2013年

11月

26日

特集:絶望の中国 2013年11月26日特大号

 ◇人民の絶望と土地改革にかける党の限界

 

金山隆一

(編集部)

 

「ストライク一つでアウト。それが中国の出稼ぎ農民(農民工)の絶望的な状況」。北京で医療機器を販売する日系企業役員はこう語る。

 販売代理店で成績の良い女性がいなくなったので、理由を聞くと、「病気で田舎に帰った」という。

 中国には現在2億6000万人の農民工が都市部に出稼ぎに来ているが、都市の医療保険に加入しているのは1割程度。雇用主が保険料を払わない場合もあれば、手取りが減るので自ら加入しない人もいる。

 長期の治療が必要な病気になると、都市部の病院では費用を払えず、郷里で払っていた医療保険で治療するため田舎に帰らなくてはならない。せっかく手に職をつけてもゼロからやり直しになるのだ。

 都市部の病院は前払い金制で、まず1000元(1万6000円)などまとまった金額を払わないと治療を受けられないし入院もできない。払った金額が底をつけば強制的に退院させられる。

 けがや病気はお金のない農民工にとっては1回でアウトなのだ。

 

 ◇汚染で奪われる生存

 

 今年1月、北京で大気汚染の原因とされる微小粒子状物質(PM2・5)の濃度が急上昇、世界的に話題になった。秋の大型連休となる国慶節(10月1日)にも北京で大量発生。10月21日には、東北部のハルビンで5メートル先が見えない状態となり、小中学校が休校に追い込まれた。

 PM2・5は肺の奥深くに入り込んで、肺がんなど呼吸器疾患を引き起こしたり、循環器への影響も懸念されている。11月6日には、中国東部で8歳の女児が肺がんと診断され、PM2・5が関係していると現地の新聞が報じた。

 北京の中国人ジャーナリストが語る。「外気に触れれば特権階級から貧困層まで同じPM2・5を吸う。呼吸器疾患が増えれば中流層や党内からの不満も抑えられなくなる」。

 近年は工場排水による地下水の汚染も深刻化している。食品への不安も大きく、妊娠中の女性や乳幼児を持つ北京など大都市の母親を対象に調査した結果、9割を超える母親が子どもの食品に不安を感じている。

 

 ◇世界最悪の格差

 

 6月に来日した北京の大学関係者は、「中国こそ世界最悪の資本主義国。もう誰も共産主義など信じていない。1人当たりGDP、社会保障、大学進学、格差を示すジニ係数のどれも世界最低の水準」と語った。

 今年1月、中国国家統計局は10年ぶりにジニ係数を公表。ここ10年は0・47台で推移していると発表した。国際的な警戒ラインは0・4、日米は0・3台だ。しかし昨年末、西南財経大学(四川省)は10年のジニ係数が0・61に達していると発表。社会暴発が起きる喫水線の0・6を超えた、と警鐘を鳴らした。

 貧困から脱却するには苦学して一流大学を目指すしかないが、実は大学受験では都市住民が優先されている。中国最高学府の北京大学の2012年の合格率は、北京市民なら1000人に8・4人だが、河南省や山東省は1万人に1人。これだけ地元を優遇しているのは、「都市部の学生のデモを恐れる政府の配慮」(在北京の共産主義青年団)という。

 社会保障も進学の絶望も全ては戸籍を自由に移動できない制度が原因だ。しかし、これを認めると都市の財政は破綻してしまう。

 習近平指導部が発足して1年。共産党の重要会議である中央委員会第3回全体会議(3中全会)を前に、北京では天安門前で車両突入・炎上事件が発生。山西省の党委員会庁舎前では連続爆破事件が起きた。

 いずれの事件の背景にも、格差に対する不満がある。

 中国人学者らの推計によると、中国では年間20万件もの群体性事件(デモなどの集団抗議活動)が発生しているという。その大半は、不当に安い価格で土地を奪われ、生活できなくなった農民によるものだ。

