2015年

6月

30日

特集:今そこにある財政危機 2015年6月30日特大号

 ◇“上げ潮”一色の諮問会議 不確実な成長頼みの危うさ


桐山 友一

(編集部)


 2015年は日本の財政健全化の帰趨を決した年として、後々まで記憶されることになるかもしれない。

「18年度にプライマリーバランス(PB=基礎的財政収支)赤字の対GDP(国内総生産)比1%目安ということが、一番大きな縛りになっていく」──。

 今年第9回目となる政府の経済財政諮問会議を終えた6月10日、甘利明経済再生担当相は記者会見で、20年度のPB黒字化という財政健全化目標に向け、18年度に「PB赤字の対名目GDP比1%」という新たな中間目標を設ける意義を強調した。この日の諮問会議では、政府の経済財政運営の指針「骨太の方針2015」の骨子案を議論。その骨子案に中間目標を盛り込み、6月末をメドに「骨太の方針」として策定する。

 しかし、目標実現に向けたハードルは高そうだ。内閣府が今年2月に示した「中長期の経済財政に関する試算」では、名目GDP成長率が3%以上、実質GDP成長率2%以上の「経済再生ケース」でも、20年度に対名目GDP比で1・6%の赤字、金額にして9・4兆円もの赤字が残る。実質成長率1%弱の「ベースラインケース」では、対名目GDP比3%、金額で16・4兆円の赤字に拡大する見通しだ。

 諮問会議ではここまで、経済再生ケースが議論の土台となってきた。しかし、明治安田生命の小玉祐一チーフエコノミストは、経済再生ケースの前提を「バラ色のシナリオだ」と厳しく見る。例えば、経済再生ケースでは、経済成長の要素の一つである全要素生産性(技術革新など)の上昇率が、20年代初めにかけて現在の水準(1・0%)の2倍以上に当たる2・2%へ上昇するとして試算しているからだ。また、08年のリーマン・ショックで世界経済が激震に見舞われたように、景気の動向自体も水物だ。


 ◇消費増税ショック


 仮に経済再生ケースの想定通りになっても、なお巨額のPB赤字が残る。だが、「骨太の方針」骨子案では、診療報酬や地方交付税制度などさまざまな「歳出改革」策をうたう一方、具体的な金額を盛り込んだ歳出の抑制策は示さなかった。背景には、歳出の一律カットに対する政府の苦い記憶がある。小泉純一郎政権は06年、社会保障費の自然増を年2200億円削減すると決め、社会保障の質の低下を懸念する医師会や高齢者などの猛反発を受けた。

 そこで今回は、新たに16~20年度を対象とする「経済・財政再生計画」を策定し、具体的な歳出・歳入の一体改革を打ち出すことにした。特に、18年度までの3年間を「集中改革期間」として取り組み、その達成度合いを測る目安として18年度の「PB赤字対GDP比1%」を位置づける。しかし、肝心の具体策はこれからで、短期間でどの程度の効果を上げられるのかも不透明だ。

 不確実性を上げ潮で解消すべく、安倍政権を成長重視路線へ駆り立てているのは、「消費増税ショック」に対するトラウマだ。安倍政権は昨年4月、消費税率を5%から8%へ引き上げたが、国内消費の深刻な落ち込みに直面。特に、14年7~9月期は予想に反して2期連続のマイナス成長となり、今年10月から予定していた消費税率の再引き上げの先送りを安倍首相に決断させた。

 こうした消費増税による景気の落ち込みを事前に恐れていたのが、ほかでもない安倍首相自身だ。消費増税前の13年中には、専門家を招いて景気の「点検会合」を開き、当時の諮問会議でも議題として検討していた。しかし、圧倒的に消費増税支持の意見が多数を占め、諮問会議メンバーの黒田東彦・日銀総裁も「消費税率が予定通り引き上げられた場合でも、基調的に潜在成長率(0%台)を上回る成長を続ける可能性が高い」と発言。2%のインフレ目標実現に自信を示していたほどだった。

 それが、フタを開ければまったく逆の結果となり、安倍首相は「景気に対する専門家や周囲の見立てに相当な不信感を持っている」(政権関係者)。とにかく成長重視の上げ潮路線一色で今回の「骨太の方針」策定に臨むことになったのは、なんとしても再びの消費増税ショックを避け、安倍首相の信頼を回復する必要もあったといえそうだ。

 そうした成長重視の見方が諮問会議で端的に現れたのは、成長に伴う税収の伸びの見通し。内閣府の中長期試算では、国と地方の税収はベースラインケースで20年度、15年度に比べて11・3兆円、経済再生ケースで22・4兆円の上積みを見込むが、今後の経済成長の過程では、「プラスアルファ」の税収増が見込まれるとの見方が示された。しかし、BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは「ただでさえ高い経済再生ケースの前提に、さらなる税収増を見込むのはダブルカウントだ」と批判する。


 ◇雪だるま式の悪循環も


 財務省によれば、15年度の公債発行残高(建設国債、赤字国債)は過去最高の807兆円に達する。それでも利払い費が過去、増えてこなかったのは、金利が低下し続けてきたからだ。しかし、金利の低下余地は着実に少なくなり、06年以降は利払い費が増加傾向をたどる。現在は日銀が大量の国債を購入する金融緩和によって、長期金利を0・5%前後の低水準に抑え込み、辛うじてこの状態を保っている状態だ。決して永続するものではない。

 実際、日銀同様に欧州中央銀行(ECB)が金融緩和を進めるユーロ圏の優等生で、今年4月に一時0・05%を下回っていたドイツの長期金利は6月に一時1%超まで急騰した。この動きが波及し、日本の長期金利も6月に一時、約9カ月ぶりの高水準に上昇した。マクロ政策に変動はなくても、市場の思惑で金利が振れることを実証した形だ。

 経済成長による好循環を志向するアベノミクスは、海外発のショックや天災があると、目算が狂う。景気回復が足踏みすれば、歳出削減に抑制的だっただけに、財政悪化に歯止めをかけにくい。金利上昇で債務が雪だるま式に膨らみ、財政出動の余力も失い、財政危機が加速する悪循環を招くリスクをはらんでいる。

 こうした諮問会議の姿勢に対し、自民党財政再建特命委員会の委員長を務める稲田朋美政調会長は「(成長を当てにした)雨ごいで黒字を達成させるような話ではなく、きちんと道筋を立てていくのが責任だ」と反発を強める。今年2月の諮問会議では、日銀の黒田総裁が日本財政の信認低下によるリスクを主張した発言を巡り、その多くが会議後に後に公表された議事要旨から削除されたことも明らかになった。

「骨太の方針」骨子案では、一度先送った消費税率の再引き上げについて、「経済環境を整える中で、17年4月に実施」と、あえて注釈を付けて明記した。裏返せば、経済環境を整えられなければ、消費税率再引き上げの見送りもありうるとも読め、市場関係者の間には今、少しずつそうした認識が広がりつつある。日本の財政健全化は達成可能なのか。懸念は日に日に高まっている。