2014年

5月

13日

特集:歴史に学ぶマネーと経済 ここが気になる1 2014年5月6・13日合併号

 ◇世界経済は低成長に転じたのか? 先進国は人口増加率見合いに後退

 

平山賢一

(東京海上アセットマネジメント・チーフストラテジスト)

 

 リーマン・ショックから5年超が経過した。その傷痕も薄れる中、米国の金融緩和策は縮小過程に入った。だが、クリミア半島で地政学リスクが台頭し、先進国の政府債務も拡大が続く。中国経済は減速し、新時代を先導する経済主体が見当たらない。世界経済が低成長時代に突入するとの主張には説得力がある。

 世界経済は節目を迎えているのか。この問いに答えてくれるのが人口動態だ。「債券王」の異名を持つビル・グロス氏(米債券運用最大手ピムコの共同最高投資責任者)の趣味は、人口統計をじっくり眺めることだという。変化を予測するには、経済社会に大きな影響を与える人口の変化を見ておく必要があるからだろう。われわれがいま注目すべきは、世界の人口増加率が1968年にピークを打っていたという事実だ。

 英国出身の経済学者、故アンガス・マディソンを中心とした経済協力開発機構(OECD)の世界経済史研究によれば、おおむね人口増加率と経済の実質成長率は、同水準で推移してきた。人口増加率が0・5%であるならば、経済成長率も0・5%といった具合だ。

 経済成長率は、人口の規模ではなく、人口増加率と密接な関係にある。世界の人口が増加し続けても、その増加率が低下していくなら、経済成長率はマイナスの影響を受ける。この二つは、紀元から1820年まで並んで推移してきた。この関係に終止符を打ち、世界の経済成長率が人口増加率を凌駕(りょうが)して上昇していくのは、19世紀以降のことだ。この急上昇は、イノベーションの加速により決定づけられたと言ってよい。

 

 ◇動力革命期に高成長

 

 日本が11代将軍・徳川家斉の治世下から明治維新に至るまでの1820~70年ごろ。欧州ではロシアとオスマン帝国、英仏が衝突したクリミア戦争、米国では南北戦争の混乱を乗り越え、産業革命の成果が広く社会に浸透し、蒸気機関による鉄道網が整備されていった。

 この時期、動力革命というイノベーションが、経済成長率を浮上させた。英国では勢い余って鉄道株バブルも発生したほどだ。世界の人口増加率は、18世紀と変わらない0・5%程度だったものの、経済成長率は、その倍の1%近くまで上昇した。

 19世紀末から第一次世界大戦前夜の1913年までは、医療設備や都市の衛生環境が改善したことなどから、幼児死亡率が低下し人口増加率も増進した。いわゆる「健康革命」だ。人口増加率が1%近くまで上昇したうえ、エネルギー源としての石炭の活用が起爆剤となり、経済成長率はさらに、人口増加率の2倍の2%弱にまで上昇した。「石炭エネルギー革命」というイノベーションが、経済成長率を浮上させたのである。

 その後、大恐慌や第二次世界大戦を挟み、人口増加率と経済成長率は足踏みした。だが、50年代からは、米国がドルと金の引き換えを一方的に停止したニクソン・ショック(71年)を迎える70年代初頭までの期間、人類は歴史的な変化を経験する。

 かんがい農業や化学肥料の活用、品種改良による「農業の生産性革命」(緑の革命)が起こり、人口増加に拍車がかかったのである。68年には、人口増加率が20世紀のピークである2・1%にまで上昇。「石油エネルギー革命」と自動車・家電の普及が、消費者の購買意欲を喚起したことで、経済成長率はさらに上昇し64年には6・6%に至った。

 1820年から1970年までの約150年間で経済成長率は、人口増加率を上回ること2倍以上にまで上昇したことになる。人口増加より経済成長のペースが速いということは、1人当たりに換算した経済成長率が上昇したことを意味する。

 この1人当たり経済成長率の上昇が、先進国を中心に所得格差を圧縮し、中間所得層の拡大に貢献した。経済学者のエマニュエル・サエズ氏によれば、米国の高所得者上位1%が全家計所得に占める割合は、20世紀初頭の20%弱から、70年代初頭に8%程度に低下している。これは、所得格差が縮小し、経済成長の果実が広く社会に行きわたったことを意味している。

