2013年

12月

03日

特集:介護離職 第1部 ストップ・ザ・介護離職 2013年12月3日号

 ◇大介護時代到来 両立困難で離職者10万人

 

望月麻紀

(編集部)

 

 11月16~17日、全国約30の男性介護者の支援団体が京都市内のホテルに集まった。題して「ケアメン☆サミットJAPAN①」(男性介護者と支援者の全国ネットワーク主催)。ケアメンとは介護をしている男性を意味する。育児をする男性の「イクメン」の向こうを張って命名された。

 参加者の一人、長野市内の宮沢秀雄さん(54)の母親は9年前、認知症と診断された。当時、宮沢さんはゴム製部品メーカーで受注生産品の製造責任者を任されていた。介護はしばらく父親に任せていたが、老老介護の生活は限界だった。職場では前任者も介護を理由に仕事を辞めていた。「介護休業の制度は知っていたが、使える雰囲気の職場ではなかった」と言う。だが、決断するまでは1年かかった。辞表を書いても提出できず、約10回にわたって書き直した末、ようやく上司に手渡したのは診断から1年後。「迷いに迷った末」の選択だった。

 実家の近くで再就職を考えていたが仕事は見つからず、昔取得した整体師の資格を生かすことにしたが、勤めていたときほどの稼ぎは得られない。今年、母親が他界し、認知症になった父親と実家で2人暮らしになった。「自分は誰に介護してもらえるのだろう」。体調がすぐれないときに不安に襲われるという。

 介護の社会化をうたう介護保険制度が始まって13年が過ぎたが、総務省の就業構造基本調査によると、2011年10月からの1年間に、約10万人が介護を理由に仕事を辞めた。今後さらに増えるリスクが指摘されている。

 

 ◇定職求める離職者

 

 宮沢さんのほかにも介護離職を経験した男性たちがサミットに参加していた。離職後に実家の近くで再就職を果たすも、介護のために休暇を取ることが同僚の理解を得られず、再び離職した人もいた。「母親の介護や腎臓病の治療食を用意するにはお金が必要だが、仕事がない」。男性は半ば怒りを込めて語った。離職した人の多くが、とりわけ若年層ほど、自身の将来への不安を語り、定職を求めていた。

 離職で経済基盤が揺らぎ、社会との接点も失って孤立感を高めるほど人は、介護に成果を求めようとする。しかし、介護では成果は見えにくい。行き着く先は最悪の場合、介護疲れによる虐待や心中だ。虐待数は年々増え、加害者の多くは息子や夫だ。経済的な見通しが立たない限り、介護離職は極力避けなければならない。

 介護者の経済的な影響について、三菱UFJリサーチ&コンサルティングに試算してもらった。大卒で初年度の年収200万円、60歳以上の賃金は59歳時点の7割、介護離職後の再就職は非正規社員年収300万円と仮定した場合、45歳で介護離職し、平均5年といわれる介護期間を終えて再就職すると、生涯賃金は1億3947万円。新卒で入社した会社で65歳まで働き続けた場合の65%にとどまった。その後の年金も考えれば、その差はさらに広がるだろう。

 経済的な困難さは分かっていても、要介護者が訪問介護やデイサービスなど介護保険サービスの利用を拒み、介護者が「面倒を見られるのは自分だけ」と思い詰めることがある。その場合、ケアマネジャーやヘルパーは、介護者の就労継続にも配慮して、要介護者の気持ちをほぐす対応が取れるのが理想だ。だが、介護離職に対する社会の認識や対応はそこに至っていない。

 国や企業が積極的に介護の実態把握をしようと努めないことも対応が遅れている原因だ。加えて男性介護者の中には「隠れケアメンでありたい」という意識が根強い。会社に家庭の事情を話すことへの抵抗感が強いからで、昇進や評価を意識すればなおのことだ。

 そのため、病院の付き添いや要介護者の体調不良に伴う休暇取得は、会社にはあまり詳しく理由を告げず、有給休暇の消化で対応しているケースが実は多い。場合によっては休暇扱いにもならずに職場の裁量で処理されていることも少なくない。裁量任せはあくまでも職場の上司や同僚の属人的な寛容さに助けられているに過ぎない。ある保険会社に勤めていた都内の50代男性は「支店長が代わったとたんに実績を求められ、母親の介護のために辞めざるを得なかった」と振り返る。

