2015年

7月

28日

軽き日本国憲法:集団的自衛権は憲法73条でも違憲 2015年7月28日号

◇政策論と憲法論の峻別が必要


木村草太

(首都大学東京准教授)


 安保法制が注目を集めている。その議論を評価するには、政策論の前に、憲法と集団的自衛権の関係を整理することが必要だ。


 ◇国際法と集団的自衛権


 まず、集団的自衛権とは何なのか、国際法の位置づけを確認しよう。

 国連憲章2条4項は、国家による武力行使・武力による威嚇一般を違法とする(「武力不行使原則」)。もっとも、国際法を破り他国を攻撃する国が現れる危険性はある。そこで、国連憲章42条は、41条に基づく非軍事的な措置では十分に対応できない場合に、国連安全保障理事会(安保理)の決議に基づき国際平和・安全のために必要な加盟国・国連軍による武力行使を認める。

 ただ、国連安保理は、多数の理事国からなる会議体であり、迅速な対応ができないこともある。また、常任理事国(米英仏中露)が拒否権を持っているため、適切な決議が得られないこともあり得る。そこで、国連憲章51条は、国連措置が取られるまでの臨時措置として、各国が個別的または集団的な「自衛権」を行使することを認める。個別的自衛権とは、武力攻撃を受けた国が、自国を守るために反撃する権限、集団的自衛権とは、ある国が武力攻撃を受けた場合に、直接に攻撃を受けていない他国が、共同して武力攻撃への反撃に加わる権限を言う。

 自衛権が行使された例としては、1991年の湾岸戦争(イラクの侵攻を受けたクウェートが個別的自衛権、アメリカ中心の多国籍軍が集団的自衛権を行使した)や、2001年のアフガニスタンに対する武力行使(テロの被害国アメリカが個別的自衛権、イギリスが集団的自衛権を行使した)がある(集団的自衛権の国際法上の位置づけについては、森肇志「集団的自衛権行使容認のこれから」『UP』2015年3月号、4月号参照)。


 

◇日本国憲法と集団的自衛権

 

 では、日本国憲法の下で、集団的自衛権は行使できるのか。

 国民主権の憲法の下では、国家は、憲法を通じて国民が与えた権限しか行使できない。具体的には、ある国家行為を合憲と評価するためには、政府にその行為を行う権限が与えられていること(権限の付与)と、それを行うことが憲法により禁止されていないこと(禁止の不在)の2点の説明が必要になる。

 まず、集団的自衛権の権限は付与されているのか。

 軍事権とは、武器の利用など、実力を用いて相手国の意思を制圧する作用を言う。軍事権の行使は国家に重要な影響を与えるから、軍事統制(例えば、軍事権をどの国家機関に配分するのか、どのような範囲で行使を認め、どのような手続きで統制するかなど)は、憲法の重要な関心事である。軍事作用を想定する諸外国では、軍の組織権、開戦権、指揮命令権などについて憲法で定めるのが普通である。大日本帝国憲法にも、かなりいびつな形ではあったが、「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」(11条)、「天皇ハ戦ヲ宣シ和ヲ講」ずる(13条)との軍事規定があった。

 しかし、日本国憲法は、内閣に「行政権」と「外交権」を与える規定はあるが(65条、73条参照)、「軍事権」を与えた規定はない。諸外国の憲法や大日本帝国憲法と比較すれば、日本国憲法は意図的に政府の軍事権限を消去したと解釈せざるを得ない。つまり、日本国憲法の下では、内閣が行使できるのは、行政権と外交権のみだ。

 では、集団的自衛権の行使は、行政権や外交権に含まれるか。

 まず、「行政」とは、国が統治権限を用いて行う作用のうち、立法・司法を控除したものと定義される(控除説)。自国領域内の安全を確保する個別的自衛権の行使は、自国の主権を維持する行為であるから、「防衛行政」として行政権に含まれるとの解釈も十分にあり得よう。しかし、一国の統治権限はその国の領域を超えては及ばないから、対外活動は行政権には含まれない。外国の防衛を援助する集団的自衛権の行使は、行政には含まれない。…