2014年

4月

01日

特集:景気大失速 2014年4月1日号

 ◇増税後に景気落ち込み 駆け込み反動減は不可避

小林真一郎
(三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査部主任研究員)

 日本の景気は2012年秋以降、持ち直しが続いているが、そのペースは回復当初と比べると明らかに鈍化した。実質国内総生産(GDP)成長率の動きをみると、13年前半は前期比年率換算で4%を超える高いペースだったのが、夏場以降は勢いが鈍り、年後半は年率で1%にも満たない低いペースにとどまっている。

 それでも景気が失速しつつあるとの懸念は広がっていない。これは4月1日の消費税率8%への引き上げを前に、個人消費が駆け込み需要によって勢いを増しつつあり、年明け以降の景気が再び勢いを取り戻したためである。企業業績の改善も安心感につながっている。好業績を背景に、今年の春闘では大企業を中心に基本給を引き上げるベースアップが復活し、ボーナスの支払額も上乗せされるなど、家計に対する利益の還元が進む期待が高まっている。さらに、企業の設備投資が勢いは弱いながらも、ようやく動き始めたのは明るい材料だ。
 しかし、駆け込みで先食いした需要の反動は必ず出る。増税後の4~6月期の実質GDP成長率が大幅なマイナスに陥ることは避けられない。問題となるのは、7~9月期以降の景気の足取りである。これをどう考えるかによって、増税後の景気の見方は大きく三つに分かれる。

 ◇政府は楽観

 政府や日銀が描いているシナリオは、景気はすでに前向きの循環メカニズムに入っているため、足元の景気が駆け込み需要だけで押し上げられているのではなく、反動減が一巡すれば景気は再び力強い回復軌道に戻っていくとの見立てである。
 このシナリオが実現するとすれば、そのカギを握るのは、企業業績の改善が景気押し上げに及ぼす効果だろう。企業活動の実態を把握するため財務省が実施している「法人企業統計」で企業利益を四半期ごとの動きでみると、全産業(金融・保険を除く資本金1000万円以上の企業が対象)の経常利益は13年10~12月期に16兆円に達した。リーマン・ショック前の07年1~3月期の15・6兆円を上回る過去最高額である。
 年明け以降はさらに利益が高まっていると予想され、13年度通年でみても過去最高益を更新するのは確実だ。また、売上高経常利益率が上昇するなど、企業の稼ぐ力は着実に高まっている。
 こうした業績改善を背景に、賃金改善が多くの企業に広がっていけば、増税のインパクトを相当部分緩和することが可能となる。また、企業が積極的に設備投資や雇用を増やしていくことも考えられ、企業の改善が家計部門に浸透し、さらに企業の業績改善につながっていく好循環が実現することになる。

 ◇8兆円の落ち込み

 一方、民間の各エコノミストは政府・日銀よりも、少し厳しめの見方をしている。7~9月期は前期比でプラスに転じるものの、増税前のペースと比べて緩やかにとどまるというものだ。
 このシナリオの前提は次のようなものである。春闘での賃上げや雇用情勢の改善を背景に賃金がある程度上昇するとしても、増税分をフルカバーできるわけではない。実質賃金の減少は避けられず、個人消費の持ち直しペースは緩やかにとどまると考えられ、これが増税前と比べて成長率を鈍化させる原因となる。
 増税後の需要反動減のインパクトを推し量るのは難しいが、次のように試算できる。仮に足元の駆け込み需要が、13年7~9月期の実質個人消費の増加ペース(前期比プラス0・2%)を上回る部分に相当すると考えると、10~12月期および1~3月期の合計で約4兆円と試算される(三菱UFJリサーチ&コンサルティングの見通しに基づく試算)。反動減だけが個人消費を押し下げる要因であれば、4~6月期は通常の個人消費の金額から4兆円を差し引いた金額に減少するにとどまるが、実質賃金の落ち込み額や消費者マインドの悪化などを勘案すると、実際にはそれを大きく上回る8兆円程度の落ち込みになると考えられる。
 同シナリオが、反動減以上に個人消費が落ち込んでも深刻な景気悪化に陥ることが回避できるとみているのは、輸出が増加して景気を下支えすると予想しているからだ。こうした見方が、現時点では多数派と考えられ、金融市場にもほぼ織り込まれていると思われる。公共投資についても、13年度の補正予算の進行により、増税後の景気の落ち込みを緩和させるとみられている。
 しかし、この第2のシナリオには下振れリスクが出てきた。このところ海外景気の回復力が弱まっていることもあり、輸出の低迷が続いている。シナリオの前提には、海外景気の持ち直しとともに輸出が増勢に転じるとの予想がある。だが、本当に景気を下支えするほど輸出が増えるかどうか怪しくなってきた。
 まず、期待された円安による景気押し上げ効果は、輸出企業の業績を押し上げる一方で、輸出数量の増加につながっていない。実際に製造業の生産動向をみても、駆け込み需要で増加ペースが高まっているとはいえ、水準はようやく東日本大震災前の水準に戻ったところだ。リーマン・ショック前の水準には遠く及ばない。生産拠点の海外移転だけでなく、日本の製造業の生産能力自体が落ち込んだ結果とも考えられ、円安効果が一巡する14年度には企業業績は伸び悩む可能性が高い。
 新興国景気の先行き不透明感や、ウクライナ情勢といった地政学上の懸念要因もある。これらが金融市場の動揺や世界経済の悪化にまでつながれば、輸出の回復は期待できない。

