2015年

6月

23日

企業統治:トヨタ発行の新種類株式 2015年6月23日号

 ◇日本流「企業統治改革」の一歩


加谷珪一

(経済評論家)


 トヨタ自動車が個人投資家向けに新しいタイプの種類株式を発行しようとしている。中長期的な視点を持った投資家層の開拓が目的と言われるが、このタイミングでわざわざ種類株式を発行する背景には、もう少し切実な事情がある。


 ◇株主の入れ替えに


 トヨタは2015年4月28日、「AA型種類株式」という名称の新しい種類株式を発行すると発表した。種類株式とは普通株式とは異なる権利を持つ優先株の一種だ。

 AA型種類株式は議決権はあるが、非上場で5年間は譲渡や換金ができないという制限が付く。5年を過ぎた段階で、普通株式に転換するか、トヨタに買い取りを請求するのか選択できる。取得した時点よりも、もし5年後にトヨタ株が値上がりしていれば、値上がり益を享受できるし、値下がりしていた場合でも、発行価格と同額の買い取りを請求できる。

 5年後にトヨタが経営危機に陥り、買い取りに応じられないという可能性は極めて低いと思われるので、実質的に元本保証された商品と考えてよいだろう。ただし、発行価格は普通株の価格よりも高く設定されるため、普通株ほどのキャピタルゲイン(値上がり益)は得られない。

 また、一定の制限はあるものの、配当も付く。初年度は0・5%と低く抑えられているが、翌年度以降、5年目まで0・5%ずつ段階的に増加していく仕組みだ(5年目以降は2・5%)。現在、トヨタの普通株式における配当利回りは2%程度なので、5年後の配当性向次第では、インカムゲイン(配当所得)という点でも有利な商品になっている可能性がある。

 5年間は流動性がないという欠点はあるが、投資家にとって魅力的な商品であることは間違いない。発行価格は未定だが、単元株数が普通株式と同じ100株であることなどから、一般的な個人投資家でも手が届く範囲の金額となるだろう。6月5日の終値なら、84万7000円が最少投資価格となる。実際に発行された場合には、高齢者など安定志向の強い投資家層を中心にかなりの人気商品となることが予想される。

 トヨタは種類株式発行の理由として、中長期的な研究開発投資サイクルに合わせた資金調達手段の確保と、これに合致した新しい株主の開拓をあげている。

 しかし、トヨタほどの信用力の高い会社であれば、相当な低金利で資金を調達することが可能であり、わざわざ個人投資家向けに好条件を提示してまで、資金調達する理由は乏しい。また、同社はAA型種類株式発行と同時に、ほぼ同数の自己株式の取得を行うことも明らかにしている。新たに種類株を発行して資金を調達するものの、その資金は自己株式の取得に回ることになるので、結果的に株主の入れ替えを行っているだけという見方もできる。

 一連の状況を総合的に考え合わせると、種類株式を発行する本当の理由は、グループ企業間の持ち合い解消の受け皿である可能性が高い。

 では、なぜこのタイミングでトヨタは持ち合い解消を急ぐ必要があるのだろうか。背景にあるのは、安倍晋三政権が進めるコーポレートガバナンス(企業統治)改革である。


 ◇持ち合い解消手段


 安倍政権は、成長戦略の一環としてコーポレートガバナンス強化策を矢継ぎ早に打ち出している。5月に施行となった改正会社法では、上場している大企業が社外取締役を設置しない場合、なぜ社外取締役を設置しないのか理由の説明が求められるようになった。これは事実上の社外取締役設置義務と考えてよい。

 政府の動きを受け、東京証券取引所は、上場企業の企業統治の指針である「コーポレートガバナンス・コード」を策定し、東証1部と2部に上場する企業に対する新ルールの適用を6月から開始している。新ルールでは日本独特の慣行として、しばしば問題視されてきた株式の持ち合いについて、一定の歯止めをかける仕組みが設けられており、これまで以上に持ち合いが許容されなくなっている。

 投資家サイドの状況も大きく変化した。公的年金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は従来の姿勢を転換し、企業に対して株主価値の最大化を強く求めていく方針を明らかにしている。

 トヨタは、グループ企業間でかなりの株式を相互保有している。トヨタの株式のうち6・5%は豊田自動織機、2%はデンソーが保有。一方、豊田自動織機の筆頭株主はトヨタで、23%以上の株式を保有している。デンソーやアイシン精機といったグループ各社も似たような状況だ。

 これまで、グループ各社による株式の持ち合いは、賛否両論がありながらも、日本型ガバナンスの有力な手段として機能してきたが、今回の改革でその継続は事実上、困難になってしまった。

 トヨタは世界を代表するグローバル企業であり、あらゆる投資家に対して高い説明責任が求められる。一方で同社は、日本型経営の頂点を極めた会社でもあり、日本企業なりのガバナンスを追求したいとも考えているはずだ。今回の種類株式発行は、日本型経営とグローバル経営という連立方程式に対する同社なりの解答なのかもしれない。


 ◇経営の独立性も確保


 実は、今回の種類株式発行には伏線がある。それは3月に発表した同社の新しい役員人事である。今回の人事では、取締役会のメンバーが大きく入れ替わっている。株主総会後に発足予定の新体制は、ガバナンスのあり方を強く意識したものだ。社内から取締役に就任するメンバーは、1人を除いて全員が代表権を持ち、より全社的な視点で取締役会に参加するという方針が明確になった。代表権を持った人物に取締役を限定することで、各取締役がより対等な立場で客観的に経営判断を下すことを狙っている。

 米国などで見られるようなCEO(最高経営責任者)以外は、全員社外役員という体制ではないが、経営と執行の分離が曖昧になりがちな日本企業の標準的な役員構成を基準にすれば、経営の独立性は高まっている。この役員人事と種類株式の発行はセットであり、社外役員と不特定株主の存在を前提とした欧米型ガバナンスに対するトヨタとしての考え方を示したものと見てよいだろう。

 社内昇格者中心の構成を維持しながら、十分なガバナンスを確保しようという新しい役員人事と、種類株式を受け皿とする持ち合いの解消は、今後の日本企業における一つのプロトタイプとなる可能性がある。これを単なる折衷案と見るのか、諸外国を納得させられる高度な日本流ガバナンスと見るのかについては、意見が分かれるかもしれない。

 種類株式発行に対しては、すでに反応が出ている。米国の議決権行使助言会社の中には、反対票を投じる方針を明らかにする一方、賛成票を投じるとしているところもある。今回の資本政策に関する最終判断は、株主総会に委ねられることになるが、長年膠着(こうちゃく)状態が続いてきた日本企業のガバナンスのあり方が、分岐点に差しかかっていることだけは間違いないだろう。