 共産党はこうした数々の矛盾をこれまで経済成長でカバーしてきた。

 しかし、昨年ついに生産年齢人口が減少し始め、農村から無尽蔵に供給される低賃金の労働力にストップがかかる一方、賃金は上昇。労働集約型産業による輸出で外貨を稼ぐ成長モデルがさび付き始め、成長は7%台に鈍化し始めた。

 

 ◇焦点は土地と農民

 

 11月9日から始まった3中全会。閉幕した12日夜、会議の決定を要約して発表したコミュニケ(声明)には、「公正で独立した裁判権と検察権の確保」「腐敗防止システムの強化」「持続可能な社会保障制度の確立」、さらには「生態環境を保護するシステムの確立」まで打ち出された。人民の不満を強く意識した内容だ。

 しかし、最大の焦点は「農民への財産権の付与」や「都市と農村の建設用地を統一的に扱う市場の設立」だろう。つまり、地方政府が農民から安い価格で収容した土地を、高い価格で転売し、地方政府とその取り巻き業者だけが巨額の利益を享受する構造を変えようというのだ。

 政府としても、農村流出人口を中小の都市に吸収させる新型都市化政策で成長を維持したい。つまりは「成長のエンジンとしてまだ不動産を利用したい」(丸紅経済研究所の李雪連シニアアナリスト)のだ。

 しかし、従来のやり方はもはや限界だ。不当に安い価格で土地を取り上げれば農民の不満は募るばかり。一方で、外観だけ立派な開発をしたがる地方政府に開発を任せたままでは投資回収の見込みのない乱開発が進んでしまう。だから、中央主導で富を公平に農民に分配しつつ、新たに土地を確保し、新型都市化を進めよう、というのが政府の狙いだ。

 元々、地方政府は1994年の分税制度で税源を中央に奪われ、起債もできない。例えばリーマン・ショック後の09年に打ち出された4兆元の財政出動。政府からの真水は1・2兆元に過ぎず、残りの資金調達は地方政府に任された。しかし、地方政府の歳入は限られている。

 そこで困った地方政府は、融資平台という投資子会社を作り、銀行融資規制が厳しくなると、今度は城投債という地方債もどきを発行。それで資金調達して開発を進めてきた。

 実はこうした融資平台の債権が細分化されたものが理財商品や信託など中国のシャドーバンキング(影の銀行)の実体だ。

 大本となる地方政府の債務は、いま審計署(会計検査院)が市町村レベルまで調べ上げている。前回10年末の10・7兆元から大幅に増え、14兆~20兆元になると予想されている。全てが不良債権ではないが、成長が鈍化すれば焦げ付く債権も出てくる。つまり、地方の土地開発、農地収容こそが格差や農民問題、シャドーバンキングの根源にあるのだ。

 しかし、3中全会で示された方針がどのような形で実現するかはまったく分からない。実は5年前の3中全会でも、建設用地の都市・農地の統一市場の政策が打ち出されたが、結局は実行されなかった。

 これを実現するには、利権を奪われる地方政府に新しい餌を渡さないといけない。たとえば地方交付税や起債の自由だ。それには、地方財政や税制にも踏み込まないといけない。今回のコミュニケでは、「税財政制度の改善」などがうたわれている。しかし、細目は明らかでない。

 在北京の共青団の若手エリートは「利害調整は困難を極め、実現には100年がかかるだろう」という。

 富士通総研経済研究所の柯隆主席研究員は、「何をもって公平、公正に農民に財産権を分配するのか。公正さを担保する制度の構築が一切議論されていない」と実行性に疑問を投げかける。住宅需要そのものも、1980代以降に生まれた「80後」世代の住宅需要がピークとなり、「90後世代は祖父母と両親の六つのサイフを持つので1~2軒の住宅を受け継ぐ者も現れる。購入需要減退の可能性もある」(李雪連氏)。

 

 ◇始まった異見排除

 

 今回の3中全会では、国の安全体制と安全保障戦略を整備する「国家安全委員会の創設」も決めた。

 天安門や山西省の事件を踏まえ、テロや騒乱など国内の治安対策を強化する狙いがあるようだ。だが、習政権はこうした組織を作る前から、すでに締め付けを始めている。

 13年8月の時点でインターネットを社会不安の元凶と位置づけ、ネット監視を国家認定の職業にしたり、政府の方針に沿った世論誘導のために、1件当たりのネットの書き込みに報酬を与える動きを始めている。

