2014年

6月

17日

特集:とことん学ぶ通貨と為替 Part1 ここがポイント! いま知りたい1 円安はなぜ止まったのか? 2014年6月17日号

 ◇予想外に進まないドル高が原因

 

高島修

(シティグループ証券チーフFXストラテジスト)

 

 「黒田日銀は2014年1~3月にも追加緩和を決める。4月の消費増税後の景気減速を未然に防止するためだ。14年は円安・日本株高で決まりだ」──。半年ほど前、ヘッジファンドなど海外短期筋の間ではこうした見方が支配的だった。

 年初、ドル・円相場が1ドル=105円台を割り込んだ時、筆者は早々に「調整局面入り」と判断した。日銀期待頼みの円安は、早い段階で一度修正を余儀なくされると考えていたからだ。2月に100円台へ下落した時もあまり違和感を覚えなかった。

 ただし、その後、ドル・円は101~104円を中心とした膠着(こうちゃく)相場に入る。正直なところ、半年前は、このような低空飛行が4月以降まで長期化するとは想定していなかった。筆者の、そして市場の誤算はどこから生じたのか。

 

 ◇長期的には円安・ドル高

 

 まず、長期的には円安であり、ドル高であるとの相場観は大きく間違っていないだろう。

 日本では、高齢化により家計の貯蓄率が低下し始めた。家計、企業、政府という三つの経済主体の純貯蓄の合計額である経常黒字もそれに伴い減少している。しかも、1990年代半ば以降、労働生産性の伸びが米国や多くのアジア諸国を下回っており、輸出競争力減退の底流にある。

 そこに東日本大震災が起こった。貿易収支が赤字に転落する一方、製造業の海外生産シフトなど日本から海外への直接投資が急増した。国際収支が一気に悪化したことで、円高に歯止めがかかった。円安が加速したのは民主党政権末期の12年秋からだが、円高から円安への重要な転換点は11年だった(図1)。

 一方、米国ではシェールガス、シェールオイルを中心としたエネルギー革命を控えている。技術開発の結果、地中のシェール(頁岩(けつがん))層から天然ガス、石油の採掘が可能になったのである。06年にGDP比で6%に迫った経常赤字が最近では2%近くまで縮小してきたのは、シェールオイルの生産増加などで原油をはじめとしたエネルギー関連の輸入が減少し、貿易赤字が縮小の一途をたどっていることが大きい。経常赤字の縮小はドル安圧力を弱める。

 13年春、米国株が08年のリーマン・ショック前の高値を突破、史上最高値を更新し始めた。米国株はこの時からエネルギー革命を明確に織り込み始めたと将来位置づけられるかもしれない。この株価上昇が後押しする格好で、同年12月に米連邦準備制度理事会(FRB)は量的緩和策の縮小に着手することになった。

 FRBは米国債などの金融資産を買い入れる代わりに、お金を世の中に出回らせ景気の下支えを図ってきた。その買い入れ額を徐々に減らしている。量的緩和策が終了した後には、現行のゼロ金利政策(政策金利であるFF金利の誘導目標は0~0・25%)の解除と利上げが見込まれる。これはドル高要因となる。

 

 ◇低空飛行の米金利

 

 ドル・円相場を見るうえで重要と考えられるのが、日米の金利差だ。

 金利(10年国債や2年国債などの債券利回り)が上昇すれば、その通貨で運用した時の金利収入は増える。投資資金が引きつけられる結果、通貨高となる。米債が買われれば、それに伴うドル買いが生じるわけだ。ところが、長期金利(米10年国債利回り)をはじめとして、肝心の米金利に上昇する気配が見られない。

 通常、現在のように米国の財政収支が改善する時はドル高が進む傾向にある。19ページ図2に、ドルの主要通貨に対する総合的な価値を示す指標であるドルインデックスと米財政収支の推移を示した。

 景気回復を背景に税収増などで財政収支が改善していくと、財政リスクが反映される長期金利は低下傾向になる。さらに景気が回復局面から拡大局面に入ると、FRBは物価安定と景気過熱を防ぐために利上げに転じる。金融政策に反応しやすい短期金利から上がり、次第に長期金利も上がっていく。この金利の動きに連れてドル高が進む。

 だが、今回は雇用環境の改善の遅れなど国内要因だけでなく、新興国へのマネーフローを通じた影響など国際金融の観点からも、極めて緩やかにしか緩和縮小と利上げを進められない。かつ財政収支改善効果で長期金利も低下圧力がかかっている。

 このことを米債市場の投資家たちも見越しているため、米金利の低空飛行が続く。エネルギー革命などによる構造的なドル高圧力が封印される状況に陥っているのだ。長期ドル安局面は脱し、長期ドル高局面入りする準備は整っている。しかし、FRBの金融政策でドルは長期底ばいを続けざるをえないという、いわば過渡期にある。

 ドル・円相場にとって特に重要と考えられる日米の2年金利差も、ほとんど開いていない(図1)。2年金利には、今後2年間の金融政策に対する市場の予想がより強く反映される。05~10年ごろにかけてのドル・円は、2年金利差に連動して動いていた。

 現在、米2年金利の水準は0・3%台にとどまる。日本は0・08%前後。筆者の分析では、日米2年金利差が少なくとも0・5ポイントを超えてこないと、ドル・円は金利差との有意な関係を回復しない。

 

 ◇日銀が追加緩和でも限界

 

 日米2年金利差が0・5ポイントを下回り始めた10年半ばごろから、ドル・円相場が反応していたのは、FRBと日銀の量的緩和策(通貨供給量)の差だった。FRBの量的緩和第2弾(QE2)導入が市場で意識され始めたのは同年夏ごろ(実際の開始は10年11月)。ドル・円は、2年金利差のわずかな変化に対して、従来の関係では説明できないほどの値幅で反応するようになっていく。

 金利差は為替相場を動かすには不十分な水準にまで縮小してしまったが、それでも相場はある程度の値幅を持って動かざるをえない。市場は金利差に代わる相場のテーマとなりうる材料を必要とする。そこでQE2という新たな材料に飛びついたのである。その結果、日米金利差の実態からかけ離れた水準にまでドル安・円高が進んでしまった。過剰に進んだ円高はアベノミクスと黒田東彦日銀総裁の誕生をきっかけに是正された。これが過去1年半のドル高・円安の主因だった。

 年内は、12月の安倍晋三首相による消費再増税の判断が近づくと、日銀の追加緩和が再び現実味を増すだろう。日銀の黒田総裁は財務省出身。追加緩和は消費再増税を意識していると考えられる。緩和のタイミングに合わせ、年末にかけての景気や株価を下支えすると見られる。この動きを読み、ヘッジファンドなどが円売りを再開させ、一時的に108円前後までドル高・円安が進む可能性はあるだろう。だが、短期筋主体の円安が長期的に維持可能とは思えない。

 また、振り返れば、01~06年には日銀が量的緩和を拡充したにもかかわらず、FRBの果敢な利下げによるドル安・円高を止めることはできなかった(19ページ図3)。市場では今なお日銀の追加緩和に対する期待が大きいが、このことに象徴的なように、量的緩和が為替相場に及ぼす影響は実証性に乏しく、理論的な裏づけも欠く。異常な円高の是正も終わっているので過剰な期待は禁物だ。

 110円を超える水準でドル高・円安が定着するには、日米2年金利差が少なくとも2ポイント以上は開く必要がある。FF金利が15年後半から引き上げられ始めたとしても、現在0・3%台の米2年金利が2%を超えてくるのは16年にズレ込むと思われる。それまでは100円を下回るドル・円反落リスクが常にくすぶり続けよう。