2015年

6月

23日

特集:商社の下克上 2015年6月23日号

 ◇「稼ぐ力」で劣る伊藤忠の乾坤一擲


中川 美帆(編集部)


「久々に、胃が痛とうなったわ」──。

 豪放磊落な性格で知られる伊藤忠商事の岡藤正広社長が、苦笑いしながらこう漏らす。伊藤忠とタイ最大財閥チャロン・ポカパン(CP)グループによる、中国最大の国有複合企業CITIC(中国中信集団)の中核子会社への1兆2040億円に上る巨額投資を決断した時のことだ。

 伊藤忠の出資額は、連結自己資本の25%に相当する約6000億円。1月下旬の発表直後、財務体質の悪化を懸念する指摘が格付けアナリストをはじめ、市場関係者から続出した。だが、この決断は伊藤忠にとって、18年3月期に純利益4000億円を達成し、三菱商事、三井物産の「財閥系2強」を凌駕するために不可欠な「起爆剤」だ。伊藤忠の乾坤一擲である。

 2015年3月期は総合商社に強い逆風が吹き、業界地図を塗り替える決算となった。三菱商事、三井物産、伊藤忠、丸紅、豊田通商、双日、住友商事の総合商社7社の最終的なもうけを示す純利益ランキングで異変が起きたのだ。

「商社御三家」の1社だった住友商事が赤字となり、最下位に転落。一方で、伊藤忠は3005億円(前期比22・5%増)と躍進し、3064億円(同12・5%減)の三井物産に肉薄した。


 ◇資源安が直撃


 ランキングを狂わせたのは、石油や鉄鉱石など資源価格の急落だ。

 近年の総合商社は、資源や穀物などの売買を主とするトレード中心から、資源そのものの権益を買う事業投資中心のビジネスモデルに転換。投資額が数千億円単位と大きくなる傾向にある。

 この転換は、中国など新興国の需要増による資源ブームで吉と出た。08年のリーマン・ショック後に他の業界が沈むなか、商社は高い利益水準を謳歌した。

 ところが15年3月期は、中国の経済成長の鈍化やサウジアラビアの原油増産などを背景に、資源価格が大きく下落。直撃を受けた商社は、減損損失が大きく膨らんだ。

 ただし、資源関連で減損を計上したのはどこの商社もほぼ同じ。明暗を分けたのは、資源の減損を補う事業が育っていたかどうかだ。

 その点、伊藤忠は「非資源商社ナンバーワン」を掲げ、生活産業や機械を強化。三菱商事も海外発電事業などに着々と手を打ってきた。これらが実を結び、15年3月期の非資源の純利益は、伊藤忠が3172億円、三菱商事が3145億円となり、ともに史上最高を記録した。双日は好調な中古航空機の販売事業などが寄与した。

 この結果、7社のうち三菱商事、伊藤忠、双日の3社が純利益増益を果たした。

 対して、住友商事や三井物産、丸紅は、資源関連の減損を補うだけの事業がなく、15年3月期は期初計画を下方修正する羽目になった。

 資源価格の低迷が当面続く見通しのなか、次の稼ぎ頭をどうするか。各社が目指すのは、非資源分野の強化だ。この数年間の純利益を見ると、資源が減って非資源が増える傾向が明らかになっている。


 ◇物産、住商の反撃


 純利益に占める資源の比率が他社より高い三井物産は、インドネシア港湾、ブラジルの旅客鉄道などで強みを生かしつつ、食料・農業や病院事業にもチャレンジ。経営資源を特に集中させる方針だ。4月に就任したばかりの安永竜夫社長は「環境が当初の想定から悪化した時、コントロールできる部分が大きい案件でないと変化に弱い。自分たちで切り盛りできる分野を探し、弱い分野でも収益基盤を構築する」と力を込める。さらに、モザンビークの液化天然ガス(LNG)事業など、今後数年内に収益貢献する見込みの案件も複数あり、これらの現在価値は新中期経営計画を公表した14年時点で1兆円に上る。

 住友商事の中村邦晴社長は、資源の損失に反省しきりだが、挽回に向けて前向きで、今後の計画を生き生きと語る。5月に発表した新中期経営計画では、3年間で1兆2000億円を投資する方針を示した。このうち約7割、8200億円を自動車・輸送、社会インフラ、生活・情報産業の3分野に集中させる。

 同社は、ケーブルテレビ大手ジュピターテレコム(JCOM)など強みのある非資源事業を持っている。これらも生かし、創立100周年となる20年3月期に向け、連結純利益4000億円以上を目指す。

 特に非資源に積極的なのが伊藤忠だ。その象徴が、14年のCPグループとの資本・業務提携と、CITICへの出資である。

 CITICといっても日本ではなじみが薄いが、実は中国では大きな存在感がある。その中核企業、CITICリミテッド(香港上場)が、

伊藤忠とCPグループの出資先だ。CITICリミテッドの総資産は約80兆円に上り、傘下には、中国1位の証券、信託会社などの金融業のほか、不動産、建設、資源、製造業などを持つ。

 中国リスクに加え、出資額6000億円の集中リスクを危ぶむ声もあるが、岡藤社長は「むしろ6000億円をいろいろな中国企業に投資するより、まとまっているからマネジメントしやすい」と断言する。「CITICへの投資は、お金をキャッシュで持つか、優良資産という株で持つかの違いだけ。CITICのPBR(株価純資産倍率)は1倍を割っている。5年後の株価は2倍にはなる。取り込み利益は3年後に700億円だ。加えて、CITICの資産価値が上がる。最悪の場合、売ったらいい。国有企業で上場しているので、買いたい所はいくらでもある」(岡藤社長)

 出資発表の直後に厳しかった市場の見方も、CITICの概要が明らかになるにつれ、「中国政府の強いサポートが見込める」(アナリスト)と態度を軟化させている。伊藤忠の株価はこの5年間で1・9倍になり、5月に終値で最高値を更新した。18年3月期に60円の配当を目指す方針を示したことも好感された。


 ◇群雄割拠


 ただし、現状における伊藤忠の「稼ぐ力」は、まだ劣る。15年3月期の基礎営業キャッシュフロー(営業資産と負債の変動を除いた営業キャッシュフロー)は、三菱商事と三井物産の6000億円超に対し、伊藤忠は4000億円と、大きく水をあけられたまま。EBITDA(税引き前利益に特別損失、支払利息、減価償却費を加算した値)でも同様だ。

 このため伊藤忠は、CP、CITICとの共同事業にまい進する。社内で各部署から精鋭を集めてCP・CITIC戦略室を立ち上げ、現在、20件ほどの共同事業を検討している。

 さらに5月27日には、CPグループの謝国民会長、CITICの常振明董事長、岡藤社長の3人が東京に集い、第1回目の戦略協業会議を開催。さまざまな案件について、協業の可能性と方法を議論した。この3社会合とは別に、伊藤忠はCPと3~4カ月に1回のペースで、日本、香港、タイで会合を重ね、4月には両社から約35人ずつ、総勢約70人が伊藤忠の東京本社に集結した。

 16年3月期は各社の計画通りなら、伊藤忠が純利益で三井物産を抜いて2位に浮上する。

 資源安によって商社の業績は、良質な資源権益の有無に左右されづらくなり、下位商社が上位に食い込むチャンスが到来した。

 この中で強い戦略を持って、勝ち残るのはどこなのか。特集で明らかにする。