2014年

9月

23日

特集:エアライン戦国時代 2014年9月23日号

 ◇動き出した羽田・成田空港強化 「アジアNo.1」奪回へ

 

杉浦一機

(航空アナリスト)

 

 日本の空が大きく変貌する。地盤沈下を続けてきた日本の航空だが、東京五輪を契機に首都圏(羽田・成田)空港の機能を強化し、空港民営化で関西空港など主要空港の経営が民間に移され、国際競争力回復への攻勢が始まる。空港の再生は航空会社の活性化につながる。2020年代の首都圏空港は、「アジアナンバーワン」の地位奪回を目指す。

 ◇“タブー”に切り込む

 

 8月26日、国土交通省の「首都圏空港機能強化の具体化に向けた協議会」の初会合が開催された。先に「首都圏空港機能強化技術検討小委員会」がまとめた提言を具体化するための協議会だ。関係自治体や航空会社などの委員が協議するが、選択肢には、羽田・成田両空港の新滑走路建設や、「東京都心上空飛行の解禁」案など、これまでタブー扱いされてきた野心的なテーマが含まれる。

 国交省が本格的に首都圏空港の機能強化に乗り出したのは、国の掲げる「成長戦略」との関連で、「日本経済の発展のために、①産業・都市の国際競争力の強化、②訪日外国人の増加、③日本全国の地域活性化に成長著しいアジアなどの成長力を取り込む」ことを実現するためだ。首都圏空港は国内最大のハブ空港(拠点空港)であり、海外の成長力を国内各地に波及させる効果が大きいと判断しているが、同時に「東アジアのハブ空港」の地位を奪回する狙いもある。

 日本の「失われた20年」の間に、世界は自由競争を促進する「オープンスカイ(空の開放)政策」を導入し、航空も空港も利用者の利便性が向上、航空輸送量も空港利用者も格段に増えた。しかし、規制を守り続けた日本は外壁に守られ、競争が内向きに終始した。空港では旧来体制が続き、成田は羽田の国際化を阻止したために首都圏の利用者は成田への長いアクセスを強いられ、LCC(格安航空会社)の参入は阻まれ、国際線を運航する2社は互いのたたき合いに明け暮れた。

 その結果、日本の地盤は大きく沈下した。ピーク時には世界で2位を占めていた航空旅客輸送量、首位だった国際線輸送量(1983~84年の日本航空〈JAL〉)、アジアで断トツのハブ空港の地位は、はるか昔に遠ざかってしまった。

 12年の国別定期便旅客輸送量は8位(国際民間航空機関:ICAO)、空港の乗降客数では羽田が4位、成田が42位。13年の航空会社の旅客輸送量では全日空(ANA)が19位、JALが25位だ。国際線が2社体制になっても、日本発着旅客数のシェアは4分の1(81年は1社で4割弱)にまで下がっている。一方、利用者の利便性は向上せず、オープンスカイの進んだ海外主要国でのような「革新」が起きなかったのである。

 その反省に立って、8月21日にまとめられた「交通政策基本計画」では、2020年までの数値目標として、①首都圏空港の国際旅客便の就航都市数をアジア空港並みに引き上げる、②年間74・7万回の首都圏空港の発着枠を最大7・9万回拡大する、③LCCの比率を、国際線で現行の7%から17%に、国内線で6%から14%に増やす、④国際空港における入国審査の待ち時間を現行の最長27分から20分以下に引き下げる、などとしている。特に、就航都市の拡大は簡単ではないが、後述するソウル・仁川空港の成功例がヒントになるように、空港容量と乗り継ぎ客の拡大が不可欠だ。

 

 ◇都心上空の活用も

 

