2013年

10月

29日

特集:勝ち抜くための経済学 2013年10月29日特大号

 

 ◇時代は分かりやすい経済学を求めている

 

望月麻紀

(編集部)

 

 書店で平積みになっているビジネス書、経済書のなかに、最近、マクロ・ミクロ経済学の入門書など教科書的な書籍が目立つ。

 紀伊国屋書店の経済書の月間ベストセラー(10月16日までの30日間)でも、経済学の入門書が上位20位のうち4分の1を占めた。3冊は分かりやすい解説で定評がある池上彰氏の著書・監訳書だが、それらを抑えて4位には高校教諭の菅原晃氏が書いた『高校生からわかるマクロ・ミクロ経済学』(河出書房新社)が入った。

 5位は『教養としての経済学──生き抜く力を培うために』(有斐閣)。齊藤誠教授をはじめとする一橋大学経済学部の中堅、若手の教員が執筆した。控えめな装丁で、図やイラストも少ないが、今年2月発行で約1万5000部を販売。主な読者層は30~50代の男性という。担当編集者の渡部一樹さんは「想定以上の反応。過度にイラストに頼らず、言葉で丁寧に本質的なものを説いたことが、読者のニーズに合ったのではないか」と話す。

 経済再生を最重要課題に据える安倍晋三政権の誕生後、市場は円安・株高へと動き、その後も、消費増税や貿易赤字、東京電力への公的支援など経済ニュースが世をにぎわし続けている。

 ここで足を止め、経済学の理論に照らしてじっくり考えてみたいという人が増えている。時代は「今こそ経済学」だ。

 

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 ◇役に立つ経済学 机上の空論にしないため実際的な問いを念頭に置く

 

雨宮健

(米スタンフォード大学名誉教授)

 

 すべての学問は、その字の示すごとく、問いから出発する。例えば「なぜ物があるのか」という問いから形而上学(けいじじょうがく)が、「いかに生きるべきか」という問いから倫理学が、物体の性質と運動に関する問いから物理学が興る。

 経済学も例外ではない。私自身、経済について知りたいことがたくさんある。「どのようにしたら東北の経済が速やかに復興するか」「高校、大学卒業生の就職率を増加させるには何をしたらよいか」「インフレを起こさないように経済を成長させる方策は何か」「経済格差を減らす方法は何か」「国民の幸福度を表すためのGDP(国内総生産)よりも良い指標はないのか」などである。これらの実際的な質問を常に念頭に置かないと、経済学は机上の空論に落ちるおそれがある。

 質問の次になすべきはデータの収集である。例えば、前述の東北の経済と就職率の問題に関しては、日本の人的ならびに物的資源(輸出入も含めて)と、産業連関表を注意深く調べる必要がある。産業連関表は1973年にノーベル経済学賞を受賞したワシリー・レオンチェフによって提案された。インフレと経済成長の問題を考察するためには、国の財政政策や日銀の金融政策の仕組みを詳しく知らねばならない。

 実際的な質問、データの収集の次に分析が来る。この分析の際に経済理論と統計理論が必要になる。

 ここで「役に立つ経済学」というのは、第一に基本的な質問、第二にデータの収集、第三に分析という概念的順序に従って行う学問のことである。とかく学者は、私自身も含めて、実際的な質問とデータの収集よりも理論を優先する傾向があるので、心せねばならない。もとより理論は不要と言うつもりはない。ある程度理論を知らないと、いかなる質問をすべきか、どのようなデータを収集すべきかもわからないからである。

 例えば、データから「高校、大学卒業生の就職率が不景気の時に悪くなる」ということがわかったとする。なぜそうなるのか。これは例えば、従業員を解雇しない方針をとる企業のモデルを考えることで、「企業が従業員を解雇するのではなく新卒雇用を少なくすることによって雇用量を調整するからではないか」という仮説が生まれ、それによって新たにどのようなデータを集め、どの変数に注目して分析をすればよいかがわかってくる。

 では経済理論と統計理論は、どの程度の割合で使うべきだろうか。20世紀の中ごろ、チャリング・クープマンス(75年にノーベル経済学賞受賞)は、それまで主流であったウェスリー・ミッチェルに代表される全米経済研究所の研究を「理論無き測定」と批判した。

 これ以後、統計データを活用する計量経済学の理想は、経済理論に基づいて設定されたモデルを推定することとされてきた。しかし現実はなかなか理想通りにはいかない。例えば、アラン・ブラウンとアンガス・ディートンは72年発行の論文で、第二次大戦後の需要関数(需要がどのように変化するかを表す数式)推定の大部分は、個人が効用(自分の満足や喜び)を最大にするという消費者行動の原理を無視して、データとの適合度を優先してモデル化している、と述べている。

 ただ、私はこれを必ずしも悪いこととは思わない。個人の行動を予測することは難しくても、多数の人間の平均的行動はかなり的確に予測することが可能だからである。

 例えば就職率の問題では、縦軸に高校と大学卒業生の年々の就職率を取り、横軸にGDP成長率を取るグラフを作るだけでも全体像の一部が見えてくる。

 このグラフでは、就職率に相当する変数を被説明変数(従属変数)、GDPに相当する変数を説明変数(独立変数)と呼ぶ。説明変数が2個になるとグラフは3次元になる。それ以上になるとグラフは描けないため回帰分析(被説明変数が、説明変数によってどの程度説明できるかを関数で分析すること)を使う。

 さらに詳しく分析するためには、個々の卒業生が就職するか否かを、就職ならば1、就職しないならば0を取る被説明変数とし、説明変数にはGDP成長率に加えて、例えば学業成績、親の収入などを含めるのがよいと思われる。

 これは統計理論の領域であるが、統計学は決して難しい学問ではない。統計理論を用いていろいろ試行錯誤することで、よりよくデータに合致するモデルを作ることができる。