2013年

9月

03日

ワシントンDC 2013年9月3日特大号

 ◇黒人少年射殺無罪判決で再認識された米国の病巣

及川正也
(毎日新聞北米総局長)

 黒人の17歳の少年トレイボン・マーティン君が、ヒスパニック(中南米系)の男性ジョージ・ジマーマン氏(29)に銃で撃たれ、死亡した事件の裁判は、法廷闘争の様子が連日テレビで生中継され、大きな関心を集めた。7月13日に陪審員が下した評決は無罪。各地で抗議集会が開催される一方、オバマ大統領が冷静さを求める声明を出す事態に発展。衝撃の大きさを物語った。

 2012年2月夜。南部フロリダ州サンフォードの住宅地で、マーティン君は父の家に戻るためフードをかぶって歩いていた。それを「怪しいやつ」とみた自警ボランティアのジマーマン氏が追尾。逆にジマーマン氏を「おかしなやつ」と思ったマーティン君がジマーマン氏に暴行を加え、ジマーマン氏が護身用の銃を発射した。これが事件の経緯だ。ジマーマン氏は正当防衛を主張し、逮捕を免れたが、2カ月近くたって殺人罪で訴追された。
 裁判を通じ、米社会が抱える二つの「病巣」にスポットライトが当たった。
 一つは、黒人差別だ。撃たれた少年は丸腰だったのに、当初、ジマーマン氏は逮捕されなかった。ジマーマン氏の両親はペルー系とドイツ系で自身は「白人」。「撃っていたのが黒人ならすぐに逮捕されていただろう」という論調が広がった。黒人初の大統領のオバマ氏も事件当初、「私に息子がいたらトレイボン(少年)に似ていただろう」と述べ、評決後にも「彼は35年前の私だったかもしれない」と、同情の念を示した。
 もう一つは、銃問題だ。保守的な土地柄で、不法移民が多いフロリダ州の正当防衛法では、相手が武装していなくても、身の危険を感じた段階で正当防衛が成立し、相手から逃げるときの反撃にも適用される。法廷でジマーマン氏の弁護人は無罪を主張する際、もみあいになる場合において、ほとんどのケースが正当防衛にあたるとするパネルを掲げて説明した。陪審員は2日間にわたって証拠を熟考し、殺人罪にあたるか、傷害致死に問えるかを検討した結果、「疑わしきは罰せず」の原則が適用された。

 ◇依然残る人種の垣根

 無罪評決から1週間後の7月20日には全米100カ所以上で抗議集会が開かれ、正当防衛法の見直しや人種差別を禁じた公民権法違反での捜査などを求めた。ニューヨークの集会には人気歌手ビヨンセさんが顔を見せ、評決後、音楽家のスティービー・ワンダーさんは同法を廃止しない限りフロリダ州で公演をしないと表明した。
 8月2日に発表された米クイニピアック大学の世論調査によると、正当防衛法を支持する米有権者は53%で、不支持の40%を上回った。憲法で銃所持が認められる米国では銃による自己防衛への支持は根強い。一方、別の調査では、「多くの差別が存在する」と感じている黒人は56%に上るのに対し、白人では16%にとどまる。黒人初の大統領誕生は米国史を大きく塗り替えたが、人種の垣根は依然残る。
 8月28日には、1960年代に公民権運動を率いた黒人牧師のマーティン・ルーサー・キング師らが黒人差別撤廃を求めて約20万人が参加したワシントン大行進と、キング牧師による有名な「私には夢がある」演説から50年を迎える。この歴史的な日にオバマ大統領も演説する。
「デパートで買い物中に、後をつけられたことがない黒人男性はほとんどいない」。オバマ大統領は無罪評決後、自身の経験を交えながら、黒人の心情をさらけ出す演説をしたが、キング牧師の「夢」は、まだ実現していない。