2015年

3月

10日

特集:相場は歴史に学べ 2015年3月10日号

 ◇名目GDP比で高値圏の日本株 バブルを増長する金融政策


板谷敏彦

(作家)


 世界的な低金利やドル高の状況に、さらに原油安も加わった、世界経済は今、大きな転機の最中にある。不確実なこの先の世界を見通すうえで欠かせないのが、過去の歴史に学ぶ視点である。ドイツの宰相ビスマルクは「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と諭したが、これは「歴史は繰り返す」という意味ではない。多様な過去の出来事からエッセンスを抽出し、条件の異なる現代の出来事を正しく理解せよという意味である。

 例えば、日経平均株価は2月24日、終値が1万8603円48銭と約14年10カ月ぶりの高値で引けた。株式市場にはこの先、日経平均株価が2万4000円を付けると予測する関係者もいる。しかし、その株価の水準はどのような位置にあるのか、別の角度から見直す必要がある。

 それを考えるための一つの手がかりとして、東証1部上場企業の時価総額を日本の名目国内総生産(GDP)で割った数字の推移を見てみよう。


 ◇金融危機前の水準超す


 名目GDPは株価のようなタイムリーなデータではないため、「株式市場時価総額÷名目GDP」の値を用いて将来の株価を具体的に予測することは困難だ。ただ、株価水準のおおまかな高低の判断には活用でき、米著名投資家のウォーレン・バフェット氏も重視することで知られている。各国の「株式市場時価総額÷名目GDP」の値は、世界銀行が経済規模に対する証券市場の発達水準を測る目安としてホームページでも公表している。

 長期的に見れば、一国の経済発展が段階を上がるにつれて資本市場も発達するため、「株式市場時価総額÷名目GDP」の値も徐々に上がっていく。ただ、日本のこの値は1990年以降、おおむね60~80%で推移していた。日本の株式市場が何か、構造的な壁に突き当たっていたことが想起できるだろう。

 また、この図を見れば、この値が短期間で急上昇する局面、つまり名目GDPがさほど伸びていないにもかかわらず、時価総額だけが急増する局面は、いずれも長続きしていないことも分かる。

 アベノミクスによる現在の株高局面では、この値はすでに109%に達し、2008年秋のリーマン・ショック前の水準を上回っている。

 それでは、日経平均株価が2万4000円を付けるとはどのような状況なのか。現時点で内閣府が予想する名目GDPを前提に計算すれば、その値は140%超に相当しなければならないが、過去にその水準を付けたのは80年代後半のバブル期のみ。過去に1度しかないことが再現されると考えるならば、資本市場の根本的な変革か、かなり急激な経済成長の予想が必要とされるだろう。


 ◇デフレでも成長する


 世界各国でインフレ率が低下し、欧州ではデフレすら目前に迫る。マネーの流通量を増やすことで物価を引き上げようと、日銀に続いて欧州中央銀行(ECB)やスウェーデン中銀も今年に入り、量的緩和に踏み切った。中国やインド、インドネシアなど各国の中銀も、こぞって利下げに乗り出している。

 かつて、英ビクトリア朝後期の1873~96年、英国でデフレが続いた「大不況」と呼ばれた時代があった。しかし現在では研究が進み、当時の英国は年率1・9%程度、経済成長していたことが分かっている。必ずしも「デフレ=不況」だったわけでなく、デフレ下で成長する現象は「ビクトリア均衡」とも呼ばれている。

 基軸通貨国だった英国は当時、通貨の価値を金に裏付ける金本位制を採用していたが、すでに19世紀半ばには米西海岸でのゴールドラッシュが衰退し、金の供給量は伸びていなかった。その一方、70~71年の普仏戦争に勝利したドイツが金本位制を採用すると、他の主要各国も追従し、金の需要は高まっていく。つまり、経済成長に貨幣供給が追い付いていなかったのである。その後、南アフリカやカナダでの金鉱開発や「青化法」など製錬技術の進歩によって金の供給が増加すると、やがてデフレも収束していった。

 このビクトリア朝後期は、欧州の自由貿易が高度に発達した時代でもあった。また、船の動力の主役が帆船から蒸気船に移行した時期でもあり、船賃がピークの4分の1まで劇的に低下した結果、東欧や米大陸の安価な穀物や資源が西欧に大量に流入していた。あたかも、昨今の新興国による安価な工業製品の流入や、足元の原油価格の低下にも似ている。

 ただ、当時は金という裏付けが、良くも悪くもマネーの供給量を制約していた。現代の量的緩和によるマネーの供給は、当時の金本位制下で貨幣量を制約していた金の量を、人工的に増加させようというものである。中央銀行がその気になれば無尽蔵にマネーを供給することも可能である点には注意が必要である。日銀は現在、金融緩和に伴って、国債ばかりでなく株式の上場投資信託(ETF)なども買い入れている。それも、先の「株式市場時価総額÷名目GDP」で見れば、株価が高値圏にあるにもかかわらずである。満期のある債券と異なり、株式は買い入れた株価以下に値下がれば、その分の損失を抱えることになる。

 しかし、供給されるマネーは増加するが、成長率はなかなか上がらない。そうした構造的な問題が解消されないまま、日銀のリスクばかりが増幅していく。昨年4月の消費増税による負の影響が強調される一方で、経済政策による景気のかじ取りが株式市場の先高期待に依存し過ぎてはいないだろうか。

 加えて、国民の年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が、この水準で株を買い進めていることも不安の種だ。そこに株価の水準に影響を行使する意図があるのであれば、運用の成功はおぼつかないであろう。


 ◇バブル前夜の米国


 目を米国に転じれば、米連邦準備制度理事会(FRB)が昨年10月、量的緩和を終了し、今年の利上げがようやく視野に入った。ただ、他の中銀が金融緩和に踏み切ったことで、米国内には「利上げが一段のドル高をもたらし、米国の輸出競争力を下げかねない」と、利上げへの慎重論も出始めている。

 2月24日のイエレンFRB議長の議会証言は、市場に「利上げを急いでいない」と受け止められ、同日のダウ工業株30種平均終値は過去最高値を更新した。

 本来は利上げすべきタイミングで、政治的な配慮から利上げを見送るのであれば、これから米国で本格的なバブルが到来する可能性がある。それは、80年代の日本のバブル前夜の経験からも明らかだ。当面の市場は、米国の金融政策が大きな命運を握っている。