2015年

5月

19日

特集:アジアインフラ争奪 2015年5月19日号

 ◇900兆円市場 インフラ獲得の熾烈な戦い


中川 美帆

(編集部)


 ミャンマー最大の都市ヤンゴンの南東に位置するティラワ経済特別区。開発が進んでいるゾーンA(約400㌶)のうち、第1期221㌶の開業を目前に控え、雨季対策用の水路などインフラの整備が着々と進む。作業員は、入居企業の工場や事務所を整備する人も合わせると、1日約1000人。東南アジア諸国連合(ASEAN)の後発国、ミャンマーの発展を象徴するこの開発は、三菱商事、丸紅、住友商事、国際協力機構(JICA)の日本勢とミャンマーの官民が共同で手がける。既に日系企業を中心に約40社が進出を決めた。

 一方、シンガポールのチャンギ空港では、拡張のための地盤改良工事中。シンガポール運輸省が発注したこの工事は、国際入札で、五洋建設と地元企業のクーン・コンストラクション&トランスポート社の共同企業体(JV)が約953億円(うち五洋建設分は約762億円)で受注した。入札には、韓国の現代(ヒュンダイ)建設や地元企業などの4グループが参加。技術面で発注者の要求を満たした五洋建設JVと韓国のサムスン物産JVが残り、両者の価格が公表されて五洋建設JVの受注となった。

 既存の空港を使いながら拡張するこの工事には、難しい点がある。一つは、昼間の施工が制限され、場所によっては夜間しか作業できないこと。二つ目は、建設機械の高さに制限があり、搬入路や配置に工夫をこらす必要があることだ。しかも工期に余裕がない。地盤改良は拡張工事全体の初期段階なので、仮に遅れると、その後の工程にまで影響する。五洋建設JVが技術面で勝ち残った理由を、シンガポールに駐在する同社の都甲明彦専務は「こうした難しい条件をクリアする提案が評価されたのでは」と見る。


 ◇インドは100兆円


 中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設を控え、にわかに注目を浴びるようになったアジアのインフラ需要。アジア各国は、1997年のアジア危機で成長が落ち込んだが、その後は順調に拡大し、1人当たりGDPも大きく伸びている(19㌻図)。アジア開発銀行(ADB)の試算(09年)によると、中国を含むアジア、太平洋の30カ国で、2010~20年に合計約8兆㌦(約950兆円)のインフラ投資が見込まれる(19㌻表)。

 JICAによると、インドは17年までの第12次5カ年計画で、総額55・7兆ルピー(約100兆円)相当のインフラ投資を予定。インドネシアは、15年1月発表の「新国家中期開発計画(1519年)で、今後5年間に必要なインフラ投資額を約55兆円とし、24の港の整備による海洋インフラの強化策などを掲げた。

 経済成長の真っただ中にあるアジアの新興国は、インフラ整備が追いつかない。都市の道路は大渋滞、電気や水道の普及率も低い。自国の資金や技術で整備できないのなら、海外に頼らざるを得ない。

 一方で日本のインフラ市場は、少子化と人口減少で縮小が予想され

る。現在は、東京五輪関係の鉄道や道路整備、震災復興、リニア中央新幹線などで需要があるが、五輪後は厳しい。そのため政府は世界のインフラ需要を取り込もうとしている。13年3月、菅義偉官房長官を議長に据えた「経協インフラ戦略会議」を立ち上げ、同年5月には10年時点で10兆円程度とされるインフラ輸出の総額を、20年までに30兆円規模に引き上げる目標を掲げた。

 また、政府開発援助(ODA)の有償資金協力(円借款)を供与した事業の日本企業の受注率は、13年度で20・6%。日本企業が受注しやすいように、案件の形成段階から、日本企業が有利になる技術を仕様に盛り込むなどしている。