 

 ◇インフレが成長をかさ上げ

 

 70年代以降、世界の人口増加率は低下し、2012年には1・2%となった。経済成長率も2・2%にまで低下している。

 これをどう評価するか。オイルショックで第二次大戦後の高度経済成長が終わったとはいえ、その後も成長は続いていたと考えればいいのだろうか。筆者は、以下の三つの要因が立て続けに現れ、人口増の鈍化、イノベーションの停滞にもかかわらず、名目上の経済成長率の急落が回避されたと捉えている。

 第一に、経済成長が加速したとのイメージは、名目上の経済成長の話である点だ。物価上昇の影響を除外した実質の経済成長率は、緩やかに低下している事実に目を向けなければいけない。70年代は、ニクソン・ショックをきっかけに、世界中で紙幣よりも実物(原油や金など)が選好されたため、インフレ率が上昇し、経済成長率の減速を隠蔽(いんぺい)することに成功した時代だ。70年代の名目上の経済成長率は14%弱だが、物価上昇分を除くと4%弱に過ぎない。

 インフレは、経済成長率だけではなく、株価指数も水膨れさせた。70年代の10年間、米国株投資で投資元本は1・8倍(配当込み)になったが、消費者物価指数は約2倍になっている。配当を考慮しない株価指数だけみると、わずか17%の上昇にとどまっている。70年代の株式投資は物価を上回ることができなかったほど、インフレの影響が大きかったのだ。

 第二に、80年代と90年代は、先進国を中心に戦後生まれたベビーブーマーが、住宅や耐久消費財を購入する多消費年齢(35~54歳)に到達したことで、総人口に占める多消費年齢人口比率が消費を底上げし需要側から経済成長を支えた。生産年齢人口(15~64歳)の比率も上昇したため、健全な労働者も増加し供給側から経済成長を支えた。いわゆる「人口ボーナス」と呼ばれる現象だ。

 興味深いのは、日本の場合、戦後の3年間に高出生率期が集中したのに対して、米国では緩やかに10年以上続いたことで、人口構成上のべビーブーム世代に時間差がある点だ。多消費年齢人口そのものがピークを迎えたのは、日本が91年(多消費年齢人口比率のピークは88年)、米国は08年(同01年)。偶然にも、日米それぞれで起きた不動産・住宅バブルの絶頂期と符合している。

 第三に、21世紀に入って、中国をはじめとする新興国で、急速な産業化が進み豊富な労働者が生産現場に供給された点である。そのため、世界の1人当たり経済成長率が底上げされ、人口増加率が低下する中でも、世界の経済成長が支えられたのである。

 

 ◇生産年齢人口比率も低下へ

 

 だが、経済成長を底上げしてきた三つの要因が剥落しようとしている。今後、われわれは、①急激なインフレによる水増し、②先進国の人口ボーナス、③中国などの高成長──というプラス要因が消失し、その陰に隠されていた「人口増加率の低下と経済成長率の低下」という現実を直視せざるを得なくなるだろう。

 まず、世界の人口増加率は、今後も低下し続け、国際連合の推計によると、約50年後には0・3%に至ると想定されている(12年改訂の中位推計、以下の将来推計に関する記述も同じ)。

 また、世界全体の生産年齢人口比率は、13年にピークをつけたと推定されている。欧米諸国だけでなく、中国の生産年齢人口比率も10年にすでにピークを迎えた。韓国やシンガポールといったアジア諸国の一部も、すでにピークを越えている。生産年齢人口比率が上昇する地域は、20年代まで上昇するブラジル、30年代まで上昇する中東地域、40年代まで上昇するインドや南アフリカなど先進国以外の地域に限られる。

 つまり、女性就労率の上昇や退職年齢の引き上げなどがなければ、先進国主導で生産年齢人口比率低下は経済に影響する。そのため今後は、これまでと異なり、労働コストの上昇圧力が強まり、グローバル企業などの生産性の重石となって、経済の供給側から成長を圧迫する要因になるだろう。

