2015年

7月

14日

〔ワイドインタビュー〕チェ・ゲバラの甥=マルティン・ゲバラ、文筆家 2015年7月14日号

 ◇「チェ・ゲバラのことは今も尊敬しています」

 ◇「カストロ兄弟にはうんざり。米国と国交正常化したら、資本主義者を解放してほしい」


 1959年のキューバ革命の立役者だったアルゼンチン出身の革命家、チェ・ゲバラ(1928~67)は、今も革命や反骨精神のアイコンとして世界で英雄視されている。甥のマルティン・ゲバラ(52)は、伯父のことを尊敬するものの、キューバ政府には批判的だ。(聞き手=谷口健・編集部)


── 甥(おい)ということは、親の兄弟がチェ・ゲバラだったのですか。

ゲバラ 父の一番上の兄が、エルネスト(チェ・ゲバラの本名)でした。エルネストの下には、長女のセリア、次男のロベルト、次女のアナ・マリア、そして父のフアン・マルティンがいました。末っ子の父とエルネストの年齢差は15歳ありました。

── 父親とチェ・ゲバラはどんな関係だったのですか。

ゲバラ エルネストにとっては子どものような存在だったようです。父は学校に行く前に服を着せてもらったり、頭を洗ってもらったり、よく遊んでもらったりしていたそうです。二人の関係はとても親密でした。そのためだと思いますが、私の父はエルネストの考えをほぼすべて吸収しました。エルネストが1967年にボリビアで死んだ後も、家族で革命の戦いを続けて捕まったのは父だけでした。


 マルティン・ゲバラ氏は、1963年にアルゼンチンで生まれた。その後、10歳から10年間と、22歳からの2年間キューバに住んだ。2014年に、そのキューバ時代の12年間を回想した『A la sombra de un mito(ある神話の影で)』という本を出した。キューバ政府に批判的な内容もあり、亡命キューバ人の多い米国で英訳版も出した。


── なぜこの本を書こうと思ったのですか。

ゲバラ センセーショナルなキューバ批判本は書かないことに決めていました。米国の出版社からは批判本を書くように勧められましたが、フィデル・カストロ(前国家評議会議長)や、ラウル・カストロ(現国家評議会議長でフィデルの実弟)についてゴシップを書くのは不名誉なのでイヤでした。ただ、記録として自分が体験したことは残したいと思いました。チェ・ゲバラという「神話」の下で、キューバ革命についてのウソも批判したかったのです。

── 今のキューバは激変しています。08年にラウル・カストロ政権になり、小売りなどの商売を一部認めたり、大規模な港を整備したり、資本主義を少しずつ取り入れようとしています。それでもダメでしょうか。

ゲバラ 今のラウル議長は、実用主義的にいろいろ取り組んでいるのは理解できなくはありません。フィデルのようにやっているとキューバ国民全員が死んでしまうか、みんな命をかけて泳いで米国に亡命していたでしょう。

 ただ、フィデルもラウルも現在まで55年間も政権トップに居続けています。その間、米国と対立し続け、キューバ国民から土地を奪い、資本主義を奪い、零細企業までを国営化してきました。55年たった今、一転して米国と友達になって、キューバを外国に売りに出して、資本主義を取り入れるのですか。...