2014年

1月

14日

特集:英語と経済 2014年1月14日号

 ◇強大な英語圏の経済力 追う中国語、アラビア語

 

望月麻紀

(編集部)

 

 英語を第一言語として話す人は世界に約3億人強。スペイン語とほぼ同数だが、世界最多の中国語に比べれば4分の1に過ぎない。

 しかし、言語が持つ経済力を表す「言語総生産(GLP:Gross Language Product)」をはじいてみると、米国、英国、豪州など英語を第一言語とするエリアで全世界の国内総生産(GDP)の4分の1に当たる21兆ドル(購買力平価ベース、2012年推計値)をたたき出していることが分かる。

 GLPは、ある言語が使われている地域のGDPを足し合わせた値だ。今回、龍谷大学の角岡賢一教授の協力を得て、12年のGDPが1000億ドル(購買力平価ベース)以上の世界70カ国・地域のデータを基にGLPを算出した。

 ◇言語別GDPの変遷

 

 それによると英語圏の12年GLPは、1995年比で倍増した。先進国の低成長などの影響を受けて増加幅は低減傾向だが、国際通貨基金(IMF)のGDP予測値が存在する18年には、12年比3割増の27兆ドルに達する。富を生み続ける英語圏と関係を持ち、その知識や情報に触れることが、富に近づくことになる。世界各国の個人や企業、政府が英語の習得を目指す理由はここにある。

 日本も例外ではない。矢野経済研究所によると13年度の語学ビジネスの市場規模予測は、前年度比4・3%増。ビジネスマンの需要拡大に加え、子供向けの英語の早期教育への関心も高まっているという。

 産業界や保護者の英語熱を受け、日本政府も英語力強化に動き出している。文部科学省は13年末、18年度実施を目指す英語教育の拡充策を発表した。現在、小学校5~6年で行われている週1時間の英語の「教科外活動」を、対象を小学3~4年に引き下げ、小学5年からは正式教科として週3時間に増やす。英語の早期教育化だ。発表の会見で下村博文・文部科学相は「時代の要請だ」と述べた。グローバル化に伴う当然の政策と胸を張るが、日本では「グローバル化対応=英語力強化」と単純化される傾向があまりにも強い。

 大阪大学大学院の松繁寿和教授はグローバル化を「直接投資の増加という経済の質的変化」と説明する。

 海外に市場を求めて財やサービスを移動させる貿易量の増加から、国際的な資本の移動、つまり直接投資が増加する「質的変化」が起きたのが90年代後半だと分析する。「直接投資である現地工場や支店の開設は、貿易以上に対面コミュニケーションを増やす。また、直接投資では、リスク管理のための情報収集も欠かせない。それゆえに、外国語能力が求められる」。

 ここで必要とされる「外国語能力」とは、何も英語に限られるわけではない。現在、最大の富を生む言語は英語だが、GLPの予測を見て分かるように、中国語の台頭は著しい。

 先進国の第一言語のGLPはいずれも増加率が逓減していくなか、中国語とアラビア語は18年に向けて、GLP総額に占める割合を増やしていく。中国語は95年5・8%、12年15・0%、18年18・2%と存在感を高め、アラビア語は95年に2・6%で、英語やフランス語など主要な10言語中10位だったが、18年には3・6%に増えて6位に躍り出るとの結果が出た。

 1990年代に2050年の英語の未来を予測した英国の言語学者、デイビッド・グラッドル氏も著書『英語の未来』の中で、一定規模以上の広がりを見せている英語の強さを認めながらも、他の言語が台頭してくると予測した。話者が多い大言語と呼ばれる中には、英語のほか中国語、スペイン語、アラビア語、そして主にインドで使われているヒンディー語、ウルドゥー語が並び、フランス語やドイツ語、日本語などOECD加盟国の言語は広域言語に地位を下げると予想している。

 移民の存在が言語政策を意識させる欧米とは異なり、日本の政府も個人も、とかく言語政策に疎い。その証左に、高校では英語以外の外国語教育の実施校減少が続いている。松繁教授は「米国人が手を広げないところにビジネスを広げるため、習得する言語を戦略的に選択すべきだ」と言う。たとえば、アフリカを巨大新興市場ととらえれば、フランス語、アラビア語の習得者を増やす意味を理解できるはずだ。

 戦略的であるべきは、国家や企業レベルだけではない。カリフォルニア大学サンディエゴ校の當作(とうさく)靖彦(やすひこ)教授は30年にわたって米国で日本語を教えてきた。つまり、米国でグローバル人材育成の第一線に立ってきた。

 その當作教授は「日本人はもっと自らの生き残りのためのブランディングに取り組むべきだ。平均的な人間であれば生き残れるという時代ではない」。外国語の習得も一つのブランドになり得るが「全員に同じ英語の授業を同じ時間数受けさせて、均質な人間を作り出すことは、グローバル化社会ではむしろ弱みになる。多様な考えを持つ人たちがかかわり合うグローバル社会に適応できない」と警告する。

 當作教授はこうも言う。「世界の人口の9割の人が英語を理解できない」。英語以外の言語を習得することで広がるチャンスに目を向けたい。米国人の教え子の中には、英語と構造が似ているにもかかわらず、スペイン語が苦手で、日本語にくら替えしたところ、みるみる間に上達したケースもあるという。

 

 ◇戦略なき日本語

 

 言語の経済的価値を意識するのであれば、日本語についても戦略的でありたい。国際交流基金の調査によると、世界の日本語学習者は399万人(12年)。約30年前に比べて約31倍に増加した。インドネシアやタイ、マレーシアは日本語学習ニーズが高い。日本のアニメやファッションなどが人気を集めるクールジャパン効果で、欧米でも日本語学習ニーズはなお健在だ。

 しかし、3年ごとのこの調査で、学習者の増加率に陰りが見られる。06年度、09年度はいずれも前回調査に比べて約2割の伸びだったが、12年度は9・2%と鈍化した。教師や教材が質量共に不足していることも影響している。現地に拠点を開設して教師も派遣する物量作戦を展開する中国や韓国に圧倒されている面もある。

 国内の外国語教育に多様性を持たせ、海外の日本語教育のニーズに応える。中長期的な視点でグローバル化に対応する意識や言語政策が求められている。

 

 ◆GLPの算出方法

 

 言語ごとにGDPを足し上げて算出する。複数の言語を第一言語として使用している国については、話者の人口比で案分した。たとえばカナダの場合、英語にGDPの77%を、フランス語に23%を分割して繰り入れた。言語別の1人当たりGDPの差異は考慮していない。

 GDPは、国際通貨基金(IMF)の購買力平価ベースの予測値を使った。言語の分類や話者の人口比は、キリスト教系非営利団体「国際SIL(Summer Institute of Linguistics)」が提供する「エスノローグ」(http://www.ethnologue.com/)を使用した。エスノローグは世界最大の言語データベースで、このデータを基に、話者が多い世界24の「言語グループ」について計算した。たとえば中国語の中には、北京語もあれば広東語もある。これを一つの「中国語グループ」として扱った。