2015年

1月

06日

特集:世界経済2015 第1部・米国1強の危うさ 2014年12月30日・2015年1月6日合併号

 ◇逆オイルショックの衝撃 忍び寄る世界バブルの足音

濱條元保
(編集部)

「過去に起きた原油急落のリスクをすべて洗い出せ!」──。国際指標のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油が1バレル=60ドルを割った12月中旬、大手行の調査部門に厳命が飛んだ。
 内外の調査部員が2日がかりでまとめた資料には、1980年代半ばに原油が急落する「逆オイルショック」、97年のアジア通貨危機、98年のロシアのデフォルト(債務不履行)といった過去の経済危機に関する原因分析や実体経済への波及経路が詳述されていた。

 調査員の一人は「今回は、2015年半ばに予想されている米国の利上げが危機の引き金をひきかねない」と声を潜める。14年後半に始まった原油急落が、緩やかな低成長を予想していた世界経済のかく乱要因として、急浮上している。

 ◇新興国から先進国へ

 多くのエコノミストは、「15年の米国経済は堅調に推移する」と予想する。明治安田生命の小玉祐一チーフエコノミストは、「雇用情勢の改善に伴い個人消費をはじめとする内需主導の好循環になりつつある」と指摘。15年の実質国内総生産(GDP)成長率は3%程度を見込む。
 三菱東京UFJ銀行経済調査室によると、日米英の成長率は14年以降、00年代に比べて高まるという。00~13年の平均成長率と14~24年の平均成長率予想は、米国1・9%→2・2%、英国1・7%→2・2%、日本0・9%→1・5%と予想する。
 対照的に、00年代に飛躍的な成長を遂げた中国など新興国の成長率は今後10年で鈍化が見込まれている。中国は00~13年の9・9%から14~24年は5・7%、インドは6・9%から6・3%、ロシアは4・1%から2・6%へとそれぞれ減速を予想する。
 同経済調査室の石丸康宏次長は「中長期的に成長戦略などの効果が徐々に表れると見込まれる日本、リーマン・ショック以降のさまざまな構造調整圧力を払拭(ふっしょく)し経済の好循環が回りやすくなっている米英では成長率がわずかだが高まる見通し。新興国は中国を中心に成長ペースが以前より落ちるが相対的には引き続き高成長を維持するだろう」と語る。
 国際通貨基金(IMF)は15年の世界経済の成長率を3・8%、うち先進国は2・3%、新興国は5・0%と予想している。緩やかな景気回復がメインシナリオである。
 だが、14年末になって、にわかに暗雲が立ち込めている。原油急落だ。

 ◇1バレル=40ドル割れも

 WTIは、6月の1バレル=107ドルから12月中旬には55ドルへと5割も急落している。背景にあるのは、需給の大幅な緩みだ。
 米国でシェールオイル(頁岩油(けつがんゆ))開発が進むと同時に、減産が見込まれていたイラクやリビアで予想外の増産が始まった。その一方で、欧州と中国経済の失速が鮮明になり、需要は伸び悩んでいる。
 国際エネルギー機関(IEA)のデータを基に石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が推計したところ、14年は日量76万バレルの供給過剰状態にあるが、15年にはさらに同147万バレルにまで供給過剰幅が拡大するという。
 しかし、石油輸出国機構(OPEC)最大の産油国であるサウジアラビアは、原油急落に歯止めをかけるはずの減産に動くそぶりすらみせない。同じく有力産油国のアラブ首長国連邦(UAE)のマズルーイ・エネルギー相に至っては12月15日、1バレル=40ドルに下落しても減産しないと発言。この発言が市場に伝わると、WTIは55ドル台に突入した。両国ともシェールオイルの台頭で減産によるシェア喪失を懸念しているのだ。
 JOGMECの野神隆之上席エコノミストは「市場では売りが売りを呼ぶ負の循環に陥り、50ドルを割り込む可能性がある」と語る。UBS証券は、15年のWTI原油価格を60~80ドルと予想するが、一時的に40ドルにまで下落する可能性を指摘する。
 ただ油価の急落は日米欧などエネルギー消費国には朗報である。ガソリン価格の値下がりで、個人消費の押し上げや企業のコスト軽減が期待できるからだ。原油安は広く資源価格の低下に波及しており、資源輸出国から消費国への巨額の所得移転を引き起こす。米ニューヨーク連邦準備銀行のダドリー総裁は「原油が20ドル下がれば、産油国から消費国に約80兆円の所得が再配分される」と分析している。
 しかし、原油安が世界経済の低迷によるものといった見方もある。こうした悲観的な見方が強まった12月中旬、日米の株価は大きく下げる局面もみられた。
 一方で、産油国は原油収入が国家財政の中心であり、その減収は財政を圧迫する。エネルギー専門家によると、ロシアやベネズエラなどの産油国の財政収支が均衡する原油価格はおおむね1バレル=100ドルを超えている。

