2013年

11月

12日

特集:自動車サバイバル 第1部 業界激変 2013年11月12日特大号

 ◇二つの市場が迫る企業選別 高付加価値・高性能の隘路

 

桐山友一/大堀達也

(編集部)

 

 世界の自動車販売は一見、好調さを保っている。リーマン・ショック時の急落を除き、販売台数は1990年代以降右肩上がりで増え、2025年に1億1200万台と、90年比で2・3倍増が見込まれる。足元の業績も順調で、独フォルクスワーゲン(VW)は今期過去最大の販売を予定し、米ゼネラル・モーターズ(GM)、米フォード・モーター、米クライスラーのビッグ3は13年第3四半期決算で軒並み売り上げを伸ばした。日本勢もホンダ、富士重工業が13年9月中間期は好決算だった。

 だが、販売台数の内訳をみると、「先進国市場」と「新興国市場」は全く別の自動車市場へと変化していることが分かる。高付加価値・高性能をうたうモデルチェンジを繰り返すことで伸びてきた先進国は販売台数が頭打ちとなって久しい。成長市場の新興国は、かつてのような先進国と同じ車種を時期をずらして販売するだけでは通じない。自動車会社は二つの市場それぞれに対応したクルマ作りを迫られている。

 実際、12年の世界の乗用車販売台数7700万台のうち、新興国は約4000万台とすでに5割を超えた。00年にはわずか約2割に過ぎなかった新興国市場は、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)を中心に経済成長に伴って急増。中国はいまや年間2000万台に迫る世界最大の市場となった。一方の先進国は、00年当時で約4300万台だったのが、現在は約3700万台へとむしろ縮小。自動車市場の主戦場は、新興国へとシフトしている。「自動車は成熟産業ではない。成長産業だ」(トヨタ自動車の豊田章男社長)と言えるのは、新興国市場の拡大があるからだ。

 GMが10月30日発表した13年7~9月期決算は、売上高が前年同期比3・7%増の389億8300万ドル(約3兆8325億円)。お膝元の北米の販売台数は6・5%増の80万8000台に対し、中国などアジアや中東、アフリカは8・5%増の93万台だ。VWも今年1~9月の世界販売台数の半数以上にあたる約360万台が新興国だ。日産自動車やトヨタは12年度、販売台数のうち4割を新興国向けが占める。

 しかし、自動車市場の成長はいつまでも続かない。デロイトトーマツコンサルティングが調査会社IHSの予測を基に分析した世界の自動車販売の長期見通しによると、25年は12年比45%増の1億1200万台だが、10~16年は年平均で4・8%増加するものの、17~25年は1・9%へと鈍化し、25年以降は横ばいへと向かう見込みだ。先進国は12年比約10%増の約4100万台にとどまる。つまり、中国をはじめとする新興国も自動車の普及によって伸び率が縮小していくのだ。

 

 ◇「自動運転」のコスト

 

「それでは今から発進します」。ドライバーがハンドルについたボタンを押し、ハンドルから手を放した。自動車はそのまま前に進み始め、カーブを曲がっていく。10月14~18日に東京で開催された「ITS(高度道路交通システム)世界会議」。ホンダが披露した自動運転車が、会場内に設けられた1周約400メートルのコースを走行。交差点では歩行者やオートバイを検知して自動的に停止し、路肩に止まっている車も迂回(うかい)し、約5分でスタート地点へと戻った。

 カメラやレーダー、情報処理技術の進化によって可能となった自動運転。ドライバーが操作しなくとも、目的地まで連れて行ってくれる“夢”の技術だ。日産は今年8月、20年までに自動運転機能を複数車種へ搭載する方針を明らかにし、同社の志賀俊之・最高執行責任者(COO)は「交通事故の93%がドライバーの運転ミス。自動運転技術によって、死亡事故を減らせるようにしたい」と意気込む。また、ITS世界会議ではトヨタも自動運転を披露したほか、欧州メーカーや異業種の米グーグルまでもが開発に取り組んでいる。

 最初の量産自動車「T型フォード」が1908年に発売されて以来、エンジンを動力に「走る・曲がる・止まる」をドライバーが操作する基本的な機能はほぼ不変だった。それが今、これまでの自動車の概念を越え、各社が新たな付加価値を見いだそうとしのぎを削るのには理由がある。

 先進国市場で高付加価値・高品質を前提にした4~5年ごとのフルモデルチェンジの販売方法が行き詰まりをみせているからだ。安全性や耐久性、燃費、乗り心地は高い水準に達しており、20世紀に通用していたモデルチェンジが消費者の購入意欲をかき立てなくなっている。前方の障害物を認識して自動的にブレーキをかける機能などは人気が高いものの、価格は10万円前後高くなる。ボストンコンサルティンググループで自動車業界のコンサルティングを手掛ける富永和利プリンシパルは「最大の問題は、そのコストを誰が負担するのかだ」と指摘する。自動ブレーキに10万円は出せても、自動運転制御や燃料電池車など、さらなる高い技術に対し、消費者がどこまで支払ってくれるのか分からない。

 

 ◇コモディティー化の恐怖

 

 高付加価値・高品質が消費者に通じなくなった先例は電機業界ですでに起きた。新興国メーカーなどの追い上げに対抗する手段として高付加価値・高品質をうたって高価格を維持しようとしたが、高い水準に達した家電製品の違いを消費者は受け入れず、価格競争へ陥ってしまった。技術革新の一環としてのデジタル化追求はかえって、家電生産のコモディティー(日用品)化を加速させてしまった。

