2015年

7月

21日

特集:円高が来る 2015年7月21日特大号

Bloomberg
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 ◇中国、ギリシャ、米国利上げ

 危機連鎖でマネーのリスク回避


谷口 健(編集部)

 

「ニューヨークのヘッジファンドが『セプテンバー(9月)リスク』を気にしている」──。

 国内外の市場に詳しいマーケット・アナリストの豊島逸夫氏は、最近の海外投資家の動向をこう語る。


「セプテンバーリスク」とは、中国株の下落、ギリシャ債務問題、米国の利上げという三つのリスクが、9月に向けて一気に共振することを指す。世界中の投資家をリスクオフ(回避)に転換させる危機の連鎖だ。


 ◇「泣きっ面に蜂」の中国


 一番の“火薬庫”は中国だ。上海株式市場で株価下落が止まらない。1年間で約2・5倍に上昇した上海総合株価指数は6月12日に5166ポイントの高値を付けた後、6月19日から大幅な下落が始まり、7月8日には3507ポイントまで急落した。

 株価急落を受け上海市場と深セン市場では7月8日時点で、上場株の約半分にあたる1412銘柄が取引停止という異常事態に見舞われている。国内の大手証券が、中国株関連の投資信託を売買停止にするなど日本の投資家にも影響は及び始めた。

 中国政府は株価急落に、手をこまねいていたわけではない。中国人民銀行(中央銀行)は6月28日に緊急の追加利下げを実施。7月4日には、大手証券21社が1200億元(約2・4兆円)のETF(上場投資信託)買い入れを決めるなど、株価下落の歯止めに躍起になっている。

 しかし、「なりふり構わない株価PKO(価格維持策)をしているのに下げを止められていない」(在中国の市場関係者)。

 今の中国にとって株価急落は大きな痛手だ。今年の経済成長目標を7%前後とし、成長を徐々に減速させながら、輸出や設備投資から消費主導への構造改革を進めている最中にあるからだ。中国政府は構造改革の痛みを金融緩和による株高で緩和したいともくろんでいる。つまり、株価上昇に伴う資産効果で消費喚起を狙っているのだ。6月中旬までは株価が順調に上昇し、中国政府のもくろみ通りと思われたが、株価は急落。実体経済の下支え役として期待した株が逆に、足を引っぱっている。

(出所)編集部作成
(出所)編集部作成

 株価低迷が続き消費に悪影響が出れば、中国景気の減速感は一層強まる。それは原油をはじめとする資源需要の低下を通じて資源価格の下落圧力になり、資源国経済を直撃する。また、中国経済の需要を頼りにするアジアはじめ新興国の経済への打撃にもなるだろう。いずれもリスクオフを招き、安全資産の円が買われる展開につながる(図1)。

 二つ目のリスクは、くすぶり続けるギリシャ債務問題だ。7月5日に実施された欧州連合(EU)などが支援の見返りに求めている財政緊縮策の是非を問う国民投票は、反対多数となった。ギリシャ国民の民意を背景に緊縮策の緩和要求を強めるギリシャに対して、EUやECB(欧州中央銀行)は反発を強める。

 次の焦点は、ECBが保有するギリシャ国債をギリシャ政府が償還する7月20日と8月10日だ。それぞれ35億ユーロ(約4655億円)と32億ユーロ(約4256億円)にのぼる。ギリシャ国債がデフォルト(債務不履行)すれば、ECBからの資金供給が途切れ、ギリシャのユーロ圏離脱が現実味を帯びてくる。

 ECBが2012年9月に導入した条件付き国債購入プログラム「OMT」などの防波堤は準備されているため、ギリシャがユーロ圏離脱となってもユーロ圏全体に危機は波及しないという見方もあるが、楽観論ばかりではない。最も怖いシナリオが、ギリシャのユーロ圏離脱が「イタリア国債に波及」(野村証券の岸田英樹シニアエコノミスト)するケースだ。S&Pによるイタリア国債の格付けは現在「BBBマイナス」で、投資不適格(ジャンク)級まで1段階しか残っていない。

 このため、ギリシャのデフォルトやユーロ圏離脱が、南欧諸国の国債の信頼を揺るがし、イタリア国債がジャンク級に格下げされる可能性も出てくる。そうなれば、「14年から今年にかけてイタリア国債を買い越していた国内投資家がイタリア国債を売らざるを得ず、円高要因になる」(岸田氏)。

 もう一つの円高リスク要因は、米国の利上げである。9月か12月の実施が市場予測だが、足元で米国の経済指標が改善しているため、9月の可能性も出てきている。しかし、中国株の急落やギリシャ債務問題で世界市場が荒れるなかで、利上げを強行すれば、新興国を中心に資金流出が起こり、その連鎖から世界経済全体をかく乱するリスクが高まる。そうなれば、リスクオフ→円高になるだろう。

 逆に、内外の事情から年内に利上げを実施できなかったり、そもそも利上げができない状況に米国が追い込まれれば、これも円高・ドル安圧力になる。

 7月7日のニューヨーク市場は、三つのリスクが共振する「セプテンバーリスク」を意識させる値動きとなった。中国株の続落が原油価格の下落につながり、それが米国経済に悪影響になると嫌気され、ダウ工業株30種平

均は一時210㌦を超える下げとなった。それを受けた7月8日の東京市場も、日経平均株価が今年最大の下げ幅(3・1%減、639円安)を記録し2万円を割り込んだ。為替相場は円に買いが入り、一時1㌦=120円台まで円高が進んだ。

 円高の兆しはほかにもある。

 投機筋の動向を示すとされる米シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)のIMM通貨先物取引をみると、投機筋の円ショート(売り)ポジションが4月末に、12年11月を起点とするアベノミクスの開始以来初めて振り出しに戻った(図2)。これは、投機筋による円売り圧力の減退を意味する。理由は、米利上げ期待や日銀の追加緩和観測の後退などだが、投機筋が「アベノミクス=円安」という見方を初めて見直したことになる。 現在の1㌦=120円台前半という日本経済にとって心地よい円相場から、円高への移行は実体経済にマイナスに作用する。典型的なのは日本企業、とりわけ輸出企業の業績への悪影響だ。


 ◇「爆買い」に水差す


 SMBC日興証券の集計では、現在の日本企業の想定為替レートは1㌦=116円40銭。また、日本企業の営業利益は、対ドルで1円の円高になれば約0・5%押し下げられる。つまり、想定レートより2円円高の114円40銭なら利益を約1%押し下げ、4円円高の112円40銭なら約2%下振れする計算だ。 さらに、円高は企業業績の悪化要因となることから、株安に転じる可能性が高い。つまり、アベノミクス始まって以来の円安・株高が、円高・株安へとつながりかねないのだ。

 また、前述したように中国株価の急落、低迷が続けば、中国国内の消費が落ち込み、同時に円高が進めば、「爆買い」で日本の百貨店などの小売店の売り上げを支えていた訪日中国人観光客の減少が懸念される。昨年は前年比83%増の241万人の中国人が日本を訪れた。今年は勢いを増しており、1~5月の累計人数は、前年同期比2倍の171万人となっている。円高がこの流れに思わぬ水を差しかねない。

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