 資金面もサポートする。昨年10月、国土交通省所管の官民ファンド「海外交通・都市開発事業支援機構」(JOIN)を設立。約1100億円の投資枠を使ってインフラに投資し、民間企業のリスクを分担する。海外のインフラ事業にかかる資金は、現地政府の公共投資やODAだけでは賄えないので、近年はPPP(官民連携)が拡大。そのため民間事業者の参入機会が増えているが、参入するにはまだハードルが高い。インフラには膨大な初期投資が必要で、投資回収に時間がかかるなど、さまざまなリスクを内包するためだ。JOINの設立で変わるかもしれない。

 金融業界もアジアのインフラを果敢に攻める。みずほ銀行は昨年11月、アジアのインフラ事業に投資する、最大2億㌦規模の「みずほアジアインフラファンド」を設立。ファンドに1億2500万㌦を出資した。従来のインフラファンドの主な投資対象は、完成して運営段階に入った事業だったが、これはインフラの整備段階から投資する。みずほ銀行グローバルプロジェクトファイナンス営業部FA・インフラチームの小海さくら調査役は「先進国のブラウンフィールドの案件は飽和状態。限られた資金で参入しても利益を出すのは難しい。だがアジアのグリーンフィールドの案件には参入余地がある」と指摘。特にインド、インドネシア、タイ、フィリピン、ベトナム、マレーシアを狙い、5年間で89件の投資を見込む。

 このほか、日本生命保険、第一生命保険などもインフラ投資の強化を打ち出している。


 ◇南下する中国


 だが、アジアのインフラ案件獲得を狙うのは日本だけではない。経済成長が鈍化し始め、鉄鋼やセメントの供給が過剰気味の中国や、国内市場が小さい韓国も、国を挙げてアジアのインフラ輸出に力を入れ、日本企業のライバルになっている。

 特に中国は、国有の2大鉄道車両メーカーの北車と南車を合併させるなど競争力を強化して海外展開に挑む。建設分野でも、かつて世界の売上高上位は欧米のゼネコンが占めたが、今は中国勢がズラリと並ぶ。

 アジアの途上国は、日本企業が強い「高品質」「操業・維持コストの安さ」よりも、初期コストの安さを重視しがち。そのため日本企業は低価格の中国、韓国企業に競り負けることがある。「業者選定では賄賂が横行することもあるが、日本企業はしない」(建設会社)ため、コスト削減には、現地で協力会社やスタッフを我慢強く育てる必要がある。

 中国が推進するインフラ戦略の一つは「真珠の首飾り」だ。中国は、インドを囲むようにバングラデシ

ュ、スリランカ、パキスタンなどで港湾開発を支援。これらをつなぐと首飾りのように見えるのが名前の由来だ。中国が整備を支援する目的は、インド洋を核とするシーレーン(海路)の確保だとの見方もある。中国はメコン地域でも南下しており、南北経済回廊を整備するなどしている。

 こうしたなか、4月15日に中国がAIIBの創設メンバー57カ国を発表。アジアのインフラ整備は活発になり、AIIBが投融資するインフラ事業では出資国の企業を優遇すると予想される。経済が低迷し内需不振にあえぐ欧州諸国が、こぞってAIIBに参加を表明したのもうなずける。半面、AIIBの融資基準は、世界銀行やADBより緩くなる可能性があり、リスクの高い案件も対象に含みかねない。海外展開の経験に乏しい中国企業が、採算を度外視した拡大路線に走る恐れもある。

 日本がAIIBに参加するかどうかは、6月開催予定の「日中財務対話」で決まる可能性がある。参加、不参加のいずれにせよ、インフラのビジネスは裾野が広い。需要があれば、資機材メーカー、設計会社、建設会社、エンジニアリング会社、商社、金融など、さまざまな業界にメリットがある。ハードだけでなく、ITC(情報通信技術)のようなソフト面にもビジネスが広がる。

 アジアのインフラ「特需」に対して日本は中国、韓国企業や地元の企業とどう戦い、あるいはどう手を組んで案件を獲得していくのか。特集では分野別に紹介する。