2015年

8月

25日

特集:オワハラ時代の大学と就活 2015年8月25日特大号

 ◇第一部 フライング選考が横行 「就職戦線」異状あり


秋本裕子/池田正史

(編集部)


 8月1日の土曜日。総合商社や金融機関など大企業の本社ビルが多く建ち並ぶ東京・大手町や丸の内では、普段の週末とは違う光景が見られた。週末は閑散とするオフィス街が、リクルートスーツ姿の大学4年生であふれたのだ。猛暑の中、上着を抱え汗をぬぐいながら面接に向かう学生や、喫茶店で時間を潰しながら次の面接に備える学生の姿が、あちこちに見られた。

 同日は、経団連の「採用選考に関する指針」で定められた採用面接解禁日。大企業志望者を中心に、多くの学生が1回目の採用面接に臨んだ。大企業志望者にとって、表向きは本格的な就職活動のスタート日だった。

 だが、水面下では「面接会場に入ると、ちょっと雑談して人事部の担当者と握手をした後、(内々定を承諾する)意思確認書にサインした」(金融機関に内々定を得た有名私立大4年の男子)という学生も実は、少なくない。8月1日は、彼らにとっては事実上の内定を獲得する、就活終了日だったわけだ。


 ◇スケジュール変更で大混乱


「異状だらけ」の就職戦線が幕を開けた。

 来春卒業予定者の就活は、1980年代後半のバブル期以来の売り手市場と言われる。リクルートワークス研究所によると、2016年3月卒業予定の大学生(大学院生含む)対象の大卒求人倍率は1・73倍と、前年(1・61倍)より0・12ポイント上昇。全国の民間企業の求人総数は71・9万人となり、前年より3・6万人増加している。その結果、例年にも増して、優秀な学生の奪い合いが激しさを増しており、企業、学生、大学、それぞれが手探りで就職・採用活動に臨んでいる。

 さらに、例年以上に混乱に拍車をかけている背景には、経団連が16年3月卒業予定の大学新卒者の採用スケジュールを、従来より繰り下げる方針を打ち出したことがある。就活の長期化は学業に影響するとして、政府が採用日程の繰り下げを経済界に要請したことを受けた措置だった。経団連は13年9月、企業の就職・採用活動のルールを定めた従来の「倫理憲章」を「指針」に改め、会員企業約1300社に順守を求めた。

 新スケジュールでは、会社説明会の解禁は3月(昨年までは12月)、採用選考の解禁は8月(同4月)となり、それぞれ3~4カ月後ろ倒しになった。企業は8月以降に内々定(事実上の内定)を出し、従来通り10月に内定を決定する。その結果、選考開始から内定者決定まで、従来6カ月をかけていた選考期間が、2カ月間に圧縮されることになったわけだ。

 ところが、これが思わぬ事態を招くことになった。


 ◇相次ぐ「オワハラ」


 経団連に非加盟の外資系や中堅・中小企業など指針にしばられない企業は、独自のスケジュールで採用活動に取り組んだ。その結果、8月に大企業が採用活動を本格化する前に内定を出し、事前に学生を確保してしまおうという動きが活発化した。就職情報会社マイナビの調査によると、今年6月末時点で内定を持つ大学4年生は44・2%、就職情報会社ディスコの調査では7月1日時点で50・6%という結果になっている。

 それに伴い、新たな問題が顕在化している。企業が学生に対し、他企業の内定を断ったり、就職活動継続をやめるよう指示する「就活終われハラスメント(オワハラ)」が社会問題になっているのだ。

 特に、大企業が事実上の内定を出し始める8月までに、中小企業によるオワハラの報告が大学などに相次いだ。文部科学省の調査によると、7月1日時点でオワハラを受けたと答えた割合が5・9%に上ったという。

 こうした事態に、大企業の間にも採用活動への影響を懸念する声が広がっている。

みずほフィナンシャルグループの河野篤哉グループ人事部採用総括次長は、「今年は例年にないほど、会う学生のほとんどが内定を持っている。8月以降は相当に企業を絞って受けてくるのではないか」との見方を示す。さらに、三菱電機の高石圭悟人事部採用グループマネージャーも、「学生が8月に入る前に就活疲れしているのではないか」と危惧する。

 こうした見方は、多くの企業に共通している。その背景にあるのは、「学生が自社の面接前に就活をやめてしまうことで、計画通りの人数を採用できないのではないか」との懸念がある。学生は、志望度合いのより高い企業から内定が出た時点で、それ以降の面接スケジュールをキャンセルしたり、他の内定を辞退したりするからだ。もちろん、先に内定を出した企業による学生への「オワハラ」への警戒感もある。

 その結果、企業は予定人数を確保できるまで断続的に面接を行う可能性が高い。「状況によっては、年末まで採用活動を続けるかを検討する企業もあるのではないか」(マイナビの吉本隆男編集長)と予想する向きもある。


 ◇採用に通じるインターン


 学生囲い込みの動きは、何も中堅・中小企業に限った話ではない。実際には、経団連加盟の大企業にも「抜け駆け」の動きが出ている。

 その一端が垣間見えるのが、昨年の夏や冬に行われたインターンシップだ。

 インターンシップとは、一定期間企業などで研修生として働き、就業体験を行う制度。本来は採用活動とは直結しないものだ。しかし、経団連加盟会社の一部には、インターンを採用に結びつける半ば青田買いのような事例も出ている。「一人でも多く優秀な学生を囲い込みたい」との思惑があるからだ。

 実際、都内の有名私立大経済学部4年の男子は、「大手金融会社採用担当から、今年7月中旬には事実上の内定をもらった」と明かす。一般の学生がその企業にエントリーシートを提出したばかりの頃に、彼は事実上内定をもらっていたわけだ。

 男子学生は、漠然と金融機関を志していたという。3年生だった昨年5月、大学の就職課に来ていた募集要項や会社のホームページを通じ、大手金融3社のインターンに申し込んだ。まだ周囲が就職活動には目が向いていなかった時期だ。「インターンの重要性について先輩からアドバイスを受けていて、絶対に参加しようと狙っていた」と話す。

 結果的に、3社ともにインターンでの成果が評価され、その後も会社側と接点を持ち続けることになった。「何度もプレミアムセミナーや社員懇談会、面談などの名目で会社に呼ばれ、参加した。その間、何度か入社の意思確認もされた」と振り返る。こうして、特に好印象を持っていた1社に絞った。

 その企業からは、「友達はもちろん、家族にも8月まで(内々定を受けたことを)言わないように」と念を押されたという。企業としては、こうした「指針破り」の行為が外部に漏れることを防ぐためだ。

 だが、こうした裏事情はこれから就活を始める大学3年生にとって周知の事実。今や「インターンに行かないと、内定をもらうのは到底難しい」(有名私立大学3年男子)との見方は大学生の間でも一般的になっており、「数十社に参加を申し込む人も珍しくない」というほどだ。

 その結果、人気企業のインターンは数十倍から数百倍という超難関になってしまい、「本来の採用試験より受かるのが難しい」という笑えない話もあるほど。就職活動は事実上、大学3年の夏から始まっているのだ。


 ◇まだ続く“熱い”就活


 このように例年とは、まったく違う光景が広がる今年の就職戦線。企業にとっても、「終わってみないと何が起きているかわからない」(大企業の採用担当者)という混乱ぶりが垣間見える。就活生と企業は、どのような選択をするのか。多くの企業と学生にとって、“熱い”採用活動はまだまだ終わらない。