2015年

1月

27日

幕末:多彩な人材育てた吉田松陰 2015年1月27日号

 ◇自ら行動する教育者

一坂太郎
(萩博物館特別学芸員)

 本州の最西端に位置する山口県は、江戸時代、長州藩と呼ばれた。藩主は毛利氏、石高は36万9000石。城は日本海に面した萩に築かれていた。

 吉田松陰(幼名・寅次郎)が萩城下の東郊、松本村に誕生したのは、明治維新からさかのぼることおよそ40年前の天保元(1830)年8月4日のことである。父は長州藩士の杉百合之助、母はその妻滝、松陰は次男だった。兄弟は兄が1人、妹が4人(ただし1人は夭逝(ようせい))、弟が1人である。
 松陰が生まれた頃の杉家は、父が役に就いていなかったため経済的に苦しく、農業中心の生活を送っていた。しかし読書好きの家庭で、父は幼い息子たちを農作業に連れ出し、合間に儒教の教典である四書五経を講じたりした。母は陽気で大らかで、駄洒落(だじゃれ)を言って周囲を笑わせるのが好きな女性だったという。松陰はこのような、ごく平凡な家庭で育った。………