2015年

4月

21日

特集:相場を見抜く経済指標 統計を疑え 2015年4月21日特大号

 ◇株価、米利上げ、中国経済 先行き見極めるプロの視点

濱條元保/池田正史
(編集部)

「年金や政府系ファンドなどの中長期的な視点で運用する外国人投資家の日本株に対する見方が変わった」──。内外の金融市場に詳しい豊島逸夫氏は、3月半ばに米ニューヨークで行ったヘッジファンドや年金、政府系ファンド関係者とのミーティングで、こう直感したという。

 ◆株価

 なぜ、外国人投資家が日本株に注目するか。「きっかけの一つがファナック」と豊島氏は言う。

 同社は3月中旬、株主との対話を進めるための専任部署を設置し、国内外の機関投資家との対話を積極的に進める方針が報じられた。「投資家との対話に消極的と見られてきたファナックが一転、その関係を強化する姿勢に転じたことが大きなサプライズになった」(豊島氏)。
 米資産運用会社プリンシパル・グローバル・インベスターズのジム・マコーガン最高経営責任者(CEO)は「日本企業が世界基準に合致してきた」と評価する。ファナックをはじめ、株主還元や株主資本利益率(ROE)などの資本効率の向上、企業統治体制の強化などに取り組み始めた日本企業の姿勢に、欧米の機関投資家が「日本企業も欧米並みに株主を重視する経営に変わるかもしれない」と受け止め始めた。
 ただし、目先の株価を意識した配当性向の引き上げや高いROE目標は、中長期的には弊害にもなりかねないもろ刃の剣だ。
 例えば、当期純利益を自己資本で割って算出するROEを手っ取り早く高めるなら、分子である利益を増やすよりも、分母である自己資本を減らせばいい。「増配や自社株買いによって、利益を株主に還元する」と言えば聞こえはよいが、目先の高いROE達成が目的化してしまうと、自己資本比率の低下や研究開発など将来の稼ぐ力を高めるための投資がおろそかになる。これでは本末転倒だ。
 しかし、長らく資本効率を顧みないと外国人投資家の不評を買っていた日本企業にとって、ROE重視経営への姿勢の転換は海外マネーを取り込む好機だ。円安による企業業績の改善や賃金上昇ムードの盛り上がりで、日経平均株価は2万円に迫る15年ぶりの高値圏にある。この先はどうなるのか。

 ◇日経平均2・3万円も

 豊島氏は「持続的に一定のROEを達成する実績やそれに向けた企業努力が示されれば、欧米の年金や政府系ファンドの日本株買いは続くだろう。そうした好循環の実現を前提にすれば、年内に日経平均株価は2万3000円をつけてもおかしくない」と予想する。
 一方で、長期的な視点で今の株価を評価し直す方法もある。
 マネックス証券の広木隆チーフ・ストラテジストは「経常利益ベースのPER(株価収益率)を長期的に見ていくと、足元では割高感が薄れた状況にある」と解説する。
「経常利益を使うのは、企業の稼ぐ力をより直接的に反映できるためだ。PERをみるうえでは、分母に当期純利益を使うのが一般的だが、経常利益を用いると企業の収益性がよりダイレクトに示される」
 東証1部上場企業の経常利益ベースのPERは今、バブル前の1980年代前半と同水準の10倍前後で推移している。バブル崩壊後、30年近くかけて企業が稼ぐ力を回復し、市場も買われすぎの状態を解消してきた、と解釈することもできるだろう。

 ◆米利上げ

 目下、今後の世界経済を見通すうえで最も注目されるのが、米国の利上げだ。
 その米利上げを巡っては、米連邦準備制度理事会(FRB)のイエレン議長が重視する雇用関連の統計に対して過敏に反応しすぎている印象が強い。
 1月の非農業部門雇用者数が前月比23・9万人増で、2月が同29・5万人増と雇用改善の目安とされる20万人を大きく超えたことから、利上げ時期が6月という予想が市場で強まった。
 ところが、4月3日発表の3月の非農業部門雇用者数が前月比12・6万人と事前の市場予想(24・5万人)を大幅に下回り、20万人の大台を13カ月ぶりに割り込んだ。同時に1月の非農業部門雇用者数も23・9万人→20・1万人、2月も29・5万人→26・4万人へと下方修正されたことから、一転して利上げ予想は9月あるいは12月へと後ずれしている。
 みずほ総合研究所の高田創チーフエコノミストは「利上げがいつ実施されるかよりも、利上げのペースが重要だ。足元で金利の将来見通しが変わっていることに気づくべき」と、次のように指摘する。
「米国が利上げをするというと、4%程度の上昇幅を意識する市場関係者がまだ多い。しかし、それは過去の経験が影響している。13年5月、バーナンキ前FRB議長がQE3(量的緩和第3弾)の縮小開始時期を同年秋と示唆することで、世界中の金融市場が大混乱したバーナンキ・ショックが発生したのも、過去と同じようにFRBが4%程度まで政策金利を引き上げると予想したためだ」