 技術検討小委員会は、現行(14年度末)で約75万回(羽田は満杯の44・7万回。うち国際線は9万回、成田は国内線を含めて30万回)の首都圏空港の年間発着容量を、将来的に108万回に拡充することと、そのための方策を提言した。2020年の東京五輪までに、羽田で滑走路処理能力の再検証や飛行ルートを見直し、成田では管制機能の高度化や高速離脱誘導路の整備で、それぞれ約4万回の上積みを想定。五輪後には両空港に新滑走路を整備し、羽田で58万回、成田で50万回の発着枠を確保するとしている。

 108万回に拡充できれば、国際線で現行のシンガポール(チャンギ国際で31万回)、ソウル(仁川と金浦で37万回)、北京(北京首都と南苑で55万回)、上海(浦東と虹橋で57万回)を上回り、ロンドン(ヒースロー、ガドウィックなどで110万回)、ニューヨーク(JFK、ニューアークなどで118万回)など世界の大都市に並んで、東京の都市競争力は大幅に向上する。

 最大の注目点は、これまで原則認められていない「東京都心上空6000フィート(約1800メートル)以下での飛行」を解禁し、新たに離着陸用の飛行ルートを設定すること。東京五輪までに間に合う対策は他に見つからないだけに国交省は本気だが、ルート下にあたる住民、自治体の了解を取り付けるのは容易ではない。

 羽田には現在、4本の滑走路があり、一部(朝のラッシュ時に低騒音の小型機に限って9便の離陸機が大田区上空の飛行を認められているが、制限が多く、ほとんど使用されていない)を除いて、すべて東京湾上空で高度を調整するため、現行では、離着陸機は千葉県上空に集中する。

 ちなみに、羽田の発着枠は滑走路4本で年間44・7万回(深夜早朝を除く)だが、ロンドンのヒースロー空港は2本で43万回を処理している。管制業務の民営化で効率重視の運用など状況の違いはあるが、飛行空域の自由度が決定的な差だ。

 解禁で都民への騒音被害が多くなるのは南風時の運用案で、中野・渋谷区上空など都心上空を横切る形で、横風用B・D滑走路への着陸が予定されている。国交省は、増便による経済効果は年間3500億円が見込まれ、運用も午後3~7時の小型機に限定すると説明するが、すでに大田・品川区長などは反対の意思を表示している。

 20年以降には、両空港に滑走路の増設を行う。羽田では、海沿いC滑走路に並行し、滑走路の間隔を760メートル程度とする案(建設費は、6200億~9700億円程度。工事期間は10~15年程度)など5案が提案されている。

 成田には、後から建設したB滑走路の東側に、並行する2700メートルの新C滑走路を建設し、B滑走路を北側に1000メートル延伸して3500メートルにする。工事費(用地取得、滑走路及び誘導路の建設費)は1000億~1200億円、B滑走路の1000メートル延長に200億~400億円、建設期間は用地取得、アセスメント調査終了後から3~4年と見積もられている。

 

 ◇凋落した首都圏の地位

 

 首都圏の国際線旅客数は、07年に首都圏2空港(成田+羽田)が、香港4631万人に次ぐ2位(3607万人)だったが、12年には、シンガポール・チャンギ(4991万人)、バンコク(3936万人)、ソウル・仁川(3835万人)にも抜かれ、5位(3754万人)になってしまった。ちなみに、この5年間の平均増加率は、香港3・7%、チャンギ7・2%、バンコクと仁川4・5%に対し、東京は0・8%に過ぎない(国交省「国際航空に係わる環境の変化等について」〈14年3月17日〉)。

 首都圏空港の弱点は、ネットワークの脆弱(ぜいじゃく)さだ。東京(首都圏2空港)の国際線就航都市数は88都市だが、ロンドン351、パリ・フランクフルト各255、ドバイ201、ソウル143、香港138、シンガポール134、ニューヨーク132都市にはるかに及ばない。

 特に近年では、ソウル・仁川空港が乗降客を大きく伸ばし、成田を追い越した。02年の旅客数は、成田(3118万人)の66%の2055万人だったが、10年には逆転し、12年では成田(2956万人)を879万人も上回っている。仁川で目立つのは乗り継ぎ客の多さで、成田210万人の1・5倍にあたる320万人が利用した。しかも、成田はピーク時間帯の発着枠が満杯だが、仁川は余裕が十分あり、乗り継ぎのハブ機能を十分に発揮できる。

