2014年

7月

22日

経営者:編集長インタビュー 中村和男 シミックホールディングス会長兼社長 2014年7月22日特大号

 ◇製薬企業の開発・製造・販売を一貫支援

 

 シミックホールディングス(HD)は1992年、日本で初めて製薬会社向けの医薬品開発支援業務(CRO)を始めた。現在は、製造受託や営業支援などにもビジネスを広げ、日本で唯一、医薬品の支援業務を総合的に提供する体制を整えている。

 

── 日本では、医療費削減の必要性が増しており、製薬会社も変革を求められています。

 

中村 新薬メーカーとジェネリック(後発医薬品)メーカーでは少し事情は違いますが、製造側はビジネスモデルを変えるべき時期にあります。

 新薬メーカーは、莫大な資金を投入して開発しても、特許期間が過ぎてジェネリック医薬品が出ると急に苦しくなる。また、国際的に通用する薬を出さないと投入資金を回収できないし、新薬がなかなかできない問題にも直面しています。一方のジェネリックメーカーも、これまで成長してはきましたが、今後の成長には海外展開が不可欠です。

── その中でシミックHDはどのような役割を果たしますか?

中村 当社は1992年、初めて医薬品開発支援事業に参入し、製薬会社と同じように開発できる仕組みを整えました。製薬会社は研究開発を外注すれば、固定費を浮かせることができます。その後、製薬会社からの製造受託や営業支援にもビジネスを広げ、薬の研究開発から製造、販売までを一貫してサポートできる体制を整えました。世界でもユニークなビジネスモデルです。

── その他の特徴は?

中村 製薬の世界では従来、日本で薬を開発して日本で出すのが主流でしたが、現在は世界同時に新薬を開発する「国際共同治験」というプロジェクトが増えています。当社もその流れに乗り、国際プロジェクトを動かすという、当時の日本の製薬会社がしていなかった経験を積んで実績を作ってきました。

── 国際共同治験について詳しく教えてください。

中村 日本にいながら海外のパートナーと共同でプロジェクトを動かすことは、国際的に展開する薬の品目がよほど多くないとできません。日本では大手メーカーでもやってこなかったことです。

 当社は、外資系製薬企業の仕事を引き受けるうちに、海外企業との英語会議や交渉の必要に迫られ、日本にいながら国際的なプロジェクトマネジメントの実績を積んできました。日本企業の海外でのビジネス展開や外資系企業の日本市場進出の際には、当社がその役割を担うことができます。

 顧客は、会社数でみれば国内企業と外資系が半々ぐらいですが、プロジェクト数では、ベンチャーを含め6割程度が外資系です。

 

 ◇ファブレス化に対応

 

── 今後のビジネスチャンスはどこにありますか。

中村 新薬の元となる新有効成分は、米国では製薬会社からのものが全体の3割程度で、大学の研究機関から出るものが3割以上を占めます。新薬が生まれにくくなっているなか、製薬会社は従来のビジネスモデルでは生き残れません。高品質な新薬を作って米国や日本市場に販売して成長してきましたが、今後は人口が多く、経済成長している新興国や途上国にも拡大しないといけない。その場合は圧倒的に安くていい薬をどう提供するかが重要です。

 コスト削減のため、最近はファブレス(製造設備を持たない)化が進んでいます。新薬は特許が切れたら販売数量が急減してしまうため、自社の生産設備で自社の薬だけを生産するのは難しくなり、生産設備の再編が必要になります。営業も同様で、新薬が出てすぐは多くの医薬情報担当者(MR)が必要ですが、一定期間が過ぎると必要なくなります。

 このような医薬品市場の変化にフレキシブルに対応するには、自社対応だけでは無理です。そこに当社の役割があります。つまり、当社は単純な製造・開発受託ではなく、製薬会社がビジネスモデルを変えていくときのソリューションプロバイダーの役目を担っています。

── 今後のビジネスの計画は。

中村 今は開発支援の売上高が46%、製造支援が29%、営業支援が13%程度ですが、5年後には開発支援と製造受託が3割ずつ、営業支援と知財・ヘルスケアがそれぞれ2割ずつにしたいと思っています。特にアジアに注力しており、開発拠点を設けているシンガポール、マレーシア、中国、台湾、韓国でビジネスを拡大する計画です。

 製造は日本の得意分野であり、今後も力を入れていきたいと思っています。当社で特徴的なのは軟膏クリームや座薬。実は全国の医科向けは当社がほぼすべて製造しています。市場が小さいし、製造原価も厳しいので製薬メーカーは扱いませんが、専業として作ると工場の稼働率が上がり、シェアも大きくなるので、ビジネスとして十分成り立ちます。

── 子会社で13年、担当者と医師による肥満治療薬の治験データ改ざんが発覚しました。

中村 従来は性善説に立ってきましたが、個人が起こす問題をどう管理するかが問われます。今後は性悪説に立って、会社が厳しく管理する仕組みを導入していきます。(Interviewer=横田恵美・本誌編集長、構成=秋本裕子・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 三共にいて、メバロチン(高脂血症治療薬)という世界的に有名な新薬の開発プロジェクトを任せてもらいました。あの頃の日本企業は、組織や地位に関係なく大事な仕事を任せてもらえる良さがありました。

Q 最近買ったもの

A 冬に備えスキー板を2本買いました。毎年新雪を滑るのが楽しみです。

Q 休日の過ごし方

A アートが好きで、趣味が高じて小淵沢(山梨県)に「中村キース・へリング美術館」を建てたので、休日に行くことが多いですね。

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 ■人物略歴

 ◇なかむら・かずお

 1969年京都大学薬学部卒、69年三共(現・第一三共)入社。92年に医薬品開発支援業務を日本で初めて開始し、シミック(現シミックHD)の代表取締役に就任。2008年金沢大学大学院自然科学研究科博士後期課程修了。67歳。