2014年

4月

15日

特集:地政学リスクと資源争奪 2014年4月15日特大号

 ◇G7も見誤った「米国のひきこもり」

濱條元保
(編集部)

「ロシアのソチ五輪直後に、ウクライナ危機を予想できた者は誰一人いなかっただろう。しかし、これはウクライナに限ったことではない」。ロシアのプーチン大統領が3月17日、ウクライナ南部・クリミアの編入に踏み切った現実を前に、住友商事グローバルリサーチの高井裕之社長はこう指摘する。

 予想できないような地政学リスクが現実に起こると、そこを起点に新たな地政学リスクが連鎖的に顕在化する──。軍事介入に踏み切り、プーチン大統領による電光石火のクリミア実効支配を許したのは、主要7カ国(G7)の読みの甘さだ。だが、クリミアを自国領土と既成事実化したプーチン大統領でさえ、ウクライナ危機をきっかけに世界の地政学リスクを覆い隠していた扉を開け放ったという自覚はないだろう。
 
 ◇経済成長鈍化と米の凋落

 世界的に地政学リスクが顕在化しやすくなった背景には、新興国経済の成長鈍化と米国の世界的地位の低下が挙げられる。
 1991年に旧ソ連から独立したウクライナは、その当時からロシア系とウクライナ系住民との対立はあった。「経済が順調に成長する過程では対立構造が表面化することはなかったが、経済成長の鈍化とともに、経済格差等の不満がさまざまな対立構造を表面化させた」と高井氏は分析する。
 加えて、「世界の警察官」を自認してきた米国の世界的な影響力低下である。内戦が激化するシリアへの軍事介入を昨年9月に土壇場で見送ったり、同11月にはイランの核開発問題で暫定合意するなど、米国の「ひきこもり」現象が、目につく。
 東京財団の渡部恒雄上席研究員は、「シリアやイラン問題では、米国はロシア頼みだった。プーチン大統領にすれば、ロシアなしには米国は何もできないとオバマ大統領は足元をみられた」と、クリミアのロシア編入の背景を推測する。
 つまり、ウクライナ危機は新興国の経済成長の鈍化と米国の影響力低下から発生した必然的な地政学リスクだったということだ。
 特に米国の「ひきこもり」志向の強まりが、世界各地を不安定化させていることは、当の米国にとって誤算だっただろう。中東はじめ世界からプレゼンスを引き下げていく過程で、ロシアがこれほど強硬な手段でクリミアを奪取するのは想定外だった。
 世界的な地政学リスクの高まりに、原油などの資源問題が絡むと供給停止リスクとなり、市場を通じて世界経済に波及してしまう。

 ◇G7のロシア排除の代償

 ウクライナ危機を巡る日米欧とロシアとの対立で顕在化したリスクは、ロシアに依存する日欧のエネルギーをどうするか、である。
 欧州連合(EU)は、原油と天然ガスの約35%をロシアからの輸入に依存している。日米欧とロシアの双方の経済制裁がどこまでエスカレートするかにもよるが、ロシア排除をG7で強めるのであれば、日欧がロシアに依存するエネルギーの代替供給源を確保するのが急務だ。
 しかし欧州諸国の原油でいえば、日量にして579万バレルに達する代替先となると、世界最大の石油生産量を誇るサウジアラビアなど中東湾岸諸国に限られる。
 オランダ・ハーグで開催されたG7緊急首脳会議に出席した米国のオバマ大統領は3月28日、その足でサウジに立ち寄り、アブドラ国王と会談を行った。
 東京財団の渡部氏は「ロシアが欧州向けエネルギー供給を止めた場合、サウジに増産の確約を取り付けて原油価格高騰による世界経済への影響を和らげる狙いがあったのではないか」と、オバマ大統領のサウジ訪問の狙いを推測する。
 日本にとっても大きな誤算である。中韓と関係が冷え込む中、過去5回もプーチン大統領と安倍晋三首相は会談を重ね、ロシアと良好な関係を構築してきた。日本は原油の9割、液化天然ガス(LNG)の3割を中東に依存している。この中東依存率を引き下げ、調達先を分散させようとして期待したのがロシアだった。
 すでに日本は原油とLNGの1割をロシアに頼っており、20年には2割に達する見通しだったが、今回のウクライナ危機で、状況は一変した。G7の一員として、ロシア排除に足並みをそろえて経済制裁に付き合わざるを得ないからだ。ウクライナ危機が日本のエネルギー政策を根本から覆したことになる。

