2014年

9月

09日

特集:暗雲 韓国 2014年9月9日号

 ◇深刻化する内需の不振 「日本型デフレ」回避に躍起

 

桐山友一

(編集部)

 

「IMFのころと同じくらいかもしれない」──。

 韓国南部・梁山(ヤンサン)市の工業団地。自動車・造船向け設備メーカー「白山(ベクサン)ハイテック」の林采錫(イムチェソク)社長が顔を曇らせる。韓国で「IMF」と言えば、1997年のアジア通貨危機によって、国際通貨基金(IMF)の支援を受けた混乱期を指す表現。韓国で体感する景気は今、それほど大きく落ち込んでいる。

 2000年代の韓国経済を牽引(けんいん)してきた代表的な業種、自動車や造船。その一翼を担ってきた白山ハイテックは03年に設立後、順調に業績を伸ばしてきた。昨年には現在の工業団地に工場を拡張移転し、42億ウォン(約4億3000万円)を売り上げた。今年1~6月の売上高はすでに41億ウォンだが、前年に工場移転中の減収分があったことを考えると、「今年はそれほど良くない。それは、国内向けが伸びていないからだ」(林社長)。一方で売り上げの伸びを支えているのは、約3割を占めるようになった海外向けだが、その海外向けも足元で進むウォン高によって利益を出すのが難しくなっている状況だ。

 

 ◇セウォル号事故で拍車

 

 韓国銀行(中央銀行)は今年7月、韓国の14年の成長率見通しを、これまでの4%から3・8%に引き下げた。その大きな理由の一つが、今年4月の客船セウォル号沈没事故によって、民間消費が大きく冷え込んだことだ。ただ、韓国の民間消費はここ数年、すでに弱含みの傾向を示していた。今年1~6月の韓国の成長率3・7%のうち、民間消費の寄与度は1・0ポイント。3ポイント前後の寄与度が続いた00年代と比べれば、民間消費の勢いは鈍っている。

「韓国の民間消費は構造問題を抱えている。セウォル号事故で韓国の景気はさらに悪化したが、痛いところを殴られたような状態だ」。そう指摘するのは、現代自動車グループのシンクタンク「現代経済研究院」の李埈協(イジュンヒョプ)・経済動向分析室長。その理由として、①家計債務の増大、②住居への不安、③雇用不安、④老後への不安──を挙げ、「家計の所得も伸び悩んでおり、これらの不安から、お金を稼いでも使うことができない状況だ」と話す。

 特に、家計債務の増大は深刻だ。韓国銀行によると、その残高は13年、初めて1000兆ウォンを突破。国内総生産(GDP)比でも71・5%に達した。住宅ローンの増加に加え、自営業者の借り入れの増加や、中・低所得者層の生活費補填(ほてん)のための借金が要因だ。所得が伸び悩む中で、借り入れの返済に手いっぱいとなり、日々の消費の節約に励む韓国の消費者像が浮かび上がる。その一方で、住宅価格は高止まりが続いている。価格の伸びはここ最近、鈍化はしているものの、00年と比べれば8割超も高い水準だ。

 

 ◇韓国銀行が利下げ

 

 雇用不安も暗い影を投げかける。韓国の13年の失業率は3・1%と、先進国が加盟する経済協力開発機構(OECD)の中でも低水準にある。しかし、韓国経済に詳しいJETRO海外調査部の百本和弘主査は「韓国では、自営業者など『非賃金労働者』が就業者数の3割と高い水準で、失業率の算出には非賃金労働者は反映されていない」。また、大卒者の就職難も社会問題化するほか、給付水準の低い公的年金制度が老後への不安をかき立てる。

 設備投資を含めた韓国内需の低迷は、物価の伸びの鈍化に表れている。韓国の消費者物価指数は12年11月以降、前年同月比で2%を下回る状況が続き、韓銀が物価安定目標とする2・5~3・5%に届かない。7月に就任した崔炅煥(チェギョンファン)経済副首相兼企画財政相は「低物価、低成長という日本の『失われた20年』の初期に似ている」と危機感を募らせ、総額40・7兆ウォンの経済対策を発表。その主眼を内需拡大に置き、不動産取得の際の借り入れ規制緩和なども盛り込んだ。

 韓銀も8月、1年3カ月ぶりに0・25ポイント利下げし、09~10年の過去最低水準(2%)に迫る2・25%とするなど、政策を総動員して「日本型デフレ」の回避に走る。しかし、亜細亜大学アジア研究所の奥田聡教授(韓国経済)は「韓国経済の構造改革にはほど遠く、その間に苦境に陥った家計債務がさらに膨らむリスクすらある」と懸念を示す。「漢江(ハンガン)の奇跡」と呼ばれた高成長期も今は昔。00年代に続いた5%前後の中成長期も終わりを告げ、韓国経済は低成長期へと突入したように見える。

 

 ◇広がる「脱財閥」

 

「もう財閥には頼っていない」。韓国南部・釜山(プサン)市郊外に本社を置く、半導体部品メーカー「李盧(リノ)工業」の李彩允(イチェユン)社長が強調する。「財閥との取引ではコスト削減ばかり要求され、企業の未来がない。そのため、10年前から独自に自社で海外販路を開拓してきた」。李盧工業の今年1~6月の売上高は491億ウォンと過去最高を更新。その原動力となったのが、6割超を占める輸出だ。海外の取引先も、米通信技術大手クアルコムなど多岐にわたる。

 取引条件の厳しい大企業に依存せず、自立を目指す動きが韓国の中小企業にじわりと広がっている。前出の白山ハイテックの輸出が伸びたのも、日本の自動車・半導体設備メーカー、平田機工と11年に取引を開始したことがきっかけだ。林社長は「将来は、現代自動車だけでなく、米ゼネラル・モーターズやトヨタ自動車などとも直接取引できるようにしたい」と夢を描く。

 その一方、韓国経済でも突出した存在のサムスン電子、現代自動車は今年4~6月期、大幅な営業減益に直面した。

 

 ◇日本経済にも影響大

 

 液晶テレビや自動車など、世界各地で日本と激しい争いを繰り広げてきた韓国企業。だが、韓国企業の失速は、必ずしも日本にプラスに働くとは限らない。韓国企業の実情に詳しい藤田東アジア研究所の藤田徹代表は「最終製品では競い合っていても、例えばスマートフォンのカメラなど、韓国企業は部品や工場の生産設備などを相当程度、日本に依存している」と話す。実際、韓国貿易協会のデータによれば、韓国への日本からの輸入品目(13年)のうち、金額ベースでもっとも多いのが全体の8・5%を占める半導体。さらに、鉄鋼板(6・1%)、プラスチック製品(5・4%)などと続く。

 日韓の経済関係は、言い換えれば韓国企業の失速によって、日本企業も影響を受ける重層的な関係だ。韓国にかかる暗雲は、いずれ日本にも覆いかぶさってきかねない。