2014年

9月

16日

特集:円安インフレが来る 第1部 不都合な現実 2014年9月16日特大号

 ◇円安、増税、減収 三重苦インフレの始まり

 

濱條元保/小林多美子

(編集部)

 

 2004年に都内にマンションを購入したAさん(46)は、10年目の修繕通知を見て目を疑った。見積金額として提示されていたのは、マンション購入時の3割増しになっていたからだ。

 すぐに業者に問いただすと、「このところの建設資材や人件費の高騰が原因」という。さらに驚いたのは、「全入居者が合意しても、修繕業者の人手が足りず、工事着手は早くても年明け」という説明だった。

 マンション業界に詳しいアイビー総研の関大介代表によると、入居時からの積み立てだけで修繕費を賄えないトラブルは多発しているという。「そもそもは販売業者が、購入しやすいように修繕積立金を過少に提示することが問題。そこに最近の資材の高騰と人手不足、消費増税が重なり、修繕工事に着手できないマンションは少なくない」(関氏)。

 

 ◇人工インフレ

 

 20年近く日本経済を覆っていたデフレから、じわじわとインフレへの転換が始まっている。

 消費者物価指数(生鮮食品を除く総合、コアCPI)は、脱デフレを目指す安倍晋三政権が発足した12年12月の前年同月比マイナス0・2%から最新の7月には3・3%にまで上昇した。

 では、急激に物価を押し上げている要因は何か。

 4~6月期に3・3%だったコアCPIを要因分解すると、消費増税分だけで2・4%上昇させている。次に影響が大きいのが、円安による輸入物価の上昇分の0・6%だ。つまり、消費増税と円安がコアCPIを押し上げている。

 原油が1バレル=150ドル近くまで上昇し、エネルギー価格そのものの高騰が、物価全体を急上昇させた08年と今回は違い、日銀の異次元緩和による円安と政府による消費増税が牽引(けんいん)する「人工インフレ」だ。

 特に、円安に伴う物価上昇の影響は、日銀が異次元緩和に踏み切った昨年4月以降、大きくなり、消費増税前から個人消費にボディーブローのように効いていたとみるエコノミストが少なくない。

 円安による原油価格の上昇はガソリンや電気料金の値上がりとなり、足元では輸入食材を中心に食料品の値上がりも目立ちはじめた。4月の消費増税がこれに追い打ちをかけ、家計は節約志向に転じている。家計の実質支出は4月から7月まで4カ月連続で前月を下回った。

 特に7月の実質支出は、前月比横ばい(マイナス3・0%)の事前予想に反して、マイナス5・9%と悪化した。消費増税の駆け込み需要となった家電を含む「家具・家事用品」の前年同月比マイナス14・6%を筆頭に、国内・海外旅行費などの「教養娯楽」がマイナス9・6%と大きく落ち込んだ。

 

 ◇中小企業の悲鳴

 

 背景にあるのは、実収入の減少だ。勤労者世帯(2人以上)の物価上昇の影響を加味した実収入は、昨年10月から7月まで10カ月連続で前年を下回り、7月に至ってはマイナス6・2%に達した。物価の上昇に収入が、全く追いついていないのである。

 電気代や原油価格の上昇は中小・零細企業を直撃している。

 新潟市のある食品加工会社の社長(47)は、「電気代と重油代の値上がりだけで、年間の生産コストは2割ほど増えている」と厳しい表情で語る。

「生産効率の高い機械に切り替えたり、これまで産業廃棄物として捨てていた材料を農場の肥料や家畜のエサにするリサイクル業者に買い取ってもらっているが、増えたコストの半分にもならない」とこぼす。

 その一方で、商品の卸先である製麺会社やパンメーカーに100%の価格転嫁ができず、結局、増えたコストは自社が泣くしかないのが現状だ。

 この社長は、現状打破の対策としては円高を望む。円安が日本企業のメリットとは限らない現実が、ここにある。

 仕入れコスト増の価格転嫁が進まないのは、ガソリンスタンドも同じだ。「原油高の高騰を販売単価に反映できるスタンドは、数えるほどだろう」と、甲信越地域のガソリンスタンド経営者は嘆く。

 幹線道路沿いにあるこのスタンドの周辺には、大手だけで五つもある。客から「あそこはいくらだった」と、常に比較されてしまう。

 現在レギュラーガソリンは1リットル=159円。全国平均は167・8円(9月1日時点)で、諸経費を考慮すると「165円にしたいが競争上できない」。そんな体力勝負の結果、今年は昨年に比べて赤字幅は1割増えた。地元スーパーへの設備納入ビジネスも展開するが、スタンドのさらなる収入減を見込み、年末までに新しい事業を始めるという。

 

 ◇円安のデメリット

 

 春以降、1ドル=102円前後で膠(こう)着(ちゃく)状態だったドル・円相場が、8月末から円安方向に動き出した。9月2日には一時、8カ月ぶりに105円台をつけた。

 背景にあるのは、米国の利上げ観測の台頭だ。

 米連邦準備制度理事会(FRB)が10月に量的金融緩和を終了させることが市場関係者の既定路線となり、関心は利上げ時期に移っている。雇用統計が予想以上の改善をみせ、インフレ率が上昇してくれば、早期利上げ→ドル金利上昇→ドル高・円安という連想が為替市場に広まる。

 日本国内でも、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の運用見直しによって、外債投資のウエート上昇→円売り・外貨買いの円安を想起させる。14年上半期に過去最大の7・5兆円の貿易赤字も円安要因として働く。

 しかし、円安になっても自動車や機械などの輸出数量は伸びず、生産拠点を海外に移した製造業の国内設備投資も一向に盛り上がらない。

「円安は株高や輸出企業の収益改善を通じて、個人消費を押し上げる効果がある」(銀行系エコノミスト)というが、日本の製造業の雇用はピークの1600万人(1992年)から1000万人にまで減少している。

 実質賃金が上がらないなか、円安は灯油やガソリン、食料品、スマートフォンはじめ輸入電機製品に至るまで、消費者の購入価格を押し上げる。円安→輸出増→株高→消費増→景気好転という循環は、円安デメリットの方が大きい中小企業や庶民の認識とかけ離れている。