2015年

9月

01日

岩田一政に聞く「世界の低インフレは何を意味する?」2015年9月1日号2015年9月1日号

 原油安と賃金下落が物価抑制

 デフレと実体経済は別

 

 世界各国で低インフレが続いている要因について、日本銀行元副総裁の岩田一政(いわたかずまさ)・日本経済研究センター理事長に聞いた。

(聞き手=後藤逸郎/藤沢 壮・編集部)


── 失業率が下がっても賃金が上がらないのはなぜか。
 日本の国内総生産(GDP)のデフレギャップ(供給力と現実の需要との乖離(かいり))は内閣府推計でマイナス1・6%ある。一方、雇用の需給が非常にタイトになっている。生産物市場と労働市場で需給の逼迫(ひっぱく)の度合いが違う状況ということになる。
 こういう現象は、米国でも起きている。米国の失業率は5・3%。議会予算局が完全雇用の失業率とする5・4%を下回っている。
  しかし、米連邦準備制度理事会(FRB)が、本来は非公開の事務方のデータを出して、分かったことがある。FRBが潜在成長率を2015年1・6%、 GDPギャップを1%半ばと推測していること。これはデフレギャップの状態だ。米国は完全雇用に近いが、生産物市場のGDPギャップは残っている。GDP ギャップと完全雇用失業率からの現実の失業率の乖離分は、一定の関係式が成り立つオークンの法則がある。しかし、今回の回復期にはそれが成り立っていな い。

 ◇労働生産性が上がらない

 米国の物価目標は2%だが、第2四半期のコアのPCEコアデフレーター(個人消費支出価格指数)は1・3%と、まだ相当ギャップがある。
  一つの理由は、生産物市場で需給が労働市場ほどはタイトでないこと。それからもう一つは、労働市場がこれほどタイトなのに賃金が上がっていないこと。注目 されているのがエンプロイメントコストインデックスと呼ばれる雇用コスト。もっと上がると考えられていたが、一番最近の数字が2%だった。労働市場がタイ トなのに、賃金の伸びが小さいのは日本や英国も同様だ。
 賃金が伸びない一つの理由は、労働生産性の伸びが米も英もスローダウンしているからだ。 労働生産性が上がらないと、実質賃金は上がりにくい。実質賃金が上がらない、名目賃金も上がらない。そういうことが今、先進国で共通の現象と思っている。 その結果、賃金の上がり方も物価の上がり方もいまひとつ力強さを欠く。それをディスインフレ(低インフレ)というべきかはわからないが。
── 技術革新が滞っている?
  そこは大問題で、リーマン・ショック以降、潜在成長率も現実の成長率も下がっているので、GDPギャップもなかなか縮まらない。リーマン・ショックからの 回復力が弱い。潜在成長率が下方屈折し、それにもかかわらず現実の成長率は全体としてスローだから、GDPギャップもなかなかプラスまでいかない。
  そういう状況をローレンス・サマーズ元米財務長官は長期停滞の一つの証拠として挙げた。米国は雇用の増加が月20万人を超えるペースで、利上げの条件が雇 用の数字の伸びならいつ始めてもおかしくはない。ところが、雇用が増えた割には賃金が上がらない。リーマン以降、労働市場が構造変化を起こしていると考え られる。日本も同様で、失業率が3・5%で完全雇用に近いと言われる。しかし、現実の物価上昇の鈍さを考えると、失業率が2・5%までいかないと物価は 2%までいかないのではないか。米国も2%の物価目標達成のために失業率が4・5%まで低下する必要があるかもしれない。
── これは一時的な現象なのか?
 リーマン以降のグローバルな現象だと思う。いま、貿易の所得弾力性が1を下回っている。普通は1よりはるかに 上だ。ところが世界のGDPが1%増えても貿易は1%以上増えない。つまり、輸出がリーマン以降、過去と比べて小さいという現象が起こっている。考えられ るのが、中国経済が思ったより減速していること。中国を中心とするアジアの成長エンジンが、思ったよりも機能していない。中国の成長率は7%どころか、 5~6%くらいに下がっている可能性がある。
 もう一つは、米国製造業の国内回帰。シェール革命もあり、石油産業だけでなく、化学工業や、石油関連が米国内に戻っている。……

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