2014年

8月

19日

特集:資本主義をとことん考えよう 第1部 何が問題か 2014年8月12・19日合併号

 ◇ピケティ理論で知る資本主義の本質

 

吉松崇

(経済金融アナリスト)

 

 43歳のフランス人経済学者、トマ・ピケティ氏の新刊書の英語版『21世紀の資本論(Capital in the Twenty-First Century)』が、米国で大変なブームを巻き起こしている。ポール・クルーグマン・プリンストン大学教授のようなリベラル派から、ケネス・ロゴフ・ハーバード大学教授のような保守派まで有名経済学者がこぞって書評で取り上げ、「ピケティ現象」とでも呼べる様相を呈している。

 クルーグマン氏はこの本を「恐らくこの10年で最も影響力の大きい経済書になるだろう」と持ち上げた。『ニューヨーク・タイムズ』紙はピケティ氏の米国での販売促進ツアーを「まるでロックスターのような歓迎を受けている」と評して、この人の特集まで組んだ。

 同書は本文600ページ、脚注を含めて700ページの大著で、決して取っ付きやすい本ではない。にもかかわらずセンセーションを巻き起こしているのは、これが「貧富の格差」そのものに焦点を当てた本だからだ。

 2008年金融危機からの緩慢な景気回復過程で、米国の中間層の所得は伸びていない。一方、高額所得者の所得は着実に伸びている。いや、もう少し長く、例えば過去30~40年で見ても、中間層の所得が高額所得者の所得に比べて伸び悩んでいることは多くの人が指摘し、また皮膚感覚で感じていることである。

 ピケティの本がすごいのは、格差が拡大しているという事象を、過去100年以上の統計データを使って、これが一過性の現象ではなく長期にわたるトレンドで、「富と所得の格差の拡大それ自体が資本主義市場経済に内在する」ことを論証してみせたことにある。これはこれまでの経済学の常識を覆す衝撃的な主張である。だからこそ多くの経済学者や評論家がこの本を取り上げて大騒ぎになっているのだ。

 ピケティのこの主張に対して、保守派の一部からは政治的左翼の主張に過ぎないとの批判が起きているが、これは全くの的外れだ。この本は政治的プロパガンダの本ではない。経済統計データに基づく実証分析の本である。

 

 ◇二つの指標

 

 この本のメッセージはシンプルだ。要約すれば、

 ①先進国では、長期的・趨勢(すうせい)的に労働分配率が低下し、資本への分配率が上昇している

 ②資本の分配率上昇の恩恵をより大きく享受しているのは、中間層ではなく富裕層である

 という2点に絞られる。ピケティは、二つの指標でこの事実を立証した。ひとつは総資産/総所得比率、もうひとつは所得上位十分位(つまり、10%の高額所得者)の総所得に占める割合である。

 総資産/総所得比率から見ていこう。総資産とは、一国のある時点での使用総資本(土地、工場設備のような実物資産、海外への投資など)である。一方、総所得は国民純所得、すなわちNNI(GDP-減価償却+対外債権・債務が生む純利益・損失)である。したがって、総資産/総所得比率とは、国全体の資本の蓄積額と国民の所得額の比率を示す。

 ピケティによれば、この総資産/総所得比率は、第一次世界大戦前の西欧(イギリス、フランス、ドイツ)では600~700%だったが、二つの大戦を経て1950年には200~300%に低下し、戦後の復興期まで低位にあった。ところが、70年あたりから再び上昇し、2000年には500~600%と1910年のレベルに近づいている。なお、米国については、1910年のレベルは西欧よりは低いが、2000年のレベルは西欧より高い。

 この比率が時系列で上昇傾向にあるということは、資本の蓄積のスピードが総所得の上昇スピードより速い、つまり「資本の収益率(r)∨総所得の成長率(g)」ということである。ここで資本の収益率とは、土地や株式のような直接資本と債券や貸し出しのような間接資本の収益率の加重平均である。一方、総所得は資本が生む収益と労働所得の合計である。