 ひた隠しにしてやりくりするケースにはこんな事例もある。埼玉県在住の40代男性は、宅配会社の社員時代、自宅に母親を一人で置いておくことはできず、「会社に黙ってトラックの助手席に母親を座らせて荷物を配った」と明かす。

 男性介護者支援のための全国ネットワークを立ち上げ、事務局長を務める津止正敏・立命館大教授は「家族は介護をして当然という思想から脱却して、家族を介護から解放しなければ、介護離職は止まらない。育児休業取得者に占める男性の割合は2%だが、介護者に占める男女比は1対2。どれだけ実態が進んでいるか、対策が急務かはこの数字からも分かるはずだ」と指摘する。

 国や企業は具体的に何に取り組むべきか。そもそも介護離職は、介護者個人の問題だけでなく、企業、経済全体にとっても損失であると認識するところから改める必要がある。

 介護離職の経済への影響を第一生命経済研究所の永濱利廣・主席エコノミストに試算してもらった。国内総生産(GDP)と就業者数の間には「就業者数が1万人変化するとGDPが577億円変化する」という関係があるという。また、総務省労働力調査によると、介護が理由による非労働者数は17万人に上る。そこで577億円×17=9809億円のGDPが、介護離職によって毎年失われる計算になるという。潜在成長率への影響に換算すると、0・18%の押し下げ効果になる。低成長時代にこの取りこぼしは小さくない。

 企業は、介護をしている社員への配慮を組織として取り組み、有給休暇の半日や時間単位での取得や、休暇の繰り越し制度などを導入する必要があるだろう。家族の介護を前提とした現行の介護保険サービスを見直す必要もある。

 

 ◇男も女も既婚も未婚も

 

 総務省就業構造基本調査によると、有業者約6442万人のうち約291万人が介護をしている。男性は130万人、女性は160万人。女性の方が多いが、男性も約4割を占める。しかも、年金支給開始年齢引き上げに伴う定年延長を想定し、65歳以下を現役と考えれば、男性は介護者の85%以上、女性も89%以上が現役世代だ。これだけ多くの人が働きながら介護をしている。

 今後、高齢化はさらに進む。12年現在、65歳以上人口割合は約3079万人(総務省推計)だが、団塊の世代が65歳以上になる15年には3395万人に急増する。その後も42年の3878万人のピークまで増え続けると推測されている。それに伴い介護が必要な高齢者が増え、介護者も増えると見込まれる。

 一方、少子化で介護の担い手は減る一方だ。未婚の一人息子や一人娘が介護の責任を負い、一人っ子同士の結婚で、2人で4人の親を抱える。女性の社会進出も進み、男女の役割分担への意識も変化している。

 介護者の裾野が広がった結果、介護の担い手に占める男性の割合が高まっている。国民生活基礎調査などによると、同居の主な介護の担い手は子の配偶者、つまり嫁だったが、その割合は急低下し、夫や息子が妻や親を介護する割合が増え続けている。

 しかも、未婚に加え、離婚による単身者介護が増えているという。その結果、孫世代が祖父母の介護をするケースも増えつつある。仙台市の秋保秀樹さん(25)は母子家庭で育った。高校2年で高校を休学。母親は仕事があるため、認知症の祖母の介護を引き受けた。高校は中退、高校卒業認定試験には合格したが、大学進学はしていない。11年に祖母をみとった。「人嫌いだった祖母のために施設入所は諦めたが、最初から施設を選んでいれば、自分の人生もどうなっていただろうと考えることはある」と言う。高校時代には祖母のために薬剤師になりたいと思ったこともあったという。

 男も女も、年齢も関係なく、誰もが介護に直面する大介護時代の到来だ。

 

 ◇働き方の抜本改革を

 

 育児支援でイクメンという言葉が認知され、わずかながらも男性が育児休業を取得するようになったが、日本人の働き方全体を見直す機会にはなり得なかった。あくまでも子育て世代にとどまった。

 しかし、介護は違う。いつ誰が親や配偶者の介護に責任を持つことになるかは分からない。それによる離職を安易に許す社会では労働力人口の低下が進むばかりだ。誰もが直面し得る以上、日本人の働き方を抜本的に見直す。それも経済成長を維持しながら、労働時間を短縮できれば幸福度も増すだろう。働くケアメンの中には個人レベルですでに、成果を上げながらの仕事の効率化に取り組む人もいる。介護サービスを積極的に活用することで、仕事との両立を実現している人も少なくない。

 大介護時代を直視して、社会全体で働き方を根本から見直したい。