 ◇未体験の低金利時代

 高田氏が過去60年間のFRBの利上げ幅を分析したところ、70年までの5回の利上げの利上げ幅が平均1・75%だったのに対し、70年以降の8回の利上げの利上げ幅は平均4・1%だった。現役の市場関係者の大半は、70年以降の平均4・1%の利上げしか体験していない。
 高田氏の仮説は、今回の利上げは70年以前の平均1・75%により近いのではないかというものだ。
 この仮説を立てるにあたって注目したのが、FRBが3月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で公表した「ドット・チャート」である。このチャートは、FOMC参加者による政策金利誘導目標の見通しを「点(ドット)」の分布図で示したもの。3月のチャートでは、15年末、16年末、17年末、そして長期の見通しがいずれも切り下げられた。しかも、分布を示すチャートの目盛りが従来の0・25%ずつから0・125%ずつと小刻みなものになっている。
 高田氏は、次のように予想する。
「米国では今、ゼロ金利を『正常化』する必要はあっても、インフレ懸念はない。そのため、FRBは『今回利上げをしても、そんなに上げませんよ』というメッセージを出すため、このチャートをあえて示したのかもしれない。今回の利上げ局面は、誰もが体験したことのない従来とは異なる緩やかなペースで、かつ低い水準にとどまるのではないか」
 戦後から70年代に至る前は、まだ戦前の大恐慌後や戦後の混乱の後遺症が残っていた時代で、高いインフレや高い成長率となる前の時期だ。リーマン・ショックという大恐慌にも匹敵する大きな金融・経済危機を経て当時の再来となるなら、現在の低インフレや低金利と整合的といえる。つまり、低成長を甘受しなければならないことになる。
 そうした状況下、世界的な金融緩和競争が実施されている。実体経済が振るわず、資金需要がなく、行き場を失った過剰なマネーは株式や不動産市場に向かわざるを得ない。株価や金利などの金融市場、不動産をはじめとする資産市場が発するシグナル(統計)からバブルの気配を読み取る能力が一段と求められる。

 ◆中国

 一方で、足元の世界経済における最大リスクとして意識されているのが中国だ。
 メリルリンチ日本証券の吉川雅幸チーフエコノミストは、日本の財務省が集計している通関統計から、その実体に迫ろうとする。通関統計を重視するのは、「外需の状況が地域別や業態・品目別に瞬間的なスナップショットとしてよく分かる」(吉川氏)ためだ。
 日本の中国向け輸出は、1月に前年比20・8%増、2月に17・3%減だった。2月は日本の輸出全体の前年比を3・2%押し下げる減少幅だ。春節休暇のタイミングのずれがあり、中国向け輸出の基調を判断するには、1~2月の2カ月でならす必要がある。
 15年は前年比0・3%減とほぼ横ばいだったものの、14年10~12月の同4・1%増に比べ減速傾向を強めている。この間、中国を除く1~2月の輸出は同11・4%増と14年10~12月の同10・4%増から伸び幅を拡大。1~2月の中国向け輸出数量指数も、同7・3%減であり、中国の内需の弱さが反映された格好だ。吉川氏は「ここ2~3年の中国には見られない動きだ」と注視する。
 外貨準備からも、中国経済の異変が感じられる。
 中国の外準は、昨年第3四半期(7~9月)に1055億ドル(12・6兆円)の大幅な減少となり、続く第4四半期(10~12月)も447億ドルの減少となった。中国企業による海外企業のM&A(企業の合併・買収)増加の反映とする見方がある一方で、「将来の人民元高を予想して流入したホットマネーが、中国経済の先行き懸念から流出に転じた可能性がある」と外資系証券のエコノミストは警戒する。
「好調な貿易黒字で積み上がる経常黒字が、外準の増加に直結した局面とは、明らかに異なる」と、外資系証券のエコノミストは警戒する。
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 経済統計は、ただ眺めているだけでは無機質な数字の羅列に過ぎない。そこから何をつかみ取るかが重要だ。同志社大学の浜矩子教授が指摘するように(23ページ)、着眼点や分析の仕方次第では、世の中の疑問や謎を解く手がかりとなり、さらに経済や社会の底流にある「大きな時代の変化」を読み取るカギとなりうる。