2015年

5月

12日

特集:世界株高の落とし穴 2015年5月5・12日合併号

 ◇米国利上げショック 早くても遅くても混乱招く


鈴木 敏之

(三菱東京UFJ銀行シニアマーケットエコノミスト)


 世界的な株高だ。過去半年間の各国の主な株式指数を見ると、米ニューヨーク・ダウは8・1%上昇、日経平均株価は33・3%の上昇で、4月22日には2000年4月以来、約15年ぶりに終値2万円を超えた。その他、独DAXは29・2%上昇、仏CACは24・1%上昇、インド・センセックスは3・2%上昇している。

 背景はグローバルな金融相場だ。日銀の異次元緩和だけでなく、欧州中央銀行(ECB)が3月に量的緩和(QE)を開始。また、インドが1月と3月に、オーストラリアも2月に利下げした。

 4月に入ってからは、中国人民銀行が20日、銀行から強制的に預かる預金準備率を1%下げて18・5%にした。上海総合指数はこの追い風を受けて続伸し、08年以来の高値をつけている。

 しかし、こうしたグローバルな金融緩和に逆行する国がある。米国だ。米連邦準備制度理事会(FRB)は現在、08年12月から続けてきたゼロ%の政策金利の引き上げ、つまり利上げをいつ実行するか、タイミングを見計らっている。イエレンFRB議長をはじめ、年内の利上げを示唆する幹部発言が繰り返されている。 米国の利上げはその影響もリスクも甚大で、世界各国で混乱をもたらす恐れがある。それだけにFRBは「適切な」タイミングで行動しなければならないが、その時期を見極めるのは簡単ではない。


 ◇長期金利上昇と株安


 利上げにはいくつもリスクがある。

 第1のリスクは、市場が「FRBは本気で利上げを続けるつもりなのか」と半身に構えていることである。政策決定委員会である米連邦公開市場委員会(FOMC)は、現在0?0・25%の政策金利の見通しを17年末に3・1%(中央値)としている。だが、現在の米国債10年物の利回り(長期金利)は2%近辺で推移している。長期金利は通常、短期の政策金利より高いことを考えると、市場はFRBの見通しを信用していない。

 FRBが主張通りに利上げを始めれば、市場も見方を変え、現在2%の米国債利回りは3%台に向けて一気に上昇しかねない。そうなれば株に割高感が出て株安へと調整されることになるだろう。1987年のブラックマンデーでは、米国の金融政策への思惑から債券利回りが上昇し、ニューヨーク・ダウが1日で22%下落した。

 さらに、米国を悩ませる問題はドル高である。

 世界経済が弱いなかでFRBが利上げに走り出せば、世界中の資金が高い金利を求めて米国に流れ込み、急激なドル高が起きるかもしれない。米国に資金が流れるということは、どこかから資金が流出するということである。流出する国では株価が下落する可能性が高い。ある通貨が対ドルで下落すると、国外の投資家にとってその通貨建ての資産が目減りする。対策として資産を売却しがちだ。外国人が売買シェアの約7割を占める日本の株式市場にも株安という形で影響しかねない。

 さらに、負債がドル建ての企業は、高いドルを買って返済に充てなければならない。94年のテキーラ危機(メキシコ通貨危機)、97年のアジア通貨危機などの通貨危機のパターンそのものである。通貨危機に至るほど深刻でなくても、資金流出を抑えるため不本意に利上げを迫られ、それがその国の経済を悪化させるかもしれない。

 ドル高は米国経済にとっても悪影響がある。ニューヨーク連銀のダドリー総裁は、「14 年半ばからドルは15%上昇し、それは今年の米国経済の成長を0・6%押し下げる」と4月6日の講演で語っている。米国以外の経済状態が弱いなかで、米国が利上げを始めれば、ドル高の米国経済への影響はより大きなものになりかねない。


 ◇後手に回るリスク


 こうした大きなリスクが想定される一方、市場が現在、FRBの金利見通しを織り込んでいないのは、米国経済が弱いとみており、FRBもハト派(利上げ時期の先延ばし)的な態度を見せているからだ。実際にこの2、3月の米国の経済指標は弱いものが多かった。決定打となったのは、4月3日に発表された3月分の雇用統計だ。非農業部門雇用者の増加数が市場予想より11・9万人少ない12・6万人となり、市場では「これでは利上げは先延ばしせざるを得ない」という見方が台頭した。

 しかし、この1~3月期の弱い数字が、一時的な下振れだとしたら問題は大きい。金融政策は効果が出るまでにある程度時間がかかる。失業率5・5%という現在の水準であれば、既に利上げの行動を起こしていてよいのに、それをちゅうちょしていて、結果として遅かったという場合に何が起きるだろうか。

 これは、「ビハインド・ザ・カーブ(後手に回る)」の事態である。FRBが市場の想定より速いペースで政策金利を上げなければならないことになる。その時、金融市場は大きく動揺する。

 これが起きた典型例が94 年である。当時、長期金利は、年初6%弱から11月に8%まで上昇した。利回りが高くなった米国の債券市場に資金が流れ込み、メキシコ・ペソが約1カ月で65%急落して通貨危機が起きるなど、大きな混乱が生じた。

 今の金融市場は、94年よりもはるかに巨大で、見えない結びつきが強くなっている。米国の債券利回りは、住宅価格から為替まで世界中のあらゆる金融資産評価のベンチマーク(基準値)となっている。その変化は、世界中の金融資産の価格を左右する。

 それが世界経済に何をもたらすだろうか。新興国の債券が売られるのか、ECBの緩和政策で割高になっている欧州株が売られるのか、それは誰にも予想できない。

 利上げの遅れは、政治的にも厄介なテーマである。16年11月に米国の大統領選挙が控えている。そこで、金融政策が後手に回って余分な利上げをすることになり、株価が下落したり、ドル高が行き過ぎたりすると、議会の風当たりが今でも強いFRBは政治の圧力を受けて仕事を進めることがさらに難しくなるだろう。

 その一方で、利上げを早くしておかないと、次の金融緩和策の選択肢をせばめるリスクも出てくる。つまり“弾薬庫が空になる”という問題である。仮に、16年後半から、経済の拡大が弱くなると見るならば、早めに利上げをして、景気悪化の時のために利下げの余地を作るというのは、金融政策の行き詰まりの罠わなにはまらない方法である。米国景気は、公式には09年6月が底で、底入れしてから6年弱になる。既に成熟の兆候も見ている。この景気が弱まる事態に、無警戒というのはいただけない。

 今の強烈な金融緩和からの撤退は、途方もなく難しい仕事であり、幸運も要るといってよいであろう。

 

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週刊エコノミストebooks

世界株高の落とし穴   

配信日: 2015年5月29日 

定価:200円(税込) 

 

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