2015年

6月

16日

ワシントンDC 2015年6月16日特大号

 ◇暴かれたビンラディンの実像 影響力の低下に悩んだ晩年


及川正也

(毎日新聞北米総局長)


歴史の真実は、薄いセロハンを一枚一枚はぐようにして、少しずつ見えてくるものだ。やっかいな作業だが、真実に迫る過程では多くの意外な事実と遭遇することがある。

 ニューヨークの世界貿易センタービルとワシントン郊外の国防総省などを標的とした前代未聞の航空機テロ攻撃を指揮したウサマ・ビンラディン容疑者。全世界を震撼させた2001年米同時多発テロの首謀者の晩年の実像は、国際テロ組織アルカイダを率い、反米イスラム過激派の頂点に君臨した「権力者」の姿とは、ほど遠かった。

「残念だが、現場はひどく混乱している。我々は、私が『にせの指揮官』と呼ぶ正当性のない部局や同盟に苦しめられている」「彼らは命令を拒否し、聞く耳を持たず、配置された場所にとどまることに背き、自分が頭だと主張している」

 米政府の情報機関トップ・国家情報長官室が5月20日に公表した、ビンラディン容疑者が残した100通以上の書簡やビデオメッセージには、アルカイダの内輪もめ、命令に従わない分派組織への不満や失望がつづられていた。いずれも11年に、同容疑者が潜伏していたパキスタンの邸宅を米特殊部隊が急襲し、殺害した際に押収したものだ。


 ◇内部分裂状態だった


 ビンラディン容疑者の求心力の低下ぶりは、07年5月にスンニ派のイスラム過激派組織が同容疑者に宛てた手紙にも出てくる。シリアとイラクで勢力を広げるイスラム過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)の源流である「イラクのアルカイダ」が命令を無視して、同じイスラム教徒を攻撃し「大惨事を招いている」と指摘。「今年は戦線を立て直す最後のチャンスだ」と影響力の行使を懇願している。だが、イラクのアルカイダは増勢し、内部対立を激化させ、後に離脱に至る。

 別の書簡では、ビンラディン容疑者が米軍の無人機攻撃について「敵(米軍)に大きな利益をもたらしており、(アルカイダの)多くの兵士や指導者を殺害している」とし、「これこそが我々を悩ませ、疲弊させている」と危機感を募らせている。

 ビンラディン容疑者が10年暮れに書いたと見られる書簡では、「祝福された攻撃からの10周年を心待ちにしている」とする一方で、潜伏先の邸宅を世話している人たちが「疲労の限界に達し、我々は出て行くよう求められている」と明かしている。一時、移動を検討していたことを示すが、結局転居せず、急襲を受けた。

 ビンラディン容疑者の殺害は、アフガニスタンを対テロ戦争の主戦場に位置付けたオバマ米政権にとって、最大の「成果」のはずだった。だが、時すでに遅し。ビンラディン容疑者の力は衰え、現在のISが台頭する時期に重なっていた。米軍撤退後のイラクは再び混迷し、中東は新たな混乱の渦中にある。

 米メディアの中には、IS攻撃でアラブ諸国など有志連合の足並みがそろわず、苦闘するオバマ政権に対し、「ビンラディンを参考にすればいい」という皮肉めいた論評もある。また、調査報道で知られるセイモア・ハーシュ氏が、急襲はパキスタンとの共同作戦だったと主張(政権は否定)し、物議を醸した。

 書簡などの公表は、昨年、成立した法律に基づく措置だ。多くの情報を国民が共有することで、対テロ戦争への賛否の議論が深まり、理解が進んだり、批判が起きたりする。

 書簡はビンラディン容疑者の人物像を赤裸々に描写した。同時に、この書簡公表に、米国の健全な民主主義の一側面を見た気がした。