2015年

2月

10日

特集:世界金融不安 2015年2月10日号

 ◇行き場を失い溢れるマネーが国際金融市場を不安定にする


濱條元保

(編集部)


 米国は今年半ばから秋までに、利上げに踏み切れるか──。これが、世界の市場関係者の最大注目点だ。

 昨年後半は、6月の利上げが大方の市場予想だった。しかし、年初に米国を訪問した野村総合研究所の井上哲也金融ITイノベーション研究部長は「原油安やドル高で低インフレ傾向を強めると同時に、賃金の上昇も鈍いことから半年前に米国を訪問した時よりも、利上げ派の説得力が失われていた」と、語る。

 米連邦準備制度理事会(FRB)のイエレン議長の動向が注目される。

 ◇米国の正常化


 なぜ、米国の利上げに市場の関心が集まるのか。2008年9月のリーマン・ショック以来のマネーの流れを大きく変えるからだ。

 巨大に膨れ上がっていた欧米信用バブルが、リーマン・ショックを機に崩壊した。100年に1度の金融危機に、FRBのバーナンキ議長(当時)は、ゼロ金利と3度にわたる異例の量的緩和で立ち向かった。

 それから7年。米国はようやく潜在成長率(経済の実力)を上回る3%程度の経済成長を回復し、ピーク時10%に達していた失業率は5・6%(昨年12月)にまで低下した。いよいよゼロ金利という異常な状態から抜け出そうとしている。

 ところが、好事魔多し。債務危機以降の低成長とデフレ危機に直面するユーロ圏では、欧州中央銀行(ECB)が1月22日、3月から毎月600億ユーロ(約8兆円)の国債を購入する量的緩和の導入を決めた。16年9月までに総額1兆1400億ユーロの国債を買い取って、資金を供給する。それでもインフレ率が上昇しなければ、無期限で量的緩和を続けるという大胆な取り組みだ。

 また、2年で2%のインフレ目標の達成を目指す日銀は、13年4月の異次元緩和(長期国債を年間50兆円購入など)に続き、昨年10月には購入する長期国債を年間30兆円積み増す(80兆円)追加緩和に踏み切った。原油安の影響で今後、消費増税分と生鮮食品除くコア・インフレ率が再びマイナス圏に突入する可能性があることから、2回目の追加緩和を予想する市場関係者が少なくない。

 つまり、米国が利上げを目指す一方で、日欧はさらに金融緩和政策を強めようとしているのだ。米国と日欧の金融政策の方向が、逆になっている。

 そこで市場は、「米国の利上げ→ドル高・金利高」の予想を基に、米国債に資金を振り向けた。日欧は中央銀行が強力に国債を買い上げる量的緩和にまい進しているため、金利が低下したためだ。

 すなわち、長期金利(10年物国債利回り)が一時0・1%台に下がった日本国債や0・5%台を割り込んだドイツ国債から機関投資家が、少しでも金利が稼げる米国債に資金をシフトさせた結果、米国の長期金利も1・8%台に低下してしまった。


 ◇金利「水没」の世界


 日欧の強力な金融緩和は、世界的な金利押し下げ圧力となっている。その威力は、利上げを目指す米国にまで波及する勢いだ。

 中でも1月15日に、1ユーロ=1・2スイスフランに設定していたフラン相場の上限を撤廃したスイス。同時に市中銀行が中央銀行に預ける預金の一定額を超える部分に適用する金利をマイナス0・75%と、昨年12月のマイナス0・25%よりマイナス幅を拡大させたことから、残存期間が14年までの国債金利がマイナスになってしまった。

 足元では日本も5年ゾーンあたりまでマイナス金利になることが珍しくない。まさに金利の「水没」だ。

 高田氏は「日欧の中央銀行が金融緩和を続ける限り、金利がマイナスになる国やゾーンは広がっていくだろう。投資家が少しでも高い利回りの確保を目指そうとすることから、利上げを目指す米国でも金利が上がりにくい状況が続くかもしれない」と予想する。