 以前は絶対的優位に立っていた北米―アジア間の旅客数でも、成田は04年の660万人から12年に506万人へと減少させたが、仁川は262万人から387万人へと大幅に増加した。アジア―欧州間でも成田は43万人から10万人に減ったが、仁川は48万人が88万人に倍増した。

 さらに自国キャリアのシェアが高いのも特徴だ。就航便数におけるシェアは全体で64%(成田32%)だが、オセアニア線で94%(同12%)、北米線で71%(同34%)、欧州線で63%(同30%)、アジア線で62%(同35%)、その他65%(同12%)と、成田での日本企業をはるかに上回っている。

 つまり、自国を経由する3国間輸送を活発に取り込むことによって、自国の空港も、航空会社も利用者を増やし、就航都市を増やす効果に結びついているのだ。だが、これは偶然の結果ではなく、国家戦略の違いからもたらされたものだ。

 海運の世界で日本からハブ港を奪った経験から、空運でもハブ空港の獲得に乗り出したのである。80年代後半に、日韓の首都圏では空港容量に限界が叫ばれた。日本では首都圏第3空港の候補地選びが始まり、韓国は新空港の建設を大統領直轄の国家プロジェクトにして、建設部(日本の省)と交通部を統合し、新空港建設促進法まで制定して取り組んだ。その結果、01年に成田の4・5倍(5本の滑走路を建設可能)の敷地をもつ仁川空港が完成したが、日本の首都圏では30年が経過しても候補地さえ選定できない状況にある。

 韓国は新空港の巨大な能力を活用するために、「オープンスカイ政策」を導入し、国際線を積極的に誘致するとともに、乗り継ぎ客の拡大に力を入れている。入国審査の待ち時間の短縮に注力しているほか、乗り継ぎ客用施設を充実させ、国が運営するトランジット・プログラムを利用する場合にはビザなし入国を認めるなど、要件緩和で乗り継ぎ客が10年の519万人(乗降客の15・7%)から13年には771万人(18・7%)に拡大した。

 

 ◇空港アクセス整備へ始動

 

 空港アクセスにも力を入れ、都心部の地下鉄から直通列車を走らせ、ソウル駅など街中で航空機の搭乗・出国手続きができる「インタウン・チェックイン」も導入済み。これらの努力が利用者から高い評価を受け、仁川は05年から9年連続「世界のベスト空港」(世界空港協議会主催)を受賞、今年春には英国のリサーチ会社スカイトラックス社の「世界最高乗り継ぎ空港」にも選定された。

 今回の首都圏空港機能強化策では、空港アクセスの改善策も盛り込まれている。国交省は、京成線押上から東京駅を経由して京急線泉岳寺までの11キロに新線を建設し、成田空港までを36分で結ぶ「都心直結線」構想を詰めてきたが、ここにきてJR東日本が品川区の貨物ターミナルから「羽田空港アクセス線」を建設し、新宿・東京・新木場からの直通列車を運転する構想を発表した。また、東京モノレールも浜松町から東京駅まで延伸する計画を明らかにした。

 空港の国際競争力が増せば、日本の航空会社にもプラスになるが、楽観的な見通しは立てられない。アジア、米国、欧州キャリアとの競争が激しくなるばかりか、近年勢いを増しているのが中東キャリアだ。豊富な資金を使って、大量の新鋭機や設備を整えるとともに、アジア─欧州/中南米間の輸送に割り込んでいるが、アジア─米国間に参入してくるのも時間の問題だ。

 遅まきながら日本も「オープンスカイ政策」に本腰を入れ始めた。目指す空港改革のハードルは高いが、「首都圏空港機能強化」は日本が航空の国際競争力を取り戻す最後のチャンスである。