2015年

6月

09日

全文掲載 編集長インタビュー 稲葉善治 ファナック社長 2016年6月16日特大号

 

 配当性向を引き上げるとともに、投資家との対話や関係を強化する姿勢を示したことで市場から好感されたファナック。方針転換の理由は。また、強さの秘密は。『週刊エコノミスト』6月16日号「2015年の経営者 編集長インタビュー」で紹介した稲葉善治社長のインタビュー全文を掲載します。


 ◇勝てるマーケットでしか勝負しない


―― 2015年3月期の業績は好調でした。

稲葉 15年3月期(が好調だったの)はスマートフォン(スマホ)の特需がありましたから。私どもはいつも最悪の状態を考えています。


―― スマホの特需の次にはどんな波が来ると考えていますか。

稲葉 私どもは一貫して60年間、同じことをずっとやっています。「製造業の自動化・ロボット化」に特化し企業活動を進めていくということです。その理由は、企業にとって健全な形で永続していくということが一番大事だと思っているからです。

 この永続性を確保するためには、勝ち続けなくてはいけないわけです。ですから、私どもは会社を大きくすることには興味はありません。要するに、永続性を確保するためには勝ち続けることが必要で、勝ち続けるためには企業体質を常に強化し、負けないような企業体質を実現していくということです。また、勝てるマーケットでしか勝負しない。

 製造業の自動化・ロボット化でしたら、絶対に勝てる。よく「これだけの技術があるのですから、どうしてサービスロボットやヒューマンロボットの分野に進出しないのですか」と聞かれますが、それは我々の分野ではない。勝てるチャンスもありますけれども、負けるリスクもあるわけです。我々の限られた経営資源を、研究開発にしても、分散させるということは、(企業として)弱くなってしまうということです。

 そういうわけで、我々は常に(経営資源を)絞り込んで企業活動をしているわけです。

 ですから、(次に)何かを狙うとかそういうことではなくて、地道に、とにかく製造業の自動化・ロボット化ということで企業活動を進めてきました。たまたまそこに、(15年3月期は)スマホの特需が飛び込んできたということです。我々も特需として見ていますから、社内では常にこの(スマホ特需によってかさ上げされた)数字を全部外した形で経営を進めています。

 

―― 今、ものづくりの新しい形として「インダストリー4.0」という流れがドイツを中心に出てきています。

稲葉 日本の提案で1987年にスタートした「IMSプログラム」は、国際プロジェクトでしたので当然ドイツも入っていましたが、(インダストリー4.0は)このIMSにITを加えた焼き直しですね。その中心人物の一人だったアーヘン工科大学のフリッツ・クロッケ先生がこの間(日本に)来られたので、「まさにIMSのITバージョンですね」という話をしたら、「definitely(確かに、その通り)」と即座に(答えていました)。

 

―― IMSは、簡単に言いますとどういったものですか。

稲葉 え、知らないのですか。こういうことを取材するのだったら…。経済を担当されていて知らないというのはちょっと不思議ですね。

 IMSは、吉川弘之先生(東京大学工学部長=当時)が提唱して1987年にスタートし、20年間続いた非常に大きな国際プロジェクトです(※編集部註=先進国のものづくりにおける共通課題の解決を目指して日米欧各国から1000以上の企業や研究機関が参加して勧められた国際共同研究プログラム。IMSは「インテリジェント・マニュファクチャリング・システム」の略)。今はNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の製造科学技術センターが継続しています。

 

―― インダストリー4.0がこのIMSの焼き直しということでしたら、日本が先行しているということですね。

稲葉 そうです。私はそう認識しています。

 

―― 製造業の自動化・ロボット化をとにかく手掛けていくということでしたら、世界中のものづくりが御社にとっては対象になると捉えてよろしいですね。

稲葉 そうです。

 

―― ですから、スマホ特需に浮かれない、と。

稲葉 そうです。(スマホ需要も)とにかくビジネスチャンスですから、目の前に来た以上は全力で対応します。でも、長く続くものではないという認識です。残念ながら。もちろん、続いてほしいのですけれども、続かないものとして考えておかないといけない。

 

