 理財商品の満期は2週間から半年程度で予想運用利回りは現在5%前後。低利の預金で満足しない個人や企業が購入主体だ。信託は期間1年以上と長く利回りも10%前後と高い。購入者は大口の個人富裕層。政府・業界団体の統計によれば、理財商品の2013年3月末の残高は8.2兆元(約132兆円)、信託は同8.7兆元(約140兆円)。

 ◇最大で470兆円

 このほか企業同士が直接貸し付ける委託融資、資産担保証券などを含めた広義のシャドーバンキングの残高は、12年末で29兆元(約470兆円)に達する、との試算を米ムーディーズ・アナリティックスは発表している。

 集められた資金は地方債を発行できない地方政府がインフラ開発のために作った融資平台と呼ばれる投資会社や不動産開発などに融資されている。

 問題は高成長を前提に採算性の低い開発に資金をつぎ込んでいる融資平台がどの程度不良債権化しているか、実態がつかめないため、「中国全土に信用収縮が起きる」との懸念が世界に広がっている点だ。一方で「信託も理財商品も高レバレッジはかかっていない。米サブプライム危機のように金融システムリスクに陥る懸念は少ない」「最後には中央政府が迅速に救済に乗り出す」とする見方もある。