 ◇漂流する中東湾岸諸国

 オバマ大統領のサウジ訪問の狙いは、このところ悪化した両国の関係改善にあった。だが、イランの核開発問題やシリアの内戦をめぐる両者の考えは平行線のままで、会談は不調に終わった。
 そもそも79年のイラン革命以降、米国の安全保障の傘の下で、イランに対抗してきたサウジはじめ湾岸協力会議(GCC)諸国は、大きな転換点に直面している。
 米国が「世界の警察官」を退き、中東地域から軸足を東アジアに移しつつある。シェール革命によって、エネルギーの中東依存から解放され、米国における中東の相対的な位置づけは低下、湾岸産油国やイスラエルに従来のように配慮する必要はなくなった──。米国のシリアやイランへの対応をGCC諸国が、そう受け止めても不思議ではない。
 米国の中東軽視は、GCC諸国内部に亀裂を生んでいる。加盟国の一つカタールがサウジらが警戒するエジプトのムスリム同胞団や同胞団を基盤とするモルシ前政権に巨額の資金支援を実施した。天然ガス田が海底でつながるイランにも接近しているとの情報もある。
 カタールの行動に対して、サウジとアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンのGCC3国は3月初旬、駐カタール大使の本国召還に踏み切った。「GCC加盟国の安定を脅かす勢力などへの支援をしない」という取り決めにカタールが反していると3カ国は厳しく批判する。
 ある中東専門家は、「カタールの行動の背景にあるのは、米国のGCC軽視、イランへの擦り寄り」と指摘して、こう続ける。
「サウジとの関係悪化を省みず、イランに近づく米国の行動をみたカタールは、もはや米国の安全保障の傘の下にはいられないと考えたのだろう。影響力のあるムスリム同胞団に協力したり、イランに近づき独自に生き残り策を模索しているとみるべきだ。イラン革命からの波及を恐れて結成されたGCCの存在意義が問われている」
 米国の「ひきこもり」が、中東産油国をより一層、不安定化させているのである。ウクライナ危機が、ロシアから供給を受ける日欧のエネルギーリスクを浮き彫りにしてしまうと同時に、有力代替供給源の中東産油国同士の足並みの乱れを世界に露呈させた。
 エネルギー以外にも、ウクライナ危機が世界経済を混乱させる火種がある。欧米とロシアの対立激化に伴い、穀倉地帯のウクライナやロシアから小麦やトウモロコシなどの穀物供給が滞るリスクだ。

 ◇拡散する地政学リスク

 ウクライナの穀物の主な輸出先は中東・北アフリカ地域である。ウクライナのトウモロコシ輸出国のトップはエジプトとスペインで、全輸出の19%を占める。小麦では、ウクライナ、ロシアともにエジプトがトップで全体の3割前後に達する。
 小麦の場合、米国産などで代替できるが、「コストと地理的優位性から競争力のあるウクライナ産に比べ米国産は割高となり、エジプトなど北アフリカ諸国で受け入れられるか疑問がある」と、住友商事グローバルリサーチマーケットチームの瀬長恵梨氏は指摘する。
 要するに、低品質の安いウクライナ産だからこそ、北アフリカ諸国の低所得者の食料源として重宝されたわけだ。
「アラブの春」は、そもそもインフレに伴う食料価格の高騰が背景にあったとされる。食料価格高騰は庶民の不満を高め、政府に対する抗議運動やデモにつながりやすい。
 ただでさえ、米国の影響力低下で不安定化している中東・北アフリカ地域で、ウクライナやロシアから穀物供給が途絶えることで食料が高騰すれば、新たな地政学リスクを高めてしまうことにもなる。
 世界に目を転じれば、地政学リスクと資源問題が複雑に絡み合っている。米国のたがが外れた今、世界のどこでリスクが顕在化してもおかしくない。