 また、ブラウン管から薄型テレビの開発途上で、プラズマディスプレーか液晶パネルかの選択を電機メーカーは迫られた。先の見えない状況で始まった競争に勝つために研究開発投資を怠ることもできず、コモディティー化による製品価格の下落の結果、プラズマパネル工場や液晶パネル工場が財務体質を悪化させ、パナソニックやシャープなど電機メーカーは巨額の赤字に陥った。

 そして、自動車市場にもコモディティー化が忍び寄る。軽自動車が新車販売台数の約4割を占める日本はその先行例とも言える。

 今年4~9月の国内の車名別の新車販売台数ランキング。ベスト10のうち六つを「N BOX」(ホンダ)などの軽自動車が占めた。国内の新車販売台数が今年4~9月、前年同期比1・7%減の254万台と伸び悩むなかで、このうち軽自動車は同4・2%増の102万台と初めて100万台を突破した。一方、国内の新車販売は1990年の777万台をピークに年々減少。12年は536万台と約7割の水準に落ち込んでいる。

 市場調査会社ゲインが今年7月に実施した消費者調査では、クルマを購入する際に最も重視するのが「価格」の73・5%。2位は「燃費」(69・5%)、3位に「安全性」(52・8%)と続く。国内の自動車市場は、車体価格だけでなく税金などの維持費が安い軽自動車が支えている構造だ。「すでに日本では、自動車という製品のコモディティー化の兆候が表れているのではないか」。コンサルティング大手A・T・カーニーの川原英司パートナーはそう指摘する。

 

 ◇新興国向け車種の必要性

 

 日本では00年以降、人口1000人当たりの自動車保有台数は600台弱で推移を続け、すでに市場は飽和状態。個人所得も低下傾向にあり、これ以上のクルマを買う余裕がないのが実情だ。軽自動車市場は日本独自の規格が障壁となって海外メーカーの参入を免れているものの、市場が成熟するにつれてコモディティー化の様相を強めている。新車販売が伸び悩む傾向は、欧米も同様の状況にある。米国の新車登録台数は、00年の1781万台をピークに頭打ち。08年のリーマン・ショックによる急激な落ち込みを経て、今年はようやく1500万台超えが見込める状況だ。北米市場では韓国・現代自動車も存在感を増すなか、日米欧メーカーが入り乱れて限られたパイを奪い合う。

 一方の新興国市場。今年9月にインドネシア・ジャカルタで開かれた「インドネシア国際モーターショー」には、日産やホンダ、スズキなど日系各社が続々と出展した。日産は14年から新興国ブランドとして展開する「ダットサン」として、インドネシア市場向けに開発した3列シートの多目的車「GO+」などを発表。「GO+」はコンパクトな作りながら、家族の多いインドネシア向けに最大7人まで乗れるようにする一方、価格は1億ルピア(約90万円)以下に抑制。スズキもモーターショーに合わせ、5人乗りのインドネシア仕様とした「ワゴンR」の現地生産開始を発表した。

 日系各社がインドネシアなど東南アジア諸国連合(ASEAN)向けの市場開拓に力を入れているのも中国市場での出遅れという苦い記憶があるからだ。日系各社は中国市場で現地の消費者ニーズを吸い上げた専用車の開発に遅れ、開発拠点の現地化を進めたVWやGMに販売シェアで大きく水をあけられた。中国市場の経験を繰り返すまいと、まさに成長期にあるASEANで専用車を積極的に投入する。ただ、新興国向けの車種開発は先進国向けとはまったく異なるアプローチが必要で、その分だけ開発負担がかさむジレンマに直面する。

 

 ◇メーカーの焦燥感

 

 自動車メーカーのもうひとつの負担は環境対応技術の開発だ。二酸化炭素(CO2)の排出による地球温暖化対策、大気汚染対策は自動車産業の義務でもある。ホンダは昨年6月、業界で初めて同社製品の使用による世界でのCO2排出量を公表。伊東孝紳社長は今年10月の京都大学での講演で「こんなに(12年度・2億7591万トン)排出するのかと驚いた。CO2を出さないようなアクションを加速度的にやらないと、我々の産業自身が衰退する」と危機感をあらわにした。

 走行時にCO2を排出しない次世代環境車として、電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)の開発に取り組んでいるのもその一環だ。ガソリンなど化石燃料の将来的な価格高騰に備える意義も大きく、技術開発は欠かせない。

 しかし、現時点でどの技術が普及するのか、自動車メーカーもつかみかねている。EVのバッテリーの性能、FCVの燃料供給施設の整備など課題は山積している。こうした状況で研究・開発費をかけるのは、電機メーカーにとっての薄型パネルと同じ危険をはらんでいる。FCVの開発には1000億円単位の研究・開発費用がかかると言われるが、「今後20~30年はハイブリッド車がメインだろう」(伊東社長)。トヨタとホンダが15年、日産が17年にFCVの市販を目指すが、価格は500万円前後とエンジン車に比べてまだ高い。20~30年先を見据えて研究・開発を続けていくのは、各社にとってあまりに負担が重い。

 今後の自動車メーカーの生き残りは研究・開発力が握るが、自動運転や次世代環境車などあらゆるテーマが降りかかるうえ、新興国向けに安価な自動車開発も必要になる。すでに研究・開発への投資力では、世界でトヨタ、日産・ルノー連合、GM、VWの4社が抜け出ている。それでも、トヨタは今年1月、FCV開発で独BMWと提携したのを皮切りに、日産は独ダイムラー、フォードと、ホンダはGMと相次いで提携を決めた。

 ある自動車メーカーの幹部は「高付加価値の追求に失敗した電機メーカーの二の舞いにはなりたくない」という。しかし、次世代に生き残るクルマの新たな価値とは何か、出口のはっきりと見えないトンネルの中を、自動車メーカーは進み続けている。