 もっと恐ろしいのは、ビジネスで成功した企業家が、「社会を良くしていこう」と呼びかけ、ネットワーク化する運動が政府によって巧妙に潰されているのだ。

 近年、中国にはインターネットを駆使して「腐敗が横行する社会の荒廃を憂い、変革を訴える“公共企業家”が静かに増えている」と阿古智子・東京大学大学院准教授は語る。

 党や地元政府との癒着や関係づくりではなく、個人の才覚やイノベーションで市場を広げ、成長していく取り組みを企業家同士で共有していこうとする動きだ。当然、中国にある制度的矛盾に対する積極的な発言、政治的な発言も多くなる。

 11年に始まった企業家コミュニティーの「正和島」や「九二派」、つまり鄧小平が市場経済化の一層の推進を説いた92年前後に役人や研究者の職を辞してビジネスの世界に飛び込んだ一派の中には、政府の弾圧などで、逮捕されたり国外に出て行ってしまった人もいる。

「知識人の中には現実離れした理想しか言わない人も少なくないが、企業家は現実を知った上で中国を変えようとしている」と阿古氏は彼らを評価する。政府はそれを芽のうちから潰そうとしている。日本の企業で活躍する共青団の若手エリートは党が恐れる理由をこう解説する。

「企業家は地位もお金も影響力もある。彼らが集まるのが怖い。彼らの狙いは打倒共産党ではないが、最後に民主化を求めてくる可能性がある」。しかし、この若手エリートはこうもいう。「学者や運動家は過激すぎるが、企業家が政党を作って党と議論を闘わすやり方はあってもいい。中国にとって最もマイルドな解決方法と思うのだが…」。

 3中全会前には、収賄罪で無期懲役が決まった元重慶市党委書記の薄熙来受刑者の支持者らが、やはりネット上で「中国至憲政党」と名乗る新党を結党し、話題を呼んでいる。

 こうした動きが出てくるのも、経済成長で一党独裁を維持してきた共産党の統治能力、執政能力が落ち始めているからにほかならない。だからこそ、習指導部は締め付けを厳しくしようとしている。しかし、厳しくするほど、不満のマグマはたまっていくし、将来の国家の繁栄に欠かせないイノベーションの芽すら摘み取ってしまうかもしれない。

 

 ◇それでも成長中国のビジネスは進む

 

 これだけ大きな課題を抱えながらも、中国の成長は依然として世界最大規模だ。スマホ普及率は世界2位。ネット人口は6億人。北京の地下鉄に乗れば、日本と変わらないファッションに身を包んだ若者がスマホでアプリやゲームに興じている。

 自動車市場はすでに年2000万台と世界最大。日本車のシェアは14%まで落ちているが、これを最盛期の20%台に挽回すれば、ASEANの盟主タイ1国分の需要(200万台強)に匹敵する市場を取り戻せる。それほど中国の市場は大きい。

 石炭や鉄鉱石の消費量は世界最大。石油の輸入量も米国を抜き、世界最大。もはや世界は中国経済なしに成り立たなくなっている。

 中国の日系進出企業は2万社以上に達し、ASEAN全ての進出企業数の2倍以上に達する。

 三菱東京UFJ銀行の中国現地法人の貸出残高は、13年3月期に9946億円にまで拡大し、今期は4~9月期の半年だけで実に1兆1289億円を超えた。その融資先のほとんどは日系企業。金利は6%超。いまや三菱東京にとって中国は米国に次ぐ稼ぎ頭なのだ。

 あるメガバンクのアジア担当副頭取も、「この甘い蜜は誰にも吸わせない」というほど、中国の金融ビジネスはもうかるのだ。

 進出する日系企業の旺盛な資金需要は、それに見合う成長と市場が中国にあることを示している。格差やデモ、爆発事件、環境問題があっても、中国はいまや日本に最も近く最も大きな市場になっている。