 一方、世界の多消費年齢人口比率は、30年までは上昇していくことから、需要側からの消費押し上げが期待できるだろう。ただ、先進国の同比率は、02年にすでにピークを付け、多消費年齢人口そのものも09年以降は減少に転じている。日本は団塊ジュニアの存在で06年に上昇に転じたものの、17年から再び下落トレンドに入る。中国の多消費年齢人口比率も、11年にピークを越え、25年以降は多消費年齢人口そのものも減少に転じる。

 このような現状に鑑みると、南米・南アジア・中東・アフリカなど先進国以外の消費拡大に依存せざるを得ない。ブラジルは32年まで、インドは41年まで、アフリカ諸国は50年代以降まで、多消費年齢人口比率が上昇するからだ。ただ、これらの地域の大部分では所得格差が拡大している。中間所得層が思いのほか増えなければ、人口ボーナス効果が発揮されにくくなるはずだ。この場合、富の集中の加速が経済成長を阻害する要因となり得る。

 

 ◇鍵握る新イノベーション

 

 70年代以降の三つの経済成長プラス要因が剥げ落ちていくならば、「1人当たり経済成長率」を押し上げるイノベーションに期待せざるを得ない。

 イノベーションを考えるうえでは、近年の情報革命の恩恵が、多くの人々の所得向上に貢献してこなかった点は重要だ。先述のサエズ氏によれば、80年代以降、米国を含む先進国の高所得上位者が全家計所得に占める割合は、現在に至るまで上昇し続け、中間所得層の地盤沈下が顕著になっている。情報革命の中心地であるはずの米国でも、01年以降の1人当たり経済成長率はむしろ低下している。

 産業革命以降のイノベーションの歴史を振り返っても、ラジオや電話、コンピューターなどの情報・通信分野だけでなく、石炭や石油といったエネルギー分野や、それを基盤とした蒸気機関、ガソリンエンジンなどの動力革命、さらには医療・農業技術革命が進展したときに、多くの人々の所得水準が底上げされ中間所得層が盛り上がったとみられる。

 今後求められるのは、情報分野がエネルギー・動力・ヘルスケア分野のイノベーションの起爆剤になっていくことで、世界の中間所得層の拡大が実現されることに他ならない。

 近年は、不安定な時代だからこそ、各国政府が躍起になって、市場に規制、介入、そして救済の手を入れ過ぎている。そのため、最適な資金配分は遮られ効率性が低下し、各所に無駄とゆがみが生じている。

 その半面、このような社会の矛盾が大きくなるときこそ、民間を中心としたイノベーションが起きる最大のチャンスとなる。それまで蓄積された格差と非効率を是正する反動的なイノベーションの加速が期待できるからだ。人類の英知がいま求められている。(平山賢一・東京海上アセットマネジメントチーフストラテジスト)

 

 ◆金融市場も変化する

 

 米国の金融専門家であるロバート・アーノット氏らの共同研究を参考に、人口動態が金融市場に与える影響を考えてみよう。

 一般論として、20代の若い労働者の増加は、柔軟な発想で新たなイノベーションを促すために、経済成長にプラスの影響を与える。だが、所得や金融資産額が少ないため、株式市場や債券市場への資金流入が期待できない。一方、30代から50代にかけての多消費年齢人口の増加は、消費拡大に貢献し企業業績の追い風になる。将来に備えた投資資金も積み上がっていることから、株式市場にもプラスの影響を与える。

 多消費年齢人口比率が上昇する南アジア、アフリカなどの地域では、格差是正などが奏功し、より多くの中間所得層が誕生するなら、住宅資金の借り入れも発生し、耐久消費財の購入増加が期待される。このシナリオに沿えば、世界は、需要面からの「第二の人口ボーナス」を経験し、株式市場も活況を呈することになるだろう。

 ただし、先進国を中心に60代後半以降の老齢人口が増加する。高リスク資産の代表である株式市場からは資金が流出し、低リスクかつ安定的な資産である債券市場や生活必需品等の購入資金に代わるだろう。経済成長に大きく貢献する耐久財の消費もそれまでほど膨らまず、経済へのプラス効果は限られるはず。年金の運用資金は、「逆グレートローテーション(株式から債券へ)」の動きが進むことも予想される。