2015年

9月

01日

歴史は何を教えてくれる? 2015年9月1日号

 ◇19世紀デフレと20世紀インフレ

 ◇今世紀もインフレリスク高い


 平山 賢一

(東京海上アセットマネジメント、チーフストラテジスト)

 

  歴史をひもとくと、200~300年に一度、西欧社会に転機を迫るインフレが発生してきた。アメリカ大陸の銀が大量に欧州に流入した16世紀の価格革 命、18世紀末のフランス革命から対仏戦争期に至るインフレ、20世紀後半のオイルショックなどを指す。この種の超長期の循環的なインフレは、特定地域の みならず、西欧社会全体に広がるタイプのものであり、社会構造そのものを根こそぎ変えていく破壊力があると言えるだろう。

 19世紀以降は、世界 が産業化する過程で、エネルギー価格が数十年単位で上下動するようになった。世界大戦によるエネルギー需要の拡大だけでなく、エネルギーの供給不安などが 30~50年サイクルで発生している。一般には「コンドラチェフの波」と呼ばれる経済循環と歩調を合わせた、長期のインフレ波動がインフレ率の移動平均グ ラフから確認できる。
 一方、このような「広範囲にわたるインフレ」とは異なり、局地的に発生し、かつ急激な物価上昇を伴うタイプのインフレもあ る。「ハイパーインフレ」である。広範囲に発生するインフレの場合は、ひどくてもせいぜい年間2割程度の物価上昇だが、ハイパーインフレの場合はケタ違い の物価上昇ペースになるため、市民社会に大きな打撃を与えてきた。第一次世界大戦の敗戦国ドイツが1920年代に経験するハイパーインフレ、第二次世界大 戦後に闇市が生活を支えた日本のハイパーインフレ、累積債務が拡大して物価が急騰する80年代の中南米諸国など、枚挙にいとまがない。
 ハイパーインフレは、明らかにパワーダウンした敗戦国や財政悪化国が、自国通貨安を伴いつつ陥る経済混乱である。国家としての信認(クレディビリティー)が喪失し、持続可能性が期待できないことを理由として、相対的に健全な他国とのインフレ格差が急拡大する。

 ◇金本位制が左右した

 この200年を大ざっぱに言うと、デフレになりやすかった19世紀、インフレになりやすかった20世紀と言える。
  現実の通貨制度は、物価動向に大きな影響を与える。通貨制度(カネ)と物価(モノ)の関係は、まさにコインの表裏の関係にある。モノの価格が上昇するイン フレは、相対的にカネの魅力が減退していることを意味している。反対に、インフレ率がマイナスになるデフレは、モノの魅力が落ちて、カネを珍重する現象で ある。通貨制度はインフレ現象を左右せずにはおかないのである。
 たとえば、金本位制のように希少性のある貴金属(モノ)を裏付けにした通貨制度 では、デフレが発生しやすい。つまり、「通貨や中央銀行の当座預金」(ベースマネー)が急激に拡大せず、通貨自体の希少性が高く、カネの魅力は高い水準で 維持されるからだ。相対的にモノの魅力は減退し、それだけデフレが発生しやすくなる。19世紀から20世紀初頭にかけては、金や銀といった貴金属を基にし た本位制度を欧米諸国が採用していたことから、デフレに陥りやすかったと言えるだろう。
 米国と英国のインフレ率を1800年からの10年間移動 平均年率で見ると、デフレ現象は、19世紀と20世紀初頭に集中している(図)。世界中の国々が金(銀)本位制を採用していた時代には、インフレ率が水面 下に沈みマイナスになる時期が多発していることからも、「19世紀はデフレになりやすかった時代」と見なすことができるだろう。
 これと対照的 に、モノとの連結が解き放たれ、自由に通貨を発行できるようになると、なかなかデフレに陥ることはない。20世紀前半に、欧米諸国が金本位制を離脱し、さ らにブレトンウッズ体制をはさんで、1971年のニクソン・ショック以降は、金と通貨の間の鎖が断ち切られたことで、ベースマネーを自由に操作することが 可能になった。それだけ通貨自体の希少性に傷がつくリスクが高まり、相対的にモノの魅力が見直される。これは経済にインフレバイアス(物価が上昇しやすく なること)が付与されていることを意味している。
 図で確認しても、70年代以降は、ほとんどインフレ率がマイナスに陥ることはなく、低くとも水面上で安定している低インフレ(ディスインフレ)状態を維持している。


 ◇不況下のインフレ危機

 では、現在世界が置かれている物価状況は、どのように捉えたらよいだろうか。21世紀はむしろ、スタグフレーション(不況下のインフレ)になる危険性が高まっているのではないか。……