2015年

8月

25日

東電元幹部を強制起訴:「市民感覚が検察を覆した」 2015年8月25日特大号

 ◇「9対1で有罪もある」


インタビュー

河合弘之・福島原発告訴団弁護団代表

(編集部)

 

 2011年の東京電力福島第1原発事故をめぐり、東京第5検察審査会は7月31日、東京地検が2度にわたって容疑不十分で不起訴とした東電の勝俣恒久元会長ら元幹部3人について、業務上過失致死傷罪で強制的に起訴すべきだとする2回目の「起訴議決」を公表した。検察審査会は有権者からくじで選ばれた11人で構成され、検察による不起訴処分の妥当性を市民の視点で審査する。

 第5検審は「3人は『万が一にも』発生する事故に備える責務があり、大津波による過酷事故発生を予見できた。事故を回避するため原発の運転停止を含めた措置を講じるべきだった」と指摘。3人は今後、裁判所が指定する検察官役の弁護士によって起訴される。同事故の責任が刑事事件で問われるのは初めてだ。

 今回の強制起訴の意義と今後の裁判の展望について、福島原発告訴団弁護団の代表として多くの脱原発訴訟に携わってきた河合弘之弁護士に聞いた。


―― 第5検審の議決をどう見る。

■こんなにひどい事故を起こし、多くの人を苦しませたのに、誰も責任を問われないのはおかしいという市民感覚の正義が、役人と検察の正義を覆した。もし、不起訴になっていたら事故の真の原因は永久に闇に葬られるところだったが、それをからくも防いだ。政府や国会の事故調査会が中途半端で放り出してしまっていた中で、法廷審理に漕こぎ着けたこと自体に意味がある。

―― 検察は2回も不起訴とした。

■検察は被害の大きさを見ずに、事故を防ぎ得たかどうかだけで判断した。つまり、予見可能性がなければ責任は問えないという考えだが、これは旧態依然とした過失法理論だ。

 大きな被害が出るような潜在的な危険がある場合はより重い注意義務を負うべきなのに、検察は原発も花火工場も同じだと見ている。花火工場が爆発しても何万人が避難することはないが、原発は日本が壊滅する恐れもある。


 ◇予見可能性あった


―― 裁判では具体的な予見可能性を立証できず無罪になるとの見方がある。

■そうは思わない。9対1の割合で有罪になると見ている。検察が不起訴とした13年9月と今年1月にはなかった新しい証拠が次々と出てきているからだ。一つは起訴議決書にあるように、東電は08年3月に津波が最大15・7㍍に達すると試算、浸水を避けるための津波対策として少なくとも数百億円以上の規模の費用がかかる可能性があるとの結論を出していたことだ。

 これが勝俣氏ら幹部に伝わっていないわけがない。さらに私が携わった株主代表訴訟でも、東電が津波対策を議論した会議の議事録を東電側の代理人に提出させたところ、それには「津波対策は不可避」と書いてあった。つまり対策の必要性を認識していたわけだ。

 にもかかわらず、東電は対策を講じなかった。数百億円の対策費のほか、対策を講じる間の原発の停止で1基当たりさらに数百億円の損失が出るからだ。

 ただ、試算が出た以上、黙って握り潰すわけにもいない。東電は土木学会に再調査を依頼したが、それは試算から1年後のことで、回答期限はさらに3年後としていた。

 その間に原発事故が起こった。こうした点を踏まえ、裁判所は予見可能性があったという判断を下すと思う。………