2014年

7月

29日

ワシントンDC 2014年7月29日号

 ◇恐怖と誤ったうわさで急増 中米からの児童不法入国

 

今村卓

(丸紅米国会社ワシントン事務所長)

 

 米オバマ政権が、つい最近まで予想もしなかった深刻な人道の危機に直面して苦慮している。メキシコ国境から家族の同伴なく不法入国し、身柄を拘束される中米諸国出身の子供が、ここ数カ月で急増しているのだ。

 ジョンソン国土安全保障長官の議会証言によれば、その数は2013年10月~14年6月末で5万7000人。見通しでは、9月末までの1年間で9万人に達するという。実に1年前の3・8倍である。問題は、単身で不法入国した子供の大部分がホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラの中米3カ国の出身であることだ。

 米国政府は「2008年人身取引被害者保護再授権法」の下で、子供たちが人身売買の被害者でないか審査することを義務付けられている。被害者でないと証明されるまでは保護し強制送還できないのだが、現在は収容施設が審査を待つ子供であふれる異常事態を引き起こしている。

 密入国する子供が増えた最大の理由は、中米3カ国での暴力と貧困の深刻さである。国連薬物犯罪事務所によれば、12年の人口10万人当たりの殺人発生率はホンジュラスが世界最悪で90件。他の2カ国もエルサルバドル41件(世界4位)、グアテマラ40件(同5位)と高い。しかも米国の税関国境取締局によれば、エルサルバドルとグアテマラから来る子供たちは、国内でも特に治安の悪い地域や貧しい地域の出身者が多い。

 

 ◇米国にできることには限界

 

 親たちは、子供だけで米国に行く危険を承知のうえで、「それでも母国にとどめておくよりもまし」と恐怖に駆られて送り出す。ただ、現実には米国政府から亡命や滞在を認められる子供は多くない。米国の審査基準上は、この3カ国の治安は親が恐怖を感じて子供を送り出すほど悪くないからだ。

 親が過度な恐怖にとらわれている原因として指摘されるのが、中米の犯罪組織や子供たちの密入国をあっせんする請負業者の存在だ。犯罪組織と結び付く請負業者は近年、中米でネットワークを拡充させ、親を脅して密入国を促している。

 一方、親の間には「いま子供を米国に送り込めば市民権が与えられる」といった誤ったうわさが、犯罪組織や請負業者によって流布しているようだ。オバマ政権が進めようとしている包括的な移民制度改革に、不法移民の市民権獲得に道を開く政策が含まれているのは事実。だが、その主な対象は幼い頃に親に連れて来られて米国で育った不法移民で、今から不法入国する子供に市民権が与えられる可能性はほぼない。

 オバマ大統領は7月8日、国境警備の強化、拘留施設の増設、送還手続きの迅速化に充てるためとして、37億ドルの緊急追加予算を議会に要求した。共和党は移民規制緩和への動きがこの事態を招いたと非難しているが、一定の支出は認める方向である。しかし、緊急予算案の効果は、不法入国の多少の抑制や滞留している不法入国者の審査を幾分か早めるなど限定的でしかない。

 逆に言えば、この緊急予算案が今の米国にできることの限界を示している。強制送還の要件緩和をしたくても、不法入国する子供の一定割合は亡命が認められるべきとの見方もある。民主党のリベラル派が反対する可能性も高い。民主党苦戦が予想される中間選挙を控えて、同党を割る展開はリスクが大きすぎる。

 オバマ政権は優先課題であった包括的な移民制度改革の実現を訴えるどころではなくなってしまった。歴史的な実績を残す機会を一つ遠ざけてしまったという意味でも、ダメージは大きいのかもしれない。