2014年

3月

25日

特集:経常赤字と本当の国力 第1部 2020年経常赤字常態化 2014年3月25日特大号

 ◇円安頼みの限界 経済政策の前提条件が崩れる

 

望月麻紀

(編集部)

 

「経常収支は間違いなく今年度は大体4兆6000億円プラスになる。それは間違いなく賃金に変わっていく」。2013年4月、安倍晋三首相が民主党の海江田万里党首との党首討論の席で宣言してから約1年。財務省が3月10日発表した14年1月の国際収支(速報)は、経常収支が1兆5890億円の赤字となり、現在の統計方法が採用された1985年以降で最大だった。単月では4カ月連続の赤字で、13年度ベースでも33年ぶりに経常赤字となる可能性がある。内閣府が同日発表した13年10~12月期の国内総生産(GDP、季節調整値)改定値は、物価変動の影響を除いた実質で前期比0・2%増(年率換算0・7%増)にとどまり、同7~9月期より減速した。政府の13年度経済見通し2・6%成長が危ぶまれる事態だ。

 アベノミクスは「第一の矢」(金融緩和)で円安を招き、株式市場を急騰させる好スタートを切った。この円安を生かして輸出増につなげ、企業の設備投資を促し、賃金を上げ、消費を増やす好循環を目指した。

 だが、経常赤字とGDPの伸び悩みは、アベノミクスのエンジンがうまく回っていない可能性を示す。

 輸出の伸び悩みはその象徴だ。政府は円安効果の一般的なシナリオ「Jカーブ効果」による輸出の回復に期待していた。

「Jカーブ」とは、為替レートの変動による貿易収支の変化を表す。通貨安が始まった当初は、輸入価格の上昇の影響が大きいため、貿易収支は一時的に悪化するが、円安により輸出の現地価格を引き下げることが可能になり、輸出数量が増加を始めると、貿易収支が改善する。

 

 ◇円安効果の目算狂う

 

 だが、単月の貿易収支は悪化の一途をたどり、14年1月の貿易赤字は2兆3454億円。原発停止に伴う燃料費が価格高騰でかさんだこともあるが、輸出が伸びないことが大きかった。この現実に、甘利明経済再生担当相は「Jカーブ効果が想定したほど強く現れていない」と、目算の狂いを認める。

 新興国の失速など世界経済の成長のテンポが鈍いという外部環境があるものの、根源にあるのは日本経済が「円安になれば輸出が増える」というかつての勝利の方程式が成り立ちにくいという現実だ。

 その原因は企業の生産体制にとどまらず、人口減、生産性向上の頭打ち、設備投資の伸び悩みという日本経済の潜在能力にあたる「潜在成長率」の低迷にもある。いわば日本の国力に大きな変化が起きているのだ。

 

 ◇空洞化の影響大

 

 13年の貿易収支は11・5兆円の赤字だった。大和総研の齋藤勉エコノミストの分析によると、原発停止による液化天然ガス(LNG)の輸入金額の押し上げ分は約4兆円だ。エネルギーコストの上昇も構造的な変化の一つととらえられるが、仮に原発を再稼働しても貿易赤字の幅は4兆円しか縮小しない。残りは「空洞化」によると分析している。

 円高やリーマン・ショックによる輸出の大幅な落ち込み、新興国の成長に伴うグローバル化もあって、日本企業は製造拠点を海外に移し、国内の「空洞化」が進んだ。その結果、日本経済は輸入の増加や輸出の減少に見舞われた。

 かつて日本製の代表の一つだった白物家電、カメラなどの精密機器は今や、新興国の技術力向上から日本に逆輸入されている(逆輸入効果)。輸出が減って輸入が増えるため、貿易収支に二重に効く構造だ。

 また、移転先の新興国は、技術力のキャッチアップが進み、部品や生産設備・機材の現地調達が高まった。この結果、現地法人向けの部品や生産設備の輸出が増える「輸出誘発効果」は伸びなくなった。齋藤氏は「輸出誘発効果の減少で輸出は5兆円減少、逆輸入効果の増加で輸入が2兆円増加した」と分析する。

 しかも、内閣府がまとめた13年度の企業行動に関するアンケート調査によると、日本のメーカーの海外生産比率は12年度実績で20・6%と、1987年の調査開始以降で最高だった。18年度には25・5%に増える見通しだ。それを裏付けるように、海外現地生産を行う企業の割合は12年度実績69・8%から、18年度は73・4%へ上昇する見通しだ。企業は海外移転の動きを強める一方だ。

 

 ◇産業競争力も低下

 

 さらに、産業競争力の低下も問題だ。薄型テレビに象徴されるように、日本企業が得意としてきた高付加価値品は中国、韓国勢の攻勢を受けている。極端な円安でなければ価格競争を勝ち抜けそうにない。

 日本経済はかつてほど円安メリットを享受しにくくなり、経済構造も変化したことを、経常赤字が示しているのではないか。

 政府は株式市場の催促に呼応するかのように、日銀の追加緩和を待ち望んでいる。仮に追加緩和が行われ、円安が一層進んだとして、輸出が大きく増えるのだろうか。企業はグローバル化を志向し、海外移転を隠そうともしない。それにもかかわらず、政府は新年度税制改正で法人税率の引き下げを目指し、国内への設備投資の増加に期待を寄せている。

 だが、掛け値なしの日本の国力は、人口減で国内市場が縮小することで、企業は設備投資の意欲を欠き、生産性も高まらない構造に陥っている。

 過去の経済構造を前提とした経済政策では、国力を引き上げることは難しい。女性や高齢者の就労を促すことで労働人口の減少に歯止めをかけ、生産性と設備投資を少しでも引き上げ、潜在成長率を高める。経済実態を冷静に見据えた政策があって初めて、経済の好循環に向かう。経常赤字を正面から分析することこそ、経済再生につながる。