 ◇米独日国債に逃避

 特にウクライナ問題を抱え、欧米から経済制裁を受けているロシアでは、原油急落が他の資源国以上の痛手だ。このまま油価が低迷すれば、財政を圧迫しマイナス成長に転落する、との予想から通貨ルーブルが急落。輸入物価の急上昇でインフレ率も10%にまで急上昇した。
 ルーブル安とインフレを抑制しようとロシア中央銀行は12月16日、政策金利を一気に6・5%引き上げ17%にする荒業に出たが、利上げ前の1ドル=67ルーブルから78ルーブルへと下落を止められなかった。
 ロシア以外にも、ブラジルやメキシコ、南アフリカなど幅広い資源国の通貨が売られ、15年央の利上げを目指す米国や日独などの国債にマネーは向かった。
 原油価格急落に始まる資源国の一連の混乱は、80年代半ばの「逆オイルショック」をほうふつさせる。
 逆オイルショックとは、85年末に1バレル=約30ドルだった原油価格が4カ月ほどで10ドルにまで急落したことを指す。70年代に2度起きたオイルショックによる原油高騰の反動として生じた側面がある。
 この原油急落が、結果的に日米欧の先進国経済を急回復させた。インフレ率が落ち着いたことで、先進国は金融緩和が可能となり、経済成長を最加速させた。だが、この低インフレと金融緩和に伴う低金利が各国の株価や不動産価格の急上昇をもたらした。特に85年のプラザ合意後、円高不況に直面した日本は、金融の超緩和状態の長期化と財政出動によって、バブル経済に突き進むことになった。
 円安を除けば、当時と今の環境は似ている。日米欧の先進各国は、低インフレでゼロ金利や量的緩和を継続中だ。原油急落で日米欧の物価と金利にはさらに低下圧力がかかり、金融緩和を継続しやすい環境が整う。脱デフレを目指す日銀だけでなく、デフレ回避に向けて欧州中央銀行(ECB)は1月にも、「国債を購入する日本型の量的緩和に乗り出す」との見方が有力だ。
 その一方で、資源国はロシアに代表されるように原油急落と通貨安、インフレの三重苦にあえぐ。
 低成長が長期化する中で、低金利と過度な金融緩和状態が続けば、資産価格の上昇、つまりは経済のバブル化を招くだろう。それは逆オイルショックの教訓でもある。

 ◇米利上げ観測が招く混乱

 当時と違うのは、米国だけが利上げを目指す金融政策の転換期にあることだ。米国は順調な雇用情勢の改善から、10月に量的緩和第3弾(QE3)を終わらせ、15年半ばの利上げが予想されている。
 しかし、原油急落を契機に始まった資源国の混乱を前に、「予定通り利上げできない可能性は十分にある」と、UBS証券の中窪文男・最高投資責任者は予想する。理由は、米国国内の事情よりも、新興国から資金が米国などに流出する世界的なリスクに配慮せざるを得ないことだ。
 注目された12月17日の米連邦公開市場委員会(FOMC)後の声明文には、「(現在の緩和状態を)相当の期間続ける」との従来の文言を残すと同時に、「金融正常化(利上げ)の開始まで忍耐強く待つ」という言葉を追加した。
 米連邦準備制度理事会(FRB)のイエレン議長は記者会見で、原油急落を「一時的なもの」としたが、仮に1年間、原油価格50ドルが継続すれば、目標とするインフレ率2%を大きく下回ることが予想される。
 米国金融政策に詳しい豊島逸夫氏は、「日米欧に加え中国までもがすべて2%以下という極めてインフレ率が低い“低血圧状態”の中での米国の利上げは、劇薬となりかねない」と警戒し、「利上げは16年にずれ込む公算が大きい」と予想する。
 低インフレと金融緩和の長期化は、株価や不動産などの資産価格を押し上げ、バブル化させるリスクを秘める。逆オイルショックの苦い教訓はわかっていても、それを生かすことはできないということか。