 仮にr=gであれば、資本の蓄積スピードと総所得の伸び率が同じなので、総所得に占める資本所得の比率が一定となる。従って、総所得に占める労働の所得、つまり労働分配率も一定になる。実際、標準的・教科書的な経済成長論では、長期においてはr=gが成立する、と考えられてきた。なぜなら資本市場も労働市場も長期的には競争的な市場で、一方に有利な方向に偏ることは考えにくいからだ。

 この場合、総資本/総所得比率も長期においては一定の値に収まるはずである。すなわち、ピケティの主張するr∨gとはこの標準理論への挑戦であり、長期的・趨勢的に労働分配率が低下し労働者の窮乏化が起こる、という話だ。

 次に、もうひとつの指標、10%の高額所得者の総所得に占めるシェアを見てみよう。米国は1910年にこのシェアが40%だった。好景気のピークだった20年代後半には、これが50%にまで高まる。その後、大恐慌と第二次世界大戦を経て、50年には35%にまで低下し、70年代まで横ばいだったが、80年以降再びシェアが高まり、2000年代は45~50%と過去の最高値に近付いている。

 西欧(イギリス、フランス、ドイツ)の場合、1910年には米国以上にそのシェアが高かった(格差が大きかった)が、第一次世界大戦と共にシェアの低下が始まっている。戦争とともに累進税率を含む所得税が導入され、貧富の格差が縮小したからだ。

 また、第二次大戦後は政府が関与する所得再分配の程度が米国に比べてはるかに大きいので、米国ほどシェアが高くはない(格差が大きくない)。とはいえ、70年代以降、シェアが高まっている(格差が拡大している)という傾向は同じである。

 中間層に比べて高額所得者は、所得のうち資本収益の比率が高いと考えられるので、格差拡大の理由はr∨gにある、とピケティは考える。

 

 ◇クズネッツ・カーブへの挑戦

 

 さて、先に触れた標準的・教科書的な経済成長論の端緒を開いたのは米経済学者のサイモン・クズネッツ(1901~85年)である。国民所得計算の生みの親でもあるクズネッツは、米経済学会会長だった55年、先進国と発展途上国の経済成長と所得分布のパターンを分析して、「経済発展の初期には貧富の格差が拡大するが、発展段階が進むと格差が縮小する」と主張する論文を発表した。発展段階の初期においては労働生産性の低い農業所得と高い工業所得が混在するが、発展段階が進むと後者の比率が大きくなり、また後者は技術革新による生産性の上昇を享受するからだ。

 この、「発展段階の初期に格差が拡大して、その後格差が縮小する」というクズネッツの主張はクズネッツ・カーブと呼ばれる。ピケティ氏は、このクズネッツ・カーブについて「クズネッツは、1913~48年の米国のデータに基づいて推論を行ったので、こういう主張になったのであり、観測期間をさらに長く取ると私の主張になる。私の手法とクズネッツの手法は本質的に変わらない」と述べている。

 第一次大戦前から第二次大戦後という期間を取ると、米国でも西欧(イギリス、フランス、ドイツ)でも貧富の格差が縮小しているのは、前述の二つの指標から明らかだ。クズネッツはこの現象を経済発展がもたらす自然な姿であると捉えたが、ピケティは「この期間に起きた現象が特殊なのであり、19世紀半ばから1910年まで、そして1970年から現在にいたる期間に見られる現象、つまり、富と所得の格差の拡大が資本主義・市場経済における経済発展の自然な姿である」と考える。

 格差が縮小した期間に起きたことは、言うまでもなく、二つの世界大戦である。ピケティによれば、戦争が幾つかの回路で貧富の格差を是正した。第一に、戦争による物理的破壊で資本が毀損(きそん)され収益額を引き下げた。第二に、民間資本が国債購入という形で戦費調達に利用されたが、国債は戦後のインフレで毀損された。そして、累進税率を持つ所得税の導入である。

 