 事実、日本の銀行や生損保は金利が下がりきった日本国債を見限り、一部を米国債などの外債投資に切り替えている。

 さらに、国債より利回りは高いがリスクも高い米国の株や社債などの金融商品への資金流入が目立つ。米国の社債市場ではリーマン・ショック直後、430億ドル(約5兆円)に急減した投資不適格債(ジャンクボンド)の発行が10年以降急増し、昨年は00年以降では最高の3380億ドルに達した。投資適格社債と合わせた社債発行残高は、昨年末で9兆7990億ドルに達する。

 BNPパリバ証券の中空麻奈チーフクレジットアナリストは、「利回りを優先するあまり、投資家が的確な信用評価を実施しているかが心配」と警戒する。


 ◇円売り・日本株買い


 では、リスクを取りにいっている投資家は誰か。リーマン・ショックの反省から、世界的な銀行規制が強化される中で、規制対象外のヘッジファンドを含むファンド勢である。

 米国証券業金融市場協会(SIFMA)によると、ファンドを経由する米国株や債券、米国外の債券への投資総額は00年に7820億ドルだったが、13年は3兆7990億ドルへと急増している。ジャンクボンドへの投資額も4120億ドルにのぼる。

 日欧で量的緩和が強化され、日米欧の国債利回りが急低下する中で、信用力の低い社債にまで資金が流れ込んでいるのだ。

「今年の金融市場のボラティリティー(変動率)は、激しくなるだろう」。ヘッジファンドや中東産油国のオイルマネーを運用する政府系ファンド(SWF)に詳しい豊島逸夫氏は、こう指摘する。ボラティリティーを高める犯人は、ヘッジファンドとSWFだ。

 昨年、ヘッジファンドは米国債金利低下を見誤るなどで、運用成績は惨憺(さんたん)たるところが少なくなかった。そのため、今年は生き残りをかけて一段と積極的な姿勢で臨んでいる。ギリシャで選挙が実施された1月25日までは、ユーロ売り・欧州株先物買いを進めたが、2月に入れば、円売り・日本株先物買いに転戦するとみられる。

「昨年のように一定期間、一方的な円安になるのではなく、米国の利上げ予想が年後半に後ずれする可能性があるため、円高への目配りが今年は欠かせない。そのため1ドル=117円程度で円売りに入り、120円前後で円買い戻しで利益を確定させる小刻みな取引を今年のヘッジファンドは繰り返すのではないか」と、豊島氏は予想する。


 ◇ハイリスク投資の再来


 もっと激しいのが、数十兆円単位のオイルマネーを運用するSWFだ。米WTI原油先物価格は、昨年6月の1バレル=100ドル台から40ドル台半ばまで急落。サウジアラビアはじめ中東産油国が財政を均衡させる原油価格の1バレル=100ドル前後を大幅に下回り、オイルマネーの運用益で少しでも補填(ほてん)しようと、SWFにプレッシャーがかかっている。

 そこで昨秋、規制強化から欧米金融機関のトレーディング部門から撤退でリストラされた米ウォール街のトレーダーを数十人単位で中東産油国のSWFが採用、高いリターンを目指して積極運用を始めているという。その手法は、巨額マネーを投じて市場にある、売りか、買いの注文をまるでほうきですべて掃き出すように、さらっていくパワーゲームだ。

 豊島氏は昨年11月、ウォール街のある金融機関のトレーディングルームで、SWFと思われる取引の瞬間に巡りあったという。

「すべてが電算化されて静まり返っている大きな部屋全体に、トレーダーたちの地響きのような『ウォー』といううめき声が上がると、『(オイルマネーの)お出ましだ』とささやき合う声が聞こえた。売りか、買いかの一方に巨額の取引が集中するため、値がつかずモニターがブラックアウト(暗転)することもある。数分後、モニターが復活すると、たとえば、ドル・円相場なら一気に50銭も円安に動いていることがある」

 日米欧の先進国が同時に、かつて経験したことのない超低金利下にある。運用難から少しでも高い利回りを求めて、マネーがジャンクボンドなどのハイリスク商品に向かう。そして気がつけば、高いリスクを抱え込んでしまっている──。いつか来た道を再び、歩き始めていないだろうか。