2013年

7月

31日

第51回エコノミスト賞

■第51回(2010年度)エコノミスト賞決定

 エコノミスト賞選考委員会は「第51回(2010年度)エコノミスト賞」の受賞作に、太田聰一著『若年者就業の経済学』(日本経済新聞出版社)を選んだ。太田氏に賞金100万円と賞状、記念品、出版元の日本経済新聞出版社に賞状と記念品を贈った。

 

◇エコノミスト賞選考委員(敬称略)

委員長 奥野正寛(東京大学教授)

委員(五十音順)/ 伊藤邦雄(一橋大学教授)/井堀利宏(東京大学教授)/小川一夫(大阪大学教授)/吉野直行(慶応義塾大学教授)

『若年者就業の経済学』

(日本経済新聞出版社)

太田聰一 著

【おおた そういち】

1964 年10 月30 日生まれ。京都大学経済学部卒業。ロンドン大学大学院(LSE)修了。名古屋大学経済学部助手、講師、助教授、教授を経て2005 年に慶應義塾大学経済学部教授(現職)。内閣府経済社会総合研究所客員研究員、京都大学経済研究所客員教授などを歴任。専門は労働経済学。ロンドン大学経済学博士(Ph.D.)。共著書に、「もの造りの技能-自動車産業の職場で」(東洋経済新報社)、「労働経済学入門」(有斐閣)、「マクロ経済学」(有斐閣)がある。

■講評

◇注目の若年者就業問題を 理論・実証両面から丹念に分析


選考委員長 奥野 正寛(おくの まさひろ)

 2010年度のエコノミスト賞は、太田聰一氏の『若年者就業の経済学』に決定した。今年は稀に見る力作ぞろいで、激戦を勝ち抜いた著者に、お祝いの言葉を述べたい。

 厳しさがますます増す新卒・若年者の雇用・就業問題が、大きな社会的注目を浴びている。近年話題を集めていたフリーター・非正規雇用問題に加えて、超就職氷河期といわれる今年は、歴史的低水準に落ち込んだ新卒大学生の就職率が世間の耳目を集めている。このような社会背景を基に近年、若年者就業を扱った著作が多数出版されてきたが、そのほとんどは教育学、社会学あるいは経営学(人的管理システム)などの視点からの著作で、正統的な労働経済学の分析枠組みやきちんとした実証分析を背景にした著作は数少ない。

 本書の特徴はこの若年者就業問題を、適切な問題意識の下、オーソドックスな経済学を使って分析・実証した点にある。

 本書が取り組んだ問題は、「いったん失業し非正規雇用者になると長期的に不利な雇用につながらないか」「なぜ新卒採用が日本でこれほど重視されるのか」「長期不況下でなぜ若年正社員の採用がこれほど停滞したのか」「若年者と中高年は仕事を奪い合っているのか」などである。

 本書の分析の中心は「不況→ミスマッチ→自発的離職→ミスマッチの再発」というフィードバックが生み出す若年雇用問題にある。そもそも日本では、新卒採用時のミスマッチのため、若年就業者の失業率は他世代に比べて高率で、自発的離職も多く、就業状態と失業状態の行き来が激しい。特に就職氷河期といわれるような不況期には、学卒労働市場の需給が悪化し、正規の業務に就けなかった人たちや、不本意な就業しかできなかった人たちが、その後も長期にわたって離退職を繰り返し、低い賃金から抜け出せないという「世代効果」が生まれる。本書は、他国に比べて日本では世代効果が長く続くことを明らかにしている。

 その背景にあるのが、「新卒採用慣行」である。企業特殊性の高い人材を育てる、年齢構成の維持を図る、人材を確保するなどの理由を背景に行われてきた新卒一括採用という仕組みは、それが人的資本に対する投資という側面を持つ。そのため投資抑制に走りがちな不況期には、若年採用が雇用の調整弁になり就職氷河期が生まれる。採用機会から漏れた若年者は「正社員として採用されなかった人」という烙印を押され、情報の非対称性も手伝って、非正規雇用の道を余儀なくされる。

 さらに若年雇用問題を悪化させた要因として、1990年代以降、日本企業が長期的な成長に自信や展望を失い、結果として投資対象としての若年雇用者の採用抑制に結びついたこと。雇用者のなかで高齢者の占める比率が高く、組合組織率の高い大企業などでは、中高年労働者と代替関係にある若年採用が抑制されたことを指摘する。

 このように本書は、時代的・社会的に重要なトピックに正面から立ち向かい、若年雇用の変化、要因、対策を、理論・実証の両面から丹念に分析した好著で、エコノミスト賞にふさわしい力作であることは論を待たない。ただ選考委員から、若年雇用政策の提言がややありきたりではないか、マクロあるいはグローバルな視点があればもっと良かった、などの辛口の評価も出された。

 2回にわたった選考会議で、最後まで受賞作と熾烈な受賞争いをしたのが、翁百合『金融危機とプルーデンス政策│金融システム・企業の再生に向けて』である。

 今回の世界的金融危機が、金融システム構造や金融工学技術の変化を背景としたシステミック・リスクに基づいていたことを説得的に説明する。そのうえで、今後の規制管理政策としてミクロプルーデンスよりマクロプルーデンスが大事になること、具体的にそれがどんな政策になるべきかを詳説している。喫緊の重要問題を取り上げ、政府の関与のあり方を包括的に解説した労作だが、独創的な分析が少なく既存研究の整理にとどまっている、後半の産業再生機構や公的金融改革の分析も面白いが、書物全体としての統一性に欠けるなどの問題点が指摘され、僅差で受賞を逸した。

 3冊目は、内田浩史『金融機能と銀行業の経済分析』である。理論・実証の両面から最近の金融理論や銀行理論に見通しの良い解説を与え、伝統的銀行モデル、リレーション・バンク、市場型間接金融などの違いを要領よく整理していることが評価された。ただ、読みやすい上級教科書にとどまり、著者の主張が見えないと迫力不足が指摘され選に漏れた。

 青島矢一、武石彰、マイケル・クスマノ編著『メイド・イン・ジャパンは終わるのか』も高い評価を得た。80年代の日本企業の「奇跡」の理由はすり合わせ能力が問われる製品プル型産業システムにあったが、競争力の源泉が中間財プッシュ型に移り「終焉」が訪れた。このような視点から、日本の競争力変化の背景を検証している。ただ、研究開始以来10年経ち、時宜を大幅に逸した出版が否定的評価につながった。

エコノミスト 2011年4月5日号