 ◇資産課税を提言

 

 r∨gが趨勢的なトレンドである限り、富と所得の格差の拡大は避けがたい。ピケティの予測する21世紀の資本主義像は、現代の福祉社会型の西欧資本主義ではなく、19世紀型の資本主義だ。資本の蓄積は経済成長を越えて更に進み、その時、所得の格差を決定づけるのは、個々人の能力ではなく、個々人が初期条件として有する資本、つまり相続で得た富である。「21世紀には、個々人がどのような知識を身に着け、どのような職業に就くかではなく、誰の子供に生まれるか、誰と結婚するかが所得を決定する」。

 このような社会では、人々は資本主義・市場経済を政治的に支える大前提である「機会の平等とメリトクラシー(能力主義)に対する信頼」を失う、とピケティは考える。これを克服するには、所得税の累進税率の引き上げと再分配の強化だけでは十分ではなく、資産に対する累進課税が必要である、というのがピケティの政策提言である。例えば、純資産100万ユーロ(約1億3000万円)以下は非課税、100万~500万ユーロには年率1%、500万ユーロ以上には年率2%、というように。

 だが、資産に対する課税は簡単ではない。所得ではなく財産に課税することの政治的なハードルの高さに加え、そもそも資産をどう評価するのかという技術的な問題があり、また、租税回避地(タックスヘイブン)の問題もある。これは、ピケティのこの本の中で最も論争を呼ぶテーマである。

 米国でピケティ・ブームが起きているのは、一つには、1970年代以降に生じている中間層と富裕層の所得格差の拡大という明白な事実を、アカデミズムがきちんと説明できていなかったからだろう。標準的・教科書的な経済成長論の生みの親とも言えるロバート・ソロー・マサチューセッツ工科大学名誉教授が「格差拡大についての断片的な説明はこれまで幾つもあったが、この問題を包括的・理論的に説明したのはピケティが初めてである」と、この本を書評で絶賛しているのは象徴的である。

 また、政治的には、リベラル派と目されたオバマ政権が、人々の期待に応えているとは到底言えないという状況があるだろう。2008年の金融危機とほぼ同時に成立したオバマ政権が、危機の根源である金融機関規制問題にほとんど手を打てていない。さすがに5年もたてば、金融緩和で景気は回復しているものの、貧富の格差は拡大している。

 リベラル派の論客クルーグマン氏が、「今米国は、セオドア・ルーズベルト大統領(共和党)のような大資本と戦う政治家を必要としている」と述べているのは興味深い。リベラル派にとって、ピケティ氏はようやく手に入れた理論武装なのかもしれない。

 

 ◇仏ではブームにならず

 

 米国でこれほどのブームとなっているピケティ氏だが、本家のフランスでは大きな話題になっていないという。これにはいくつかの理由が考えられる。第一に、西欧では米国に比べて政府による所得再分配への関与がはるかに大きいので、現に顕在化している所得格差は米国ほど大きくはないだろう。第二に、社会主義政党の支持基盤が伝統的に強いフランスでは「格差の拡大が資本主義市場経済に内在している」というピケティ氏のメッセージが、米国とは異なり、そもそも衝撃ではないのかもしれない。

 だが、おそらく最大の要因は、ユーロ圏の経済状態にあるのだろう。フランスの失業率は10%を超えて横ばいであり、改善の兆しはない。米国や日本とは異なり、そもそも経済が08年の金融危機と10年のユーロ危機からほとんど回復していないのだ。

 このような状態では、差し当たりの問題は所得格差ではなく職の確保である。12年に雇用の拡大を約束して当選したオランド大統領も有効な手は打てていない。だから、5月の欧州議会選挙では反EU政党が票を伸ばした。つまり、今はピケティ氏のメッセージが人々をひきつける状況ではない、ということだろう。

 さて、日本はどうだろうか? 日本の貧富の格差は、今のところは米国に比べればはるかに小さいだろうが、今後どうなるかは分からない。ピケティ氏はトレンドとしての貧富の格差拡大は、日本も含め先進国共通だという。それに所得再分配への政府の関与の程度は、日本は西欧に比べれば小さく、どちらかと言えば米国に近い。この本の邦訳出版は今年12月に予定されている。日本でどのように受け止められるか楽しみである。いずれにせよ、格差問題を語るのに、これほどの話題となったピケティ氏を無視するわけにはいかないだろう。