2015年

7月

21日

ワシントンDC 2015年7月21日特大号

 ◇白人優位の象徴「南軍旗」で波紋

 ◇南北戦争終結から150年


及川 正也 (毎日新聞北米総局長)


 奴隷制廃止を訴えるリンカーン米大統領が、南部連合軍に包囲されたサウスカロライナ州チャールストン沖のサムター要塞(ようさい)への食料補給に踏み切ったのは、1861年4月。この要塞は、南部7州による連合国が結成されても連邦軍への忠誠を誓い、大統領就任式で合衆国国旗「星条旗」が掲げられた、数少ない南部の軍施設だった。

 だが、補給船は南軍の砲撃で撤退を余儀なくされ、駐留部隊も要塞を明け渡した。城壁に掲げられた星条旗は降ろされ、制定されたばかりの南部連合国旗が掲げられた。ピケンズ知事は誇らしげにこう言ったという。「星条旗を史上初めて平伏させた」。この発言が合衆国の愛国心に火を付け、米国は内戦へと陥っていく──。

 激戦の末に合衆国が勝利した南北戦争(~65年4月)開戦の伏線には、「旗」への愛着と憎しみがあった。終戦から150年。南北戦争の火ぶたが切られたチャールストンでは今、その「旗」を巡る人種差別論争が再燃している。

 発端は、6月17日、チャールストンの黒人教会で21歳の白人男性が銃を乱射し、礼拝中の若者から老人まで信者ら9人が死亡した事件。米メディアは、逮捕されたディラン・ローフ容疑者が乱射前に「(黒人が)この国を乗っ取ろうとしている。出て行け」と言ったり、以前にも「黒人を撃つ」などと発言していたとの証言を報道。米司法省も人種差別に基づく「憎悪犯罪(ヘイトクライム)」として捜査しているが、騒ぎが大きくなったのは、南軍旗を持ってポーズをとる容疑者の写真がインターネット上で拡散したことだ。

 62万人という米史上最悪の犠牲者を出した南北戦争。特に南部には、南軍旗に戦没者慰霊や郷土愛を見いだす人がいる。今も州議会議事堂に南軍旗が掲げられている渦中のサウスカロライナ州では、ヘイリー知事が「撤去すべき時だ。つらい歴史を蒸し返す必要はない」と訴えた。


 ◇旗あしらう商品を撤去 


 偶然だが、事件翌日の6月18日、米連邦最高裁は、南軍旗をデザインした車のナンバープレートの発行について、「南部テキサス州が発行を拒否することは、憲法修正第1条の表現の自由を侵害しない」との判決を下した。南軍旗のナンバープレートは南部を中心に9州で発行されているが、今後は発行禁止も許可される。この中の一つ、バージニア州のマコーリフ知事は、南北戦争中に連合国の首都だったリッチモンドでの記者会見で早速、発行中止を表明した。

 余波は経済にも広く及んだ。小売り大手のウォルマート、シアーズ、インターネット通販大手の米アマゾン、イーベイなどが南軍旗をあしらった商品の販売中止を相次いで決定。イーベイは「(南軍旗は)不和と差別の象徴になった」と説明した。ウォルマートは「人を不快にさせる商品は提供しない」との声明を出した。

 独立戦争後の米英戦争から生まれた米国国歌は、自由と勇気の地にひるがえる星条旗をうたった。サムター要塞に掲揚された当時の連合国旗は、南部陸軍が使い始めた南軍旗とデザインが違うが、人種差別の源流となった。

 白人男性による銃乱射事件から9日後の6月26日。オバマ米大統領がチャールストンでの追悼式で静かに歌い、参列者が声を合わせた賛美歌「アメージング・グレース」。誰もが口ずさむことができるほど有名なこの歌は、「抑圧と支配」(オバマ氏)に虐げられてきた黒人の心の支えとして受け継がれてきた鎮魂の歌だ。

 今も残る人種的亀裂の深さに直面する度、和解や癒やしがまだ道半ばなのだとつくづく感じる。