2015年

2月

17日

特集:丸分かり 中国減速リスク 2015年2月17日特大号

 ◇日銀の追加緩和より危ない 出口なき人民銀緩和の末路


田代秀敏(RFSマネジメントチーフエコノミスト)/編集部


 日本銀行が2014年10月31日に突如行った追加金融緩和は、円の対人民元レートを1元=17・85円から18・33円へと2・67%急落させ、中国でも夜7時のテレビニュースのトップを飾った。

 翌日、北京で会った中国人の実業家は、「円は2年前から45%も暴落した。日本はすべてがバーゲンセール。東京都心の億ションを1部屋ではなく1棟買いますよ」と話した。

 この翌週の11月3日、中国の経済メディアは「日本の金融緩和が米国を超える」と一斉に報じ、追加緩和で日銀のマネタリーベース(資金供給量)が15年末に350兆円を突破し、約450兆円(約4兆ドル)の米連邦準備制度理事会(FRB)に迫ることを指摘した。

 これが、約2年4カ月ぶりに11月21日夜に意表を突いて行われた中国人民銀行による利下げの引き金の一つになったことは間違いない。12月3日の中国の各メディアは、「8月に欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁が量的緩和の計画を示唆し、10月に黒田東彦日銀総裁がマネタリーベース目標を引き上げたため、人民銀行は11月21日に突然利下げした」と解説したクレディ・スイス香港の陶冬チーフエコノミストのコラムを一斉に転載した。

 なお、中国人民銀行は2月5日から、全ての商業銀行の法定預金準備率を0・5%、中国農業発展銀行については4%引き下げた。これは追加緩和というより、超過準備金を合計で最大6000億元(約11兆2900億円)拡大することで、超過準備金への年利0・35%の付利を、金融機関へ春節(旧正月、今年は2月19日)前の「ボーナス」として分配したものだろう。10年にも同様のことが行われた。

 しかし、手本とした日銀の追加緩和が出口を失いつつあるように、中国の金融緩和も出口のない迷宮に入りつつあるのではないだろうか。中国には利下げの余地がまだあるが、それでも緩和を続ければ、いずれ利下げは限界に達し、金融資産を直接買い入れる量的緩和へと追い込まれるだろう。


 ◇意図した株バブル


 中国人民銀行の利下げが、14年11月17日の「上海・香港直通車」の「開通」と同じ週に行われたことは、偶然ではないだろう。

 上海・香港直通車は、上海と香港との間で相互の証券取引所を介して相互の株式を一定の上限枠の中で自由に直接売買できる仕組み。資本取引の完全自由化を回避しつつ、株式の分野だけ国際金融市場を取り込むという、巧妙なシステムである。開通は香港行政長官選挙の民主化を求めるデモで延期されたが、事態が収束へ向かい始めた後に開通した。

 開通で上海から香港へマネーが逃げ出すことも懸念されたが、実際には今年1月23日までに、香港ハンセン株価指数の上昇率4・4%に対し、上海総合指数は35・5%高騰した。絶好のタイミングで行われた利下げの効果は顕著だったようだ。

 上海株バブルは、株式を「不動産や理財商品に代わる新たな投資先」とするために、意図的に起こされていると考えられる。

 中国は庶民向け不動産価格を引き下げなければならない。夫婦共働きでローンを組んで家を持つ発想は中国人になく、家を持たない男は結婚できない。そのため北京や上海の婚姻率も出生率も下がり、少子化を促進させている。

 国家統計局によると、12年の北京の分譲住宅販売価格は1戸当たり約137万元(約2560万円)で、北京の平均世帯年収の13倍に達する。これ以上の住宅価格高騰は都市部の勤労者の不満を高める。不動産バブルは避けなくてはならないのだ。

 しかし、そうなると今度は、資産運用先として最も優れていた不動産という市場が消えてしまう。それもまた困る。債券市場は未整備であるし、外国為替市場は管理されているので、投資先として妙味がない。残された株式市場が新たな投資先として再び浮上したわけだ。

 実は過去にも中国には株バブルがあった。上海総合指数は05年10月から07年10月までの2年間で4・6倍の6092ポイントに上昇したが、1年余りで約7割下落し、1706ポイントまで急落した。07年の共産党大会で胡錦濤総書記(当時)が、「より多くの人民に投資機会を提供する」と演説した翌日から上海株は急落したのだ。明らかに政府によるバブル潰しだった。この間、世界の株式市場は、07年8月のパリバショック、08年3月のベアスターンズ経営危機、そして08年9月にリーマン・ショックに見舞われ、世界同時株安に陥る。しかし、中国はすでに株価の調整を終え、世界の資本市場とは隔絶する動きを見せていた。そしてリーマン・ショック後の4兆元の財政出動により空前の不動産バブルを起こしていく。

 そこから投資先は不動産に移り、土地使用権の販売価格が急騰。これが土地使用権を独占販売できる地方政府の財源となった。

 14年6月末、中国の代表的なシャドーバンキングの一つである信託業の不動産開発向け融資残高は、前年同期比55・4%増まで伸びが加速した。そしていま再び株バブルが起き、投資先は不動産から株へと戻りつつある。北京の新築住宅価格指数は14年に3・1%下落したのに対し、上海総合指数は逆に53・3%上昇した。


 ◇世界を支える中国マネー


 しかし、この戦略は危うい。いま上海株が暴落したら、世界への衝撃は07年当時の比ではない。

 07年の中国の金融市場は開放されていなかったにもかかわらず、同年2月27日に上海総合指数が前日比8・8%下落すると、ダウ平均は01年の米同時多発テロ直後以来の下げ幅となり、日経平均も大きく下げた。

 今年1月19日に上海総合指数が7・7%下落したのが、世界へ波及しなかったのは、日米両国が歴史的にも異常な量的金融緩和を行い、金融市場を「まひ」させているからであった。

 しかし、金融緩和の「出口」、そして金利の正常化の後に、上海株が暴落すれば、ニューヨーク株の暴落に匹敵するインパクトを世界に及ぼす恐れがある。 

 中国の株式市場の存在感は大きくなっている。ブルームバーグによれば、1月27日時点で中国市場の株価総額は4・48兆ドル(約530兆円)となり、日本の4・46兆ドルを超え、世界2位の規模に拡大している。

 その上海市場は、上海・香港直通車開通で部分的に対外開放されている。かつて日本政府が徹底的に管理していた日本国債も瞬間的に暴落したことがあったように、上海上場銘柄の多くが中国政府が筆頭株主の国有企業であっても、絶対に安全であるとは言い切れない。

 しかも今や世界各国は中国マネーによって支えられている。中国は債務危機にあえぐ欧州を支援し、米国債の最大保有国であり、日本にも多くの資金を入れている。

 人民元は14年12月、国際決済全体の2・17%を占め、カナダ・ドル、豪ドルを抜き世界5位となった。4位の日本円の2・69%に迫っている。

 さらに、中国は14年だけで156カ国の外国企業6128社へ合計1029億ドル(約12兆1255億円)を直接投資した。これは13年の日本の直接投資の約91%に相当する。中国の直接投資累計額は14年末に6463億ドル(約76兆円)に達した。

 中国の資源爆食が減速したことで世界の商品市況は鉄鉱石を中心に大きく下落した。トン当たり180ドルまで高騰した鉄鉱石は、今やその3分の1にまで急落し、世界の商品市況をかく乱し、資源メジャーや建機メーカーの業績をむしばんでいる。

 上海株暴落のショックが世界の資本市場に与える影響は、想像を超えるほど大きくなる可能性があることを覚悟しなければならない。