2015年

5月

26日

特集:微税強化! 2015年5月26日特大号

 ◇マイナンバーを銀行口座に 税務調査で資産を捕捉

 

桐山友一/酒井雅浩

(編集部)

 

 個人に12 ケタの番号を割り振る「マイナンバー」の通知が、今年10月からいよいよスタートする。実際に社会保険と税制、災害対策の3分野で利用が始まるのは来年1月からだが、すでに今国会で利用範囲を拡大する法改正が審議されている。その一つが、預貯金口座へのマイナンバーのひも付けだ。預貯金口座がマイナンバーで管理されるようになると、税務調査はどう変わるのか──。

 ◇「遠隔地預金」も判明


 202X年。東京都で代々地主の家系の男性Aさんが85歳で亡くなった。Aさんは複数の賃貸マンションを持ち、土地・建物などを含め財産の相続税評価額は3億円。Aさんの妻(80)と長男(55)、長女(52)の相続人3人で慌ただしく相続税を申告・納税し、1年ほどがたったある日。申告を依頼した税理士から妻の元へ「税務署がご自宅におじゃましたいと連絡がありました」と電話がかかってきた。税務調査の始まりだ。

 その約2週間後、Aさんの自宅へ相続税担当の国税調査官2人が訪ねてきた。国税調査官の1人が妻に、生前のAさんの生活状況などについての簡単な質問をし、Aさんからの生前贈与などはなかったことを確認した後、手元の書類を見ながらおもむろに切り出す。調査官「ところで、奥さまは東北地方の△△銀行○○支店に口座をお持ちではないですか」

妻「ええ、確かに口座はありますけれど……」

 △△銀行○○支店は妻の出身地から少し離れた場所にある。妻が友人に頼まれ、かなり昔に開設した口座だ。

調査官「その口座の通帳と印鑑を見せてください」

 しぶしぶ妻が席を立ち、通帳と印鑑を別の部屋へ取りに行く。国税調査官もその後を付いていく。妻が引き出しの奥から取り出した通帳で、調査官が残高を確認すると約3000万円あった。妻はAさんと結婚以来、専業主婦のはず。調査官の追及が始まる。

調査官「なぜ、これほどの残高があるのですか」

妻「夫の仕事を手伝った時にもらったり、渡された生活費をためた現金です」

調査官「過去に贈与を申告した事実がなく、お金の出所がAさんなら、名義が奥さまでもAさんの相続財産になりますね。つまり、申告漏れということです」──。

 Aさんの妻と子2人は、国税側の指摘に沿って後日、修正申告。追加の相続税450万円と過少申告加算税(10%)、延滞税計80万円を収めることになった。Aさんの妻のような、実質的に亡くなった人の預金にもかかわらず別名義となっている「名義預金」は、相続税の重点的な調査対象になっている。

 それでは、調査官はどうして、△△銀行の口座の存在をあらかじめ把握できたのか。その手がかりとなったのがマイナンバーだ。妻のような自宅から離れた銀行に持つ口座は「遠隔地預金」と呼ばれ、税務調査でも把握が難しかった。しかし、預貯金口座にマイナンバーが付されれば、マイナンバーを通して各地の銀行に照会をかけられるようになる。

 これまでの相続税の税務調査では、相続人の確定申告書などのほか、相続人の自宅近くの銀行に照会することで口座の存在を把握。それでも分からない場合は相続人の自宅を調査して、家計簿などからその手がかりを見つけてきた。元国税調査官の武田秀和税理士は「マイナンバーによって調査の手間が省け、遠隔地預金はかなり見つけやすくなるのではないか」と話す。


 ◇社会保険料も徴収徹底


 マイナンバーと同時に、法人向けに13ケタの「法人番号」の通知も始まる。これにより、厚生年金や健康保険、介護保険などの社会保険料の徴収も大幅に強化されることになりそうだ。日本年金機構が持つ社会保険の加入事業所のデータを法人番号でひも付けし、同じように法人番号にひも付いた国税庁のデータと突き合わせることで、給与から所得税を源泉徴収しているにもかかわらず、社会保険に未加入の事業所をあぶり出すことが容易になるとみられる。

 法人番号の利用が始まった201X年。東京都内で広告会社社長を務める男性Bさん(55)の元にある日、日本年金機構から電話がかかってきた。厚生年金と介護保険、健康保険の保険料について調査するという。

 Bさんは社員10人を雇用する広告会社P社のほか、Bさんが個人的に飲食店を経営しているQ社、R社の社長も務めている。P社で社員とBさん本人の社会保険料を納めており、「今までこんな連絡はきたことがなかったのに……」とつぶやいた。

 日本年金機構の担当者が調査当日、会社の源泉徴収簿などを確認。BさんはP社から毎月100万円、Q社、R社からそれぞれ毎月50万円を給与として受け取っていたほか、賞与も受け取っていた。また、Q社、R社では、それぞれフルタイムのアルバイト10人を雇っていた。そこで、日本年金機構の担当者がまず指摘したのは、Q社、R社を社会保険の事業所として届け出ていなかったことだ。社会保険は原則、法人や従業員5人以上の個人事業所に加入義務がある。

