2015年

8月

04日

特集:アベで動く 株と政治 2015年8月4日特大号

◇今秋にも郵政3社が上場

◇NTT株ブーム再来するか


桐山友一

(編集部)


 6月中旬からの中国株の下落をものともせず、堅調に推移する日本株市場。この秋の最大のテーマとなるのが、日本郵政グループ3社の上場だ。日本郵政と傘下のゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の金融2社は6月30日、東京証券取引所に株式上場を申請。9月下旬にも上場するとみられている。

 日本郵政の2015年3月期の連結純資産は約15兆3000億円。売り出しの規模などは明らかになっていないが、初回の売り出しでは純資産の約1割に当たる1兆5000億円程度を調達するとみられる。バブル期の1987年2月に上場したNTT(上場時の時価総額約18兆7000億円)や、98年10月上場のNTTドコモ(同8兆9000億円)以来となる超大型の株式公開(IPO)となることは間違いない。

 気になるのは売り出し時の条件だ。日本郵政の連結純資産の8割近くに当たるゆうちょ銀行の発行条件が注目点で、ゆうちょ銀行株の配当利回りがメガバンク並みの3%前後になるよう、公募価格が設定されるとの見方が強い。主な株主の対象に想定するのは、NTT株同様にやはり個人だ。長期金利が1%を下回る低金利の中、3%程度の安定した配当を継続できれば、個人マネーの運用先として十分、魅力的に映るとの読みがある。

 日本郵政が昨年末に発表した上場計画などによれば、国は100%保有している日本郵政株を売却し、保有比率を3分の1超まで引き下げる。一方、日本郵政は100%保有する金融2社の株式を、当面は50%程度になるまで売却する。ただ、一度にまとまった金額を売り出せば、株式市場が吸収できずに混乱する恐れがある。そのため、いずれの株式も数回にわたって段階的に売り出す方針だ。

◇官製相場が続く


 NTT株上場直前の87年1月。低金利によって「財テク」ブームが広がり、日経平均株価は初めて2万円を突破した。第1次売り出しで公募価格119万7000円と決まったNTT株には個人の応募が押し寄せ、2月9日の上場初日も買い注文が殺到。初値が付いたのは翌10日午後3時のストップ高160万円だった。その後、4月には一時、公募価格の2・6倍超となる318万円の高値も付け、バブル景気と株高を牽引していった。それから28年。再び日経平均2万円の水準で迎える超大型IPOに、政府や証券関係者の期待は高い。

 安倍政権にとって株価は生命線だ。日銀の異次元緩和だけでなく、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)など公的年金のマネーを株式市場に投入。株価に与える影響の大きさから市場では「クジラ」と呼ばれ、官製相場の色を濃くしている。その安倍政権は今、安全保障関連法案の国会審議をめぐって逆風にさらされている。毎日新聞が7月に実施した世論調査では、支持率が35%に落ち込み、不支持率も過半数の51%に達した。

 支持率回復のためにも今後、株価対策に力を入れてくることは想像に難くない。次なる株の買い手として期待するのが個人だ。日銀の資金循環統計によれば、今年3月末現在の家計の金融資産1708兆円のうち、現金・預金が52%を占め、株式や債券、投資信託は18%にとどまっている。なかなか動かない個人の現金・預金を、日本郵政グループ3社の上場によって株式投資へ導く起爆剤にしたい思惑がにじむ。

 個人の現金・預金が、安定運用の株式投資へと動き出す予兆はある。それは、トヨタ自動車が発行を決めた事実上の“元本保証”となる新型種類株「AA型種類株式」の人気ぶりだ。野村証券が7月3~22日に申し込みを受け付けたが、発行額4991億円に対して3?5倍もの申し込みあったとみられる。発行後5年は売却できないが、トヨタが購入価格と同額で買い取りを保証。配当利回りは毎年0・5%ずつ上がり、5年目以降は2・5%となる。ある資産運用業界関係者は「リスクの高い株式には投資したくないが、銀行預金の金利には不満な個人資産家のニーズをうまくすくい取った」と話す。

◇まだいる「くじら」

 

 良くも悪くも政治に左右される日本郵政グループの経営。大きな焦点となっているのは、ゆうちょ銀行の預け入れ限度額の引き上げだ。自民党の「郵政事業に関する特命委員会」(細田博之委員長)は今年6月、ゆうちょ銀行の預け入れ限度額を現行の1000万円から3000万円へと引き上げる提言をまとめた。全国郵便局長会の支持を取り付ける狙いも背景にあるとみられるが、預金流出を恐れる銀行業界は反対を表明しており、限度額引き上げの行方は不透明だ。ただ、もし限度額が引き上げられれば、ほかならぬゆうちょ銀行自身の収益性を落としてしまうリスクもある。

 日本郵政グループの事業には、郵政民営化法で民業を圧迫しないよう、さまざまな制約が課せられている。ゆうちょ銀行も新規業務は限られた範囲でしか認められておらず、収益の柱はメガバンクに比べて資金利益(貸出金や有価証券の運用益)に大きく偏っている構造だ。そのため、貯金の預け入れが増えたとしても運用先は国債など有価証券の運用が中心にならざるをえず、京都文教大学の野崎浩成教授(金融論)は「現在の低金利下では、十分な運用益を上げることが難しい。貯金が増えればさまざまな経費もかかり、収益にはマイナスの影響を与える可能性もある」と指摘する。

 アベノミクスを支えた日銀やGPIFなど「クジラ」による強烈な日本株買いも、このところ潮目の変化がみられている。13年4月の異次元緩和後に加速した日銀のETF(上場投資信託)の購入額は、今年末には6兆8000億円に達する見込みで、TOPIX(東証株価指数)など国内株式の指数に連動するETFの資産残高約13兆円の半分となる規模だ。三菱UFJモルガン・スタンレー証券の藤戸則弘・投資情報部長は「市場へのインパクトが大きくなりすぎるため、今のペースで買い入れを続けるのは限界が近いのではないか」と話す。

 一方、公的年金もここ最近、日本株を売りに転じている可能性がある。東証の投資主体別売買動向によると、公的年金が株式売買を経由する信託銀行部門は今年3~5月、売り越しに転じ、昨年5月から大幅な買い越しを続けていたトレンドに明らかな変化がみられる。公的年金は基本ポートフォリオ(資産配分比率)の見直しに伴って日本株を買い上がったものの、株価自体の値上がりによって評価額が膨らみ、調整を進めているとみられる。

 だが、ある証券関係者は「もう1頭のクジラがいる」と明かす。それが、かんぽ生命だ。かんぽ生命の運用資産約85兆円(15年3月末)のうち、国内株式は約1兆500億円と1%強にすぎない。かんぽ生命も国債に偏った運用資産の見直しを進めており、株式の比率を仮に大手生保並みの8%程度に引き上げたとすれば、それだけで5兆円規模の日本株の買い需要となる。一方、5割強の48兆円分を保有する国債の比率は落とさざるを得ないが、そこは日銀という買い手がいる。

 さらに、日銀の昨年10月の追加緩和は株価を押し上げるサプライズとなったが、今秋も再度の追加緩和観測が高まっている。インフレ率が日銀の目標2%に届いておらず、政権側からの緩和圧力が今後、強まりそうだ。国債やETFのこれ以上の買い入れは難しいとしても、買い入れ対象国債の平均残存期間の長期化など「何らかの形で追加緩和を余儀なくされるだろう」(東海東京調査センター・隅谷俊夫投資調査部長)。

 あの手この手を巧みに繰り出して、株価上昇を演出してきた安倍政権。本気にさえなれば、その手段はまだ尽きそうにない。