 ◇冷え込む消費マインド

 筆者は第2のシナリオよりもさらに厳しい見方に立っている。反動減の一巡後も家計部門を中心に増税のマイナス効果が残るため、景気は低迷したままになるというものだ。最悪の場合は、景気が後退期に陥るというシナリオである。
 そもそも雇用者全体が受け取っている賃金の総額の水準をみると、雇用情勢の改善を受けてこのところ緩やかに持ち直しているとはいえ、ピーク時と比べて30兆円程度、リーマン・ショック前の水準と比べても7兆円程度少ない。また、雇用者1人当たりの年収は、1997年の432万円から13年には377万円と13%も下がっている。
 このように所得が低迷する中で個人消費が堅調に伸びてきたのは、デフレの恩恵で価格が下がり、実質的な購買力が押し上げられてきたことに加え、13年前半はアベノミクスによる景気回復への期待感によって活性化されたためである。
 しかし、所得の回復の遅れを背景にこうした期待感も夏場に一巡し、個人消費の増加の動きも止まってしまった。増えない所得をよりどころに、いつまでも消費を膨らまし続けることはできないからだ。秋以降、個人消費は再び勢いを取り戻しているが、これは期待感の後退を増税前の駆け込み需要で補っているためである。駆け込み需要がなければ、個人消費は夏場の低い伸びがその後も続いていた可能性がある。
 足元の賃上げの動きは、業績改善が遅れ気味である中小企業にまで広がるかどうかは不透明である。消費税率引き上げの一方で、賃金上昇が広がりに欠け実質的な賃金の目減りの影響が大きければ、アベノミクスへの期待は剥落し、消費者マインドは一気に冷え込んでしまいかねない。個人消費が低迷し、さらに輸出の増勢が期待できないとなると、回復のタイミングを逃し、景気の勢いは失速する。このような展開の可能性は高まっているといえる。
 さらに、頼みの綱である企業業績が悪化に転じることになれば、雇用・所得の改善が止まってしまう。円安が一巡すれば製造業の業績押し上げ効果が剥落する。加えて、非製造業も先行きへの期待感や駆け込み需要で円安によるコスト増加を補ってきたが、そのマイナス要因が顕在化すると考えられる。企業はコスト増加を販売価格に転嫁することで対応することも可能であり、それこそが政府や日銀が描いているデフレ脱却のシナリオなのかもしれないが、それは逆に消費者マインドをさらに冷え込ませてしまう。
 企業業績の改善が進んでいることや、企業も一時的な需要の落ち込みを想定していることを勘案すると、前回の97年度の消費税率引き上げ時と同様に景気が悪化する最悪のケースとなる可能性は低いだろう。だが、景気の落ち込みは一過性のものに過ぎないと楽観することは禁物である。増税後の景気動向は予断を許さない状況が続きそうだ。