 また、厚生年金などが定める標準報酬の範囲内で、Bさんの3社合計の給与・賞与に対して保険料が計算される仕組みになっている。さらに、アルバイトでも所定の労働時間や労働日数を超えていれば、社会保険の被保険者となる。つまり、Q社、R社は社会保険料が未納の状態になっていた。厚生年金の保険料率は現在、給与・賞与の17・474%、健康保険は9・97%、介護保険は1・58%で、いずれも会社側と被保険者で保険料を折半して負担する。

 Q社、R社は結局、Bさんの厚生年金、健康保険、介護保険の合計で年間約40万円、アルバイトは全員40歳未満のため介護保険は適用外だったものの、厚生年金、健康保険の合計で年間約900万円の、計約940万円の保険料未納を指摘。時効にかからない過去2年分の保険料約1880万円の納付を求められた。Bさんは今さらアルバイトに保険料の負担をお願いするわけにもいかず、予期しなかったQ社、R社の資金繰りに一気に窮することになった。

 日本年金機構によれば、厚生年金の適用事業所数は現在約180万社ある。一方、厚生労働省によると、国税庁から提供された、源泉徴収している法人事業所は約250万社がある。厚生省はその差の約70万社強について「社会保険の加入逃れの可能性が高い」と判断。17年度までの3年間で集中的な加入指導に取り組む方針だ。マイナンバーに詳しい社会保険労務士松本力事務所(東京都中央区)の松本祐徳代表は「社会保険料は税金に比べ、納付の意識の薄い人があまりに多い。多額の保険料未納を指摘され、納付に困る会社も出てくるのでは」とみる。


 ◇非課税の「まやかし」


 財務省によると、国債など政府の債務は今年3月末時点で1053兆円。2013年6月末に初めて1000兆円を突破後も増加を続けている。経済協力開発機構(OECD)のデータでは、日本の政府債務は対国内総生産(GDP)比で14年、230%にのぼり(図)、先進7カ国(G7)ばかりか、OECD加盟34カ国中でも最も高い水準だ。政府は現在、今年6月末までに新たな財政健全化計画の策定作業を進めるが、実質2%以上、名目3%以上の高成長を前提としても、財政赤字の解消は難しい。

 とはいえ、当初は今年10月に予定されていた消費再増税(8%→10%)が、景気の落ち込みを理由に先送りされたように、消費増税もまた難しい。そこで、財務省がここ数年、力を入れ続けているのが、国民の所得・資産の把握強化や、富裕層や高所得者を中心とする相続税などの増税だ。今年7月からは、株式など有価証券を1億円以上持っている人を対象に、海外移住の際に有価証券の含み益に課税する「出国税」が始まる。シンガポールなど有価証券の売却益が非課税の国へ、富裕層が逃れるのを防止する狙いだ。

 そして、財務省が長年、国民の所得・資産把握の手段として渇望してきた「納税者番号制度」が、とうとう「マイナンバー制度」としてスタートする。中でも、預貯金口座へのマイナンバーのひも付けは、「国税当局にとっての、まさに“夢”」(国税関係者)。他人のマイナンバーを届け出ることはできず、名義預金や隠し口座などの存在を把握しやすくなるからだ。今国会で審議されている関連法が成立すれば、18 年から預貯金口座にマイナンバーが付けられる。預金者の告知は任意の予定だが、すでに義務化も検討されている。

 政府がもう一つ取り組んでいるのが、高齢世代から現役世代への資産の移転だ。総務省が5年に1度実施する「全国消費実態調査」によると、09年は資産総額のうち約6割を60歳以上が占める。高齢化に伴ってその比率は上昇を続けており、いまや相続の発生によって相続人が60歳以上になることも珍しくない。より若い現役世代への資産移転を促して経済を活性化させようと、13年4月から始まったのが、子や孫1人当たり1500万円までの教育資金の一括贈与を非課税とする制度だ。

 財務省が積極的にPRし、信託銀行などもこの非課税措置を利用した商品を開発。実際に信託銀行で商を申し込んだ人も少なくない。また、今年4月からは、結婚・子育て資金として子や孫1人当たり1000万円までの一括贈与を、同じく非課税とする制度もスタートした。ただ、大学の学費などの教育費は、必要な時にそのつど贈与するのであれば、もともと非課税だ。結婚や子育て資金も、常識の範囲内でそのつど贈与するならもともと非課税で、「まやかし」のようにも映りかねない。

 預貯金口座へのマイナンバーひも付けなど、関連法改正を審議する今年5月13日の衆院内閣委員会。プライバシー権侵害の懸念からマイナンバーの利用拡大に反対する日本弁護士連合会の坂本団・情報問題対策委員会委員長は「いくら口座にマイナンバーをひも付けても、脱税する人はその前提で手口を考えるため、悪質な脱税はなくならない。また、(資産の捕捉を嫌って)富裕層の海外資産移転がさらに進むだろう。結局、まじめに納税している人への徴税強化にほかならない」と意見陳述した。

 徴税の強化は、真綿で首を絞めるように進みこそすれ、弱まることは決してない。