―― 一方で、自動車分野はこれからどんどん伸びていくわけですよね。

稲葉 もちろんです。特に(数値制御〈NC〉装置などの)「FA」、(産業用ロボットなどの)「ロボット」、(小型切削加工機や電動射出成形機などの)「ロボマシン」の3部門のうちのかなりの部分が自動車産業に育てていただいた気持ちでおりますし、これからも我々にとって一番重要なマーケットであり、お客様であると捉えています。

 ◇当たり前のことを当たり前にやる

 

―― ファナックの強さの源泉はどこにあると考えていますか。

稲葉 「当たり前のことを当たり前にやる」ことを徹底しています。これは簡単なようで意外と難しい。企業を健全な形で継続していく、永続性を確保していくということは、企業にとっては当たり前のことです。そのためには手を広げずに、製造業の自動化・ロボット化にターゲットを絞って、そこに経営資源を集中していくということです。

 企業を大きくすることに重点を置き過ぎると勢力が分散してしまうので、結局は弱くなってしまう。我々もエンジニアなので、好奇心は旺盛ですから、「あれもやってみたい」「これもやってみたい」という気持ちはもちろんありますけれども、それをいかに抑え込んで必要な分野に絞り込むか。気持ちとしては、「あれもやりたい」「これもやりたい」ことでいっぱいなのですけれども、あえてそこは全部殺しています。

 

―― 研究開発については常にやっていくということですよね。

稲葉 研究開発は基盤です。私どもの社員の3分の1は研究開発(を担当している)。これでも少なすぎると考えています。まず当面は、できれば半分まで研究開発の人員の割合を(引き上げたい)。

 

―― 強さのバックボーンには、日本が持っている部品産業や裾野産業もベースにありますか。

稲葉 もちろん、あります。私どもだけでできることではないですから。日本の半導体、それからいろいろな部品、電子部品。そして素形材。特にモーターは、電磁鋼板とか、磁石とか、素形材の力は非常に重要です。例えばグリス、潤滑油ですね。それからベアリング(軸受け)。そういった基礎的な技術が日本はどれをとっても世界最高レベルです。私どもはそうした技術に当然支えられているわけです。ナブテスコやハーモニック・ドライブ・システムズの減速機もそうですね。こういったものがもし、無かったら、我々も手も足も出ない。

 

―― こうしたものをオーガナイズして、きちっとしたロボットにできる力も、またありますよね。

稲葉 そこはそれに特化していますから。

 

―― 技術者魂というか、余計なことをせずに研究開発を地道にやってきていることがそこにつながるという。

稲葉 (同席した左隣りの山口賢治副社長を見ながら)あとは製造も。研究所と一体になって、設計段階から一緒になって、自動化しやすい商品を徹底し、工場も自動化を進めていく。

 もともと山口(副社長)も開発の出身です。とにかくそういった形で(社員の)ほとんどが研究開発の出身者で運営しているわけです。ですから、事務屋なんて本当に珍しい。(権田与志広副社長「希少です」。)ファナックにおいては少数派です。

 

―― 16年4月には栃木県壬生町に約1000億円を投じた新工場が竣工する計画です。

稲葉 やはりマーケットに対する供給責任があります。この(山梨県忍野村の)本社地区はほとんど拡張余地がありません。今はNC装置の月産能力が2万5000台ですが、ぎちぎちまで来ている。

 今後は、中国がさらに伸びると思います。インドもそれに遅れていますが、必ず中国と同じか、それ以上の巨大マーケットになると思います。それからさらに遅れますけれども、アフリカ、特に南アフリカですね。その周辺6カ国でアライアンスを組んでいるように、あのあたりの製造業は相当成長してくると考えています。

 私どもとしては、そういったところに対する供給責任があります。でも今日、明日ですぐに工場を稼働できるわけではありませんので、壬生町に新しいマーケットに対する供給能力を確保するための工場の建設を開始することにしました。

 今、国内に32工場がありますが、これが(当社の工場の)全てです。

 

―― 国内にこだわっているというのは、先ほど言った日本の裾野産業の素晴らしさもありますか。

稲葉 もちろん、我々にとってのインフラが素晴らしいですね。それから、私どもは民生品ではありませんので、生産ボリュームは自動車や家電に比べたら3桁くらい小さい。そのため「地産地消」にはそれほどこだわる必要がない。(一般消費者向けの)コンシューマー商品でしたらボリュームも大きいので、マーケットの近くで生産するのはごく自然なことだと思います。でも、私どもにはそれほどのボリュームがない。

 (生産拠点を)かえって分散してしまうと、オーバーヘッド(間接費)ばかり増えてしまいます。コスト的には不利になると考えています。

 

―― 国内に工場を作れば雇用も増えるし、経済も活性化します。一方で、為替の問題についてはどう考えていますか。

稲葉 安定してもらうのが一番ですが、常にリスクとして考えざるを得ないと思います。ユーロ・円は1ユーロ=130~140円、ドル・円は1㌦=120円前後が理想です。これ以上(円が)高いと苦しくなりますし、これ以上安いと反動が必ずありますので、これくらいで安定してくれればうれしいです。

 

―― 円高になっても、対応できる体力はある。

稲葉 常にそうしようとしています。

 

 ◇ROEにはこだわらない

 

―― 最近では、株主資本利益率(ROE)重視ということが盛んに言われていますが、「一つの基準で見るな、高ROEは過小資本の裏返しだ」と言う人もいます。

稲葉 ROEには必ずしもこだわってはいません。先ほど申し上げたように、長期的な永続性が株主にとって一番のメリットだと思っています。ROEを急に拡大したり、見掛け上の数字だけでわっと注目されたりするようなことは望んでいません。(ROEは)あくまで結果だというように考えています。

 今は(スマホの)特需でわっと利益が膨らみましたから、ROEが瞬間的に16%になりましたが、これはあくまでも結果です。注目してほしいのは、どんな最悪の環境になっても、しっかり利益を上げることができる体質、そしてどういった経済環境に対してもしっかり対応できる強力な財務基盤が確保されているかどうかということです。こういったものをぜひ見ていただきたいし、(外部に)説明もしているつもりです。

 内部留保、手元資金が1兆円ということが先に歩き出してしまうのですが、これは理論とかそういうもので(弾き出したもので)はなく、私どもとしては健全な形での永続性と、最悪の場合を常に想定して「何が来ても大丈夫」ということを考えての準備資金というか。ですから、(内部留保を)これ以上現時点で積み増す必要はないと考えています。

 そういうことで、株主還元も内部留保が増えないような形で検討を開始していますし、その上で将来の成長、もしくは、強い経済体質をさらに確実にするための投資活動に十分な資金を残せるというような方針で経営を進めてきました。

 その結果としてROEが皆さんに納得していただけるようなレベルにあれば、それはそれでいいことだというように考えています。

 

―― 例えば、「貸借対照表(B/S)、損益計算書(P/L)、キャッシュフロー計算書の三つを見ているが、ROEは見ない」と言う経営者もいます。業態や経営によっても違いますよね。

稲葉 違います。それから会社の規模とか、対象とするマーケットによっても違います。ですから、それ(ROE)だけを注目していいのか、と。

 

―― 景気変動の影響を大きく受ける会社にとっては、キャッシュの準備は大事ですよね。

稲葉 常に。いつもそこ(景気変動の谷)に来ても、きちっと収益力を確保していく。そのためには、いろいろな手を打たなければいけない。その時になってどたばたしてもまずいわけです。

 

―― 4月27日には、利益に対する配当の割合を示す配当性向を30%から60%に引き上げ、16年3月期からの5年間で配当と自社株買いを合わせた総還元性向を平均80%に引き上げると表明しました。これは衝撃的で、ニューヨークの機関投資家の間でも「ファナックサプライズ」という言葉が出るくらい日本株を押し上げるムーブメントになっています。その直接のきっかけは。

稲葉 手元資金が1兆円近くになり、これ以上積み増す必要がないということと、それからやはり将来の投資に向けての資金を確保する必要がある。そのバランスを考えると、総還元性向を80%のレベルに持ってくると20%が手元に残るわけです。すると、年400億円くらい投資できる。我々の(会社の)規模では十分な(投資の)規模だろう、と。

 

―― しかも1兆円は確保できているわけですね。

稲葉 何かあった時に、例えばこの(スマホの)特需が来たときに、非常に速いスピードで生産設備を拡充しましたが、手元資金がなかったらできなかったわけです。

 

―― 配当性向を引き上げる決断は、米投資ファンドのサード・ポイントからの要望とは関係があるのですか。

稲葉 もともと内部留保がここまで来てしまっているので、対応しなければいけないということです。ただ、確認のために(保有株式の)上位20社を全部、山口(副社長)が中心になってインタビューしました。大筋の意見は、配当は大歓迎だということと、自社株買いはタイミングを見て、要するに、(株価が)高いときに買うのは愚かなことだという意見が大多数を占めていました。ですから、我々の方針も、ほとんどの株主の意向に沿っているなと確信を持っていたわけです。

 

―― 4月1日に「SR(シェアホルダー・リレーション)部」を作ったことも市場から評価されました。投資家の反応はいかがですか。

稲葉 これは山口(副社長)にお願いしたい。

(山口副社長「世間ではそれほどまだ一般的ではないようですが、機関投資家の方たちとも話し合いを始めたばかりです。このように対応することについては好意的に受け取ってもらっています。軒並み歓迎いただいて、という感触です」)

(権田副社長「ちょうど『コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)』もやっていますし」)

 

―― 社外取締役として、三菱重工の佃和夫相談役とエア・ウォーターの今井康夫社長を招聘した狙いは。

稲葉 もともとお付き合いもありましたし、役員会でも活発にいろいろなご意見を出してもらえると考えました。私どものように狭い分野のことしか知らない集団にとって、グローバルな広い知見を新しく得られるのではないか、と。二人とも人柄も素晴らしいですし。

 

―― 永続性を考えた場合に、例えば売上高営業利益率は絶対に4割を下回りたくないといったようなことなど、何か指標はありますか。こだわりというか。

稲葉 営業利益率は、実現は難しいけれども、不可能ではないというレベルを目標にしています。というのは、目的は企業体質を強化することですから。

 現在は(スマホの)特需があるから40%と言っていますが、実は以前は25%と言っていました。歴史的には25%が30%になったりしたこともあります。その時点の状況に合わせて目標を決めていますから、40%や35%というのは絶対的な数字ではありません。

 我々としては、「厳しいな」という数字を目標にしています。(数字を掲げる)目的は、体を鍛えるのと同じように、企業体質を強化することです。この目的を忘れてしまうと、単に利益ばかり追求したり、財テクに走ってしまったりしてろくなことにならない。

 

―― ファナックのような企業があって、それを支える裾野産業もある日本は、まだまだ大丈夫と安心する部分もありますが、日本のものづくりの将来についてどう見ていますか。

稲葉 日本にとって製造業で食べていくことが一番望ましい選択肢だと思います。資源もないわけですし。もちろん、農業の合理化も今後日本の将来にとって重要な課題だと思いますが。

 

―― ファナックの製品を一度使ったユーザーは、あまり他社製品には変えないと聞きます。10年後、20年後の償却時点で「次もやはりファナックの製品がいい」という形になるのが理想ではないですか。

稲葉 そう思っていただけるように。それが私どものゴールですから。

 

 ◇社員は強引にでも休ませたい

 

―― 社長も役員も、土日も辞さずに働くと聞いたことがあります。

稲葉 それは自慢することではありません。今後はむしろ強引にでも休ませようと思っています。

 

―― 従業員の皆さんに日ごろ伝えているメッセージはありますか。

稲葉 会社の仕事としては「指示待ち人間にならないように」と。我々は(社会の)歯車の一つですけれども、受動側ではなく、能動側に。要するに、「自分から動け」ということです。とにかく、「自分で考えて自分で動け」と。みんな優秀ですから、言ったことに対しては全然問題ないのですが、やはり優等生のお利口さんばかりでは企業としては全然使い物になりません。自分で考えて自分で動いて、そういった能動的な、ポジティブな考え方が必要だと思います。

 生活面では「濡れ落ち葉」にならないように、とにかく自分の人生を楽しめるような生活を送ってほしいと思います。家族も、もちろん自分自身もエンジョイできるものを持ってほしいと思っています。

(Interview 金山隆一・本誌編集長、構成=池田正史・編集部)