2015年

9月

01日

世界のエコノミストは何を議論しているのか? 2015年9月1日号

論争を繰り広げるサマーズ氏(左)とバーナンキ氏 Bloomberg
論争を繰り広げるサマーズ氏(左)とバーナンキ氏 Bloomberg

 ◇決着しない長期経済停滞論争

 ◇IT革命は「成長効果低い」が優勢


鈴木 敏之

(三菱東京UFJ銀行グローバルマーケットリサーチ シニアマーケットエコノミスト)


 停滞の罠にはまっている世界経済については世界中のエコノミストが議論を続けている。

 世界経済の成長は4%が中立ラインとされるが、それに届かない時間が長くなっているし、国際通貨基金(IMF)の見通しをみると今後も4%に到達しそうにない。米国経済は、全米経済研究所(NBER)による公式の認定では2009年6月が景気の底で、それから6年が経過し、米国経済の拡大はまだ続きそうだが、米国経済の勢い不足は否めない。リーマン・ショック前は当たり前であった「景気が戻ればもとの経済成長パスのトレンド上のGDPの水準に戻る」など今は夢物語である。

 このままインフレ率が低く、景気拡大の勢いが失われたらどうなるだろうか。

 こうした不安のなかで改めて関心が持たれそうなのが、ローレンス・サマーズ元米財務長官が13年から主張する長期経済停滞論(セキュラー・スタグネーション)である。

 長期経済停滞はもともと、1938年に米経済学者のアルビン・ハンセン教授(1887~1975年)が米国経済学会の会長講演で取り上げた問題である。世界恐慌の最中、人口の増加が鈍り、技術進歩が弱まり、経済の停滞が続くという見方であった。

 13年、サマーズ氏はリーマン・ショック後の経済状態の悪さを問題にして、IMFでの講演でこの言葉をよみがえらせた。

 サマーズ氏の主張はこうだ。先進国は現在、低成長、低インフレ、低金利が共存している。それは、慢性的需要不足のもとで、経済の貯蓄投資バランスが均衡しておらず、それを均衡させるため、実質金利が下がることになる。今は、その自然利子率(実質均衡金利)はマイナスになっているが、その状態では、金融市場ではバブルができてしまう。それは、投資家にリスクを過剰に取らせ、無責任な貸し出しを増加させ、結局は、金融システムの安定を損なうことも問題視している。完全雇用の達成と、インフレの低位安定と、金融システムの安定とは共存できなくなっている、というのである。


 ◇サマーズ対バーナンキ


 この議論に反論したのが、米連邦準備制度理事会(FRB)の前議長、ベン・バーナンキ氏だ。同氏は今年3月30日に米著名シンクタンク、ブルッキングス研究所のウェブサイトにブログを開設。3月31日に長期停滞論を取り上げ、サマーズ氏が描く経済状態の悪さは「一時的な逆風によるものである」と主張している。

 バーナンキ氏はまず、1930年代のハンセン教授の悲観論は、戦後の経済成長をみれば、予測を間違えたことになり、理論としては成り立たない、とした。さらに、今日の実質金利はマイナス2%より低くはならないと指摘。名目の金利はゼロより下がらない。政策金利など一部の金利がマイナスになる事例はあるが、その国のあらゆる金利がマイナスではない。2%のインフレ目標が設定されているので、中央銀行に信認があれば、「名目金利0%-インフレ率2%」のマイナス2%より、実質金利が下がることはない。

 そして、もし本当に実質金利がマイナスであるならば、あらゆる投資で採算が取れるようになる。それは、サマーズ氏のおじであるノーベル経済学賞受賞のポール・サミュエルソン(1915~2009年)が説いていたことである。あらゆる投資で採算が取れれば強烈な投資ブームが起きているはずだが、それは起きていない。

 また、過去はバブルを伴わず完全雇用を実現できた。完全雇用、インフレの低位安定、金融システムの安定は共存できる。今の経済状態は、危機後に強い逆風が吹いたためで、時間の経過とともにそれが弱まることで事態は改善する。サマーズの主張は正鵠(せいこく)を射ていないというのである。

 サマーズ氏は構造的悪化を言い、バーナンキ氏は景気循環の一側面として、この経済の不(ふ)冴(さ)えをみていることになるが、この2人の議論はまだまだ終わりそうにない。


 ◇ITで成長は可能か


 世界経済の停滞に関して、論陣を張るのは2人にとどまらない。注目されるのは、IT(情報技術)革命の経済成長押し上げ効果は小さいかどうかという議論である。......




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