2014年

10月

21日

特集:止まらない円安 2014年10月21日号

 ◇円急落の真犯人は誰か
 ◇米国の出口戦略を後押しした日米欧の為替“密約説”

濱條元保
(編集部)

 米ワイオミング州ジャクソンホールで8月21~23日に開かれた経済シンポジウムが、今回の円安・ドル高の起点となった──。
 メガバンクの為替ディーラーはそう推測する。
「日米欧の中央銀行総裁はじめ金融当局幹部が一堂に会したジャクソンホール会議で、『米国は10月に量的緩和を終了。来年半ば以降に利上げ』を確認した。同時に、米国がドル高を受け入れる代わりに、日欧に対しては引き続き緩和的な金融政策の継続要請があり、日欧はこれを受け入れた」

 同為替ディーラーは、会議の直後にジャクソンホール会議における金融当局者のやりとりの情報がヘッジファンド幹部から入ったことを明かす。内外の金融関係者の間で、日米欧による「ドル高」の密約説が広がった。

 ◇奇妙な均衡

 年初から1ドル=102円を挟む狭いレンジにあった円・ドル相場は、8月20日前後から急速に円安・ドル高方向に動き出した。9月1日には104円まで円安が進んだ。3日、元財務官の渡辺博史国際協力銀行総裁が、急展開する円安にけん制を入れた。「かなりの産業でこれ以上の円安は、損益にマイナスのところが増えてくる」。
 渡辺発言に敏感に反応したのは、ヘッジファンドだった。
 実はヘッジファンドは、8月中旬まで、それまでの円ショートポジション(円売り持ち高)を解消する取引を断続的に行っていた。
 一方で年金はじめ国内投資家は7月、8月の2カ月間に外国株と外国債券を合計3・6兆円買い越しており、ドル買い・円売り要因となっていた。さらに7、8月の2カ月間の貿易赤字が1・7兆円と国内要因だけで大きな円売り(円安)圧力があった。
 この円安圧力をヘッジファンドの円売りポジションの解消(円買い)取引が吸収する格好で、円・ドル相場が見かけ上、均衡していたのである。
 ところが8月20日以降、日米欧の金融当局によるドル高容認の「密約説」が流れると、ヘッジファンドは一転して円ショート(円売り)に乗り出した。ただ、104円台後半まで円安・ドル高が進んだ9月3日時点では、まだ「ジャクソンホールの密約説」に確証はなかったという。
「日本政府や日銀は、これ以上の円安を容認しないのではないか」。こんな問い合わせが、ヘッジファンドから外資系証券の為替担当者に集中した。「政府・日銀が急激な円安の防衛に回るのではないか」と、さらなる円売りにちゅうちょしていた。
 そんなヘッジファンドの迷いを振り払ったのは、ほかならぬ日銀の黒田東彦総裁だった。

 ◇黒田総裁は円安容認

「今の水準から円安になることが、日本経済にとって何か非常に好ましくないとは思わない」
 9月4日の記者会見で、黒田総裁はこう言い切った。
「政府・日銀は円安容認だ」──。黒田発言でヘッジファンドの円売りにはずみがついた。9月11日には107円台に突入した。
 一方で、米国からは“正式”にドル高容認が宣言された。9月17日、米国のルー財務長官が講演で「強いドルは米国の利益」と発言したのだ。
 これが市場に伝わると、ドル高・円安の流れはさらに加速。1ドル=108円台まで一気に円安が進んだ。9月20~21日に開催された主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議は、為替に関してはほとんど話題にのぼらないまま閉幕。「主要国と新興国ともに、ドル高を容認している」。内外の投資家はこうした認識で一致した。
 ある国際金融筋は、ドル高容認の背景をこう推察する。
「2008年のリーマン・ショックから6年。日米欧の主要国がそろって異例の金融緩和を継続してきたが、日米欧が力強い経済成長力を取り戻したとは決して言えない。そんな状況下で、世界経済に混乱を引き起こさずに米国が成功裏に金融緩和から抜け出せるのか、米国にも自信がない。だからこそ日欧に対して、金融緩和の継続を求めたのだろう。そのためには、米国はドル独歩高を受け入れる覚悟をしたということではないか」
 つまり、米国の「出口戦略」をより確実でスムーズなものとするために、日本と欧州が通貨安を引き受けたということなのだ。
 これらを裏付けるように今回、為替レートが急速に動いた要因は、円安というよりドル高の要素が大きい。ドルは円に対してだけでなく、ユーロや英ポンド、カナダ・ドルなど主要通貨すべてに対して高くなっている。その動きに比べると円安の要素は相対的に小さい。
 ただ、欧州はドイツが4~6月のGDP成長率が前期比0・2%減とマイナス成長に陥り、ECB(欧州中央銀行)は今後ユーロ圏の国債を購入して資金を供給する量的緩和を模索するなど、通貨安によるデフレ回避、経済にプラスに働く可能性が高い。その一方で、日本にとってはこれからの円安が経済にプラスかどうかはわからない。
 では、ドル高・円安はいつまで続くのか。

 ◇トリプル安の恐怖

 日米金利差は今後、拡大する方向にあり、また、経常黒字は急減しており、貿易収支に至っては赤字が拡大していることから、これらは円安要因となる。
 JPモルガン・チェース銀行の佐々木融債券為替調査部長によれば、日本の国内企業物価指数の前年比が、米国の生産者物価指数前年比を4%上回り続けると(07年6月と同じ購買力平価の水準であれば)、17年末までに1ドル=125円まで円安が進むと試算する。
 しかし、円安とインフレがスパイラル的に続けば、それは「止まらない円安」、つまり「悪い円安」となるリスクをはらむ。円安に歯止めがかからなくなれば、インフレが加速して金利も上昇。市場では債券売り(金利高)となるだろう。
 さらに金利高は、低金利に慣れてきた企業にはマイナスとなる。企業業績や景気に貢献しない「悪い円安」であるならば、株も売られるだろう。つまり「円・株・債券」の三つが同時に安い「トリプル安」という最悪